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Mauritania vol.3 「 何が為に僕は往く? 」

 日が沈んで、夜になった。



 砂埃で空が曇って見えたせいか、綺麗な夕焼けなんかは全くなかった。 気が付いたら夜になっていた。 ただ、分かっていたのは、月がほぼ満月に近いことだった。 いつだかモロッコで見た、満月の下の砂漠の景色というのは、これまた格別なのも知っていただけに、少し楽しみにしていた、、、



 しかし、実際は寒さと砂埃でそれどころではなかった。



 しばらくは耐えていたものの、砂漠の寒さは自分のような余所者の知る所ではない。

 日中が灼熱地獄でも、日没後は氷点下になることだってあるのが砂漠なのだ。

 そして、列車が進む事によって起こる風も体感温度を下げてしまうので、更に寒くなる。



 一緒に乗ってきた兄ちゃんは、案外いい奴だったが、とんでもない大馬鹿野郎でもあった。 

 かなりの薄着のうえに、、、 裸足だったのだからっ!

 お互い隣でゴロ寝をしていたが、彼のあまりの寒そうな身振りに、大きなビニール袋とガムテープでグルグル巻きにしておいた自分の荷物の中から、靴下を取り出して兄ちゃんにあげて、また自分自身もズボンを二重に履いて、そしてベッドのダニ対策用に用意しておいた厚手のナイロン製シーツを取り出して、それに二人でくるまって寝る事にした。

 それでも容赦なく襲ってくる隙間風のせいで、寝る事はもちろん耐え難い寒さを体験する事となった、、、





 たまに顔だけ出して、砂埃にまみれてボンヤリとした月を見ながら思っていた、、、

 「 はるばるモーリタニアくんだりまでやって来て、一体何をしているんだろう 」と。

 もはや人間ではなく、自分というものの存在が、ただの物体のように思えてならなくなっていた、、、





 「 何が為に僕は往く? 」





 夜中。

 列車が停まった。

 何故かはわからなかったが、どうやら故障のようだ。 それが分かった頃には、もう停車してしばらくたった頃だった。 辺りを見回すと、さっきまで一緒だった兄ちゃんがいなくなっている。 貨車の外に出ているのは間違いないのだが、、、 と思って外を見ていると、突然その兄ちゃんが走って来て、荷物を降ろせと言う。 突然で意味が分からなかったが、ここが目指すシュムなのかと尋ねると、違うと言うが荷物を降ろせと言う。

 急いで荷物を降ろして、兄ちゃんの後に付いて行くと、何と客車の中に入って行くではないかっ。 全くもって意味が分からなかったが、とにもかくにも兄ちゃんに付いて行って、客車の最後尾の個室に乗り込んだ。



 果たして、室内は暖かかった。 室内と室外ではこんなにも違うものか、、、 というのが、最初の感想だった。 その個室には、ヌアディブの駅で見かけた家族が寝っころがっていた。

 狭い個室に、もう二人も男がやって来たのだから、顔があまり歓迎の色をしていないのは瞬時に察っすることが出来た。 当たり前である、そもそも狭い所に、見知らぬ「 東洋人 」が突然やってきているのだから、、、

 その証拠として、家族の長である親父は、兄ちゃんや他の人にお茶は振る舞っても、僕にはくれなかった。





 見知らぬ世界でのある種尋常でない経験と、旅の疲れと、眠気から、何がどうなっているのか、、、 何が一体何なのか、、、 ボンヤリと、、、



 頭が朦朧としているとはいえ、目を閉じていると自分がどんな状況にいるのかは想像するに難しくはなかった。

 薄暗い個室の隅っこで、新聞紙を敷いて寝ている自分がいるということ、、、

 足を伸ばすこともままらないので、九の字型のまま横になるしかないこと、、、

 床の硬さや冷たさが背中に直に伝わるということ、、、

 同室の人間と会話がままならないこと、、、

 それどころか、冷ややかな視線を浴び続けていること、、、

 目の前にあるむき出しの流し台で、ゴキブリがいそいそと歩いてること、、、 



 全てはもうどうでも良くなっていた。

 まるで浮浪者の様な、ゴミのような存在になっている自分がいた。

 とてもじゃないが、人には見せられない姿だ。





 「 何が為に僕は往く? 」





 かくして、、、 二時間後には修理も完了し、その二時間後には目指すシュムに辿り着いた。

 何はともあれ目的地に到着したのだから、何も言う事はない。

 非常に簡単な話だ。



 シュムからは、次のアタールという街まで車で行けると聞いていた。 一緒にいた兄ちゃんもアタールに行くので、自分の世話を焼いてくれた。 こんな真夜中に、モーリタニアのど真ん中で僕のような旅する者が、旅を続けられる理由はそこにある。 いつもではないが、時折誰かの世話になっているからだ。



 話は簡単だった。



 お金と乗客と車を手配する親父に全てを任せれば、それで自分はアタールへと行ける、、、 筈だった。

 しかし、なんとお金と乗客を手配した親父曰く、車がないのだそうだ。

 何たる事だ、それでは親父は仲介役としての務めを果たしていないではないかっ!?





 ただの駐車場のようにしか見えない村のような場所で、他の3人と座り込むしかなかった。 車がないのだから、為す術がないのである。 それまでは気にしていなかった冷たい風が、今ではやけに体に応える。 時間を聞くと、午前4時、、、

 空を見上げれば、先程までほとんど見えなかった満月に近い月が煌々と輝いていた。 日の出まではまだ2時間程あるし、目指すアタールは100km程ある、、、

 さあ、どうなる?





 結局、約1時間後に、たまたまアタールに向けて出発しようとしていた村人の車に、通常の料金に1000UM(=約400円)追加する形で乗せてもらう事になった。 もういくらでも何でも良かった。 目的は、目的地に着く事なのだから、、、





 「 何が為に僕は往く? 」






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by hitoshi280477 | 2006-01-18 10:54 | Mauritania
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