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「 Mauritania モーリタニア@西アフリカ 書き込み終了 」


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サハラに埋もれる国モーリタニア、、、 彼の地には、彼の地の「 現実 」が。

Mauritania モーリタニア@西アフリカ

2006年1月の旅話。





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by hitoshi280477 | 2007-09-16 07:28 | Mauritania

Mauritania vol.10 「 噂の腐れ国境 モーリタニア側  」

 正午前、国境のロッソという街まで行く車はすぐに見つかった。 乗り場とは言われていたが、そこはただの交差点だった。 二台並んでいたベンツの運転手同士が話し合いで決めて、一台のベンツにお互いの乗客を集めることで、僕らはすぐに出発することになった。 少しお金がかかり過ぎている様な気もしたが、疑い深く他の乗客の支払いを見ていると、僕も皆と同じ金額だった。

 目指す国境はヌアクショットから約200km。 予定では、2時間半後の午後2時半に着く計算だ。

 驚く事に道はかなり快適だった。 これほど快適な道を想像していなかったが、それは同時に人々のモーリタニアとセネガルの交通量が多い事も指し示しているのだろうと思った。 嬉しい誤算は、その道を小型とはいえベンツで行けた事、それと車窓から眺める景色の中にはすぐ近くに砂丘が常に見え隠れしていたことだ。 道中、ずっと快適だったのは言うまでもない。





 「 腐れ国境 」 そう旅行者の間では呼ばれている国境が、このモーリタニアとセネガルの国境だ。 何がどう腐っているのかと言えば、話は簡単で、イミグレ担当官がまともに仕事をしてくれないのである。 彼らにまともに仕事をしてもらうには、ある何かが必要になるのだそうだ。それは、もちろん「 お金 」だ。 まあ、アフリカらしい国境ではある。



 僕らを乗せたベンツはロッソの街に午後2時に到着した。 降りてすぐ顔を上げると、ワラワラと群がって来る汚い恰好をした子供たちの向こうに人々が集まっているのが見えた。 きっとあそこが国境なのだろう。

 そこまで歩いて行くと、たくさんの人々が門らしき前で座り込んで何かを待っている様子が伺えた。 そして、大きな門の横では、軍服を来た男が小さな門の開閉を操っていた。 時折、数人が通るものの、その他大勢の人々はその目の前で座ったままだ。 察するに、まだ開門の時間ではないのだろう。

 ある軍服を着た男が、すぐに僕を見つけてやって来た。 こんな所に東洋人が一人で、しかもバックパックを背負っているのだから見つけ易いのは分かる。 男は挨拶もなしに、「 スタンプが欲しいのなら、2000UM(=約800円)だ 」と言って来た。 話を知っていた僕は、軽く笑っていた。 そしたら、すぐに「 1000UMでどうだ? 」とも言って来た。 馬鹿らしい。 元々、払う必要のないお金をまけてもらったからといって払う筈がないし、それにこちらは時間があるのだ。とりあえず、周りはたくさんの人がいたので、彼らとしばしの運命を伴にする事にした。







 30分程して、それまでただじっと座っていた人々に動きがった。 どうやら開門の時間のようだ。 話に聞いていた通りに、彼らの休憩時間というものがあって、その間に国境を渡りたい者には、彼らに少しばかりのお土産が必要でありそうだった。 人々が押し合いをする中、僕は何とか小さな門を通った。

 「 my friend ! 」とか、言って来る若い奴が門の内側にいて、勝手に着いて来て、そして僕をイミグレのオフィスまで連れて行こうとする。 彼の案内なんかなくても、人々が群がっている方向を辿って行けばすぐに見つかる訳なので、彼が最後に欲しがっていた お土産 はもちろんあげなかった。



 人々が密集するオフィスの窓口では、たくさんの身分証明書や運転免許書、それにパスポートがたくさんの手を介してやり取りされていた。 たまにオフィスの中でちらほらと見える現金にはあまり気を取られないようにして、僕はじっと待ち続けた。 時間はあるのだから、焦って事を面倒にする必要はないのだから。

 そのたった一つの窓口には約20人以上の人間が、自分の身分証明書を取り戻そうと躍起になっていた。 押し合いだけならまだしも、皆が口々に自分の名前を言ってたり、自分のを早くするように促していたりするので、もう大混乱だ。 何故、待てないのだ?



 しばらくすると、僕のパスポートが担当官の目にとまった。 もちろん一人だけ色が違うのだから、気付かない筈がないのである。 そして、恭しく僕のパスポートをチェックし始めた。

 ハッキリ言えば、出国のスタンプをもらうだけなのだから、何の問題もない筈なのだ。 そのスタンプを押す事ぐらい子供ぐらいでも出来る。 というか、あまりグダグダ言うようなら、僕はもらう必要もないとさえも思っていた。 一体何処の誰がモーリタニアの出国スタンプのことなんか気にするのだろうか? そう思っていた。 それに、僕のパスポートには既に数えきれない程のビザやスタンプがあるのだから、自分ですらすぐに見つける事は出来ないのだ。 それ程なのに、、、



 彼が恭しくチェックする最中に、事件は起こった。 その時まで、いつ剥がれてもおかしくなかったパキスタンビザが、彼がページをめくった際に完全にとれてしまったのである。 僕はさも大きな問題が起こったかのように、「 あ~っ! 」と大きな声を立てて周囲の関心を集めようとした。

 焦った担当官は、僕に謝り、急いで出国のスタンプを押すと、隣のノート記入係に僕の出国を記入するよう言って何処かへと逃げてしまった、、、



 またしばらく待った。 というのも、このノート記入係は、鶏のような奴で、一度にたくさんのことが出来そうもなかったからだ。 なのに、目の前には身分証明書の山、そして脇からは誰かからのお土産を手にした他の担当官が彼の仕事を急かすのだ。 こちらは時間があるので、別に黙って待っていた。

 彼と目が一瞬あった時、僕は「 mon passpore 」とだけ言った。 彼はすぐにノートに僕の出国を記入してくれたが、その記入が終了後、またスタンプを押そうとしていた。 何のスタンプかは見えないので僕は黙っていたが、後で見てみると先程の担当官が押したスタンプと全く同じものが、全く同じページに押してあったっ! どうして同じページにあるスタンプが見えないのか? しかも、ページの半分はありそうなくらい大きなスタンプで、更には綺麗に平行になるように押されているっ!!



 「 こいつらは何者なんだ? 」



 本当にそう思った。 自分の仕事も満足に出来さえしないのに、人からお金を奪う事ばかり考えている。 とんでもなく最低な奴らだ。 もっとも、こちらは一銭もあげなかったから被害はないが、これがこの国の役人たちなのだ。 まあ、しばらくモーリタニアを旅行してきて、それは納得出来る話だったが、、、







 ゼネガル側の国境へは、小さな船か、車を運べる程大きな船でセネガル川を渡る事になる。 大きな船の方が、人が多かったので、そちらで行くことにした。 小さい船では厄介になると話を聞いていたからだ。

 船の真ん中へと行き、辺りに人がいる所で荷物を降ろした。 「 ふ~っ 」と一息ついた所で、先程から荷物代を払えと言ってくる輩に気が付いた。 乗る前からしつこい奴だったが、乗れば諦めるだろうと踏んでいた僕の予想とは違い、奴はしつこく食い下がって来た。 元々、どちらでもお金を払う事に対しては良かったのだが、嘘を言って来る奴も多いので、本当にここで荷物代を支払う必要があるのなら追っかけて来るだろうと思って放っておいたのだ。 そして、実際奴は着いて来た。

 それでも何だか怪しいので、辺りにいる人たちの関心を集め、その皆に聞くと「 払うのが普通だ 」というような素振りを皆している。 僕は「 皆が荷物代なんか払う訳ないだろっ! 」と言ったが、彼は頑として荷物代を請求して来る。 そして、ここまであのベンツで一緒に来た女性がたまたま近くにいたので尋ねると、やはり「 払うのが普通 」と言っている。



 100UM(=約40円)。



 それが僕の荷物代だった。 一応、ちゃんとしたレシートをくれたが、それでもやはりうさん臭かったので、再度周りにいた連中に尋ねてみると、やはり嘘のようだった。 あまり仏語がわからないのでしょうがないが、やはり頭に来た。

 そして、今朝習ったばかりの嘘という言葉をメモした紙を見せて、「 お前らの国はこれ(嘘)ばっかりだっ!! 」と大声で言ってやった。 そして、「 自分の国、日本ではそんなことはないんだぞっ!! 」と日本語で思い切り言ってやった。 皆、もちろん日本語は分からないので、唖然としていたのが笑えて、気分が すっ とした。



 船は間もなくセネガルへと到着しようとしていた、、、





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by hitoshi280477 | 2006-01-25 12:30 | Mauritania

Mauritania vol.9 「 両替問題再燃  」

 出発の日の朝、やはりこれから先のことを考えて、少し手元に(西アフリカではかなり有利な)ユーロを持っておくべきだと思った。 西アフリカに飛んで来る時からずっと考えていた事なのだが、出発したアルゼンチンではまだ検討中で、経由したイタリアではATMが故障中で出来ず、モロッコではレートが悪かったので両替しなかった。 しかし、これから先のことを考えれば、ユーロの方が圧倒的に有利だし、いざという時になって便利だろうからだ。 そういう訳で、ヌアクショットの銀行へと向った、、、

 がっ! これが大失敗だった。



 ヌアディブの街で両替をした時には、明らかに銀行の方がレートが良かった。 なので、ここヌアクショットでも同じだろうと思い、また街の私設両替屋があまり好きでないことから、やはり銀行で両替することにした。

 レートを確認して、$100現金を両替する。 銀行員が僕に手渡した両替証明書には、先程のレートとは違う合計金額が記してあった。 手数料だ。 もちろん事前にそんな事を話してくれる訳がなく、手数料がかかるのかどうか尋ねなかった僕が悪いという事になる。 まあ、それは良しよう、、、



 再び街へ出た。 今度は私設の両替屋にて、ユーロを購入する為だ。 昨日、何となく調べておいた両替屋を数件廻るが、困った事になんと両替が出来ないそうなのであるっ! こちらは$100分ものモーリタニア通貨であるウーギアを手にしているのである。 こちらの物価を考えれば相当なものだし、何よりも今日にも出国するつもりなのに、、、

 半分パニックになって、話を聞いていみると、何と同じ両替屋か銀行でしか再両替、もしくは外貨の購入は出来ないそうなのである。 その為には先程銀行でもらったような両替証明書が必要になるとか、、、 大問題だ。

 急いで銀行に戻り、銀行でユーロ購入が可能かどうか尋ねたが、予期していた通りに答えは NO だった、、、



 何たることだ。 こんなに大量のウーギアを持っていてもしょうがない。 一度外国に出てしまえば、この国の通貨なんかただのゴミに等しい。 それは言い過ぎかもしれないが、実際それほど価値はないのだから、もし仮に$100分のウーギアを全額を国境で再び両替出来たとしても、国境の両替屋のレートが良いわけはないのだから絶対に損をしてしまう、、、 それも、かなりの額をっ!!



 冷や汗をかいている自分に気付いた。 もう出発予定時間まであまりない。 あまり早過ぎてもしょうがないから、こうして両替をする時間があったわけだが、このままでは出発出来ない。

 困った。本当に困った。 久しぶりに頭の中がいっぱい、いっぱいだ。

 とにもかくにも、手元のウーギアを何とか米$かユーロなどの他の使える通貨にしなくてはならない。 焦る気持ちを抑えて考えていると、そこに白人旅行者2人が現れた、、、 もちろんその白人旅行者2人に飛びついた! そして、事の次第を説明した。



 彼らの宿泊している宿に行くことになった。 先程の銀行で両替レートを確認してもらい、こちらは作成したての両替証明書まである。 きっと彼らが再両替してくれるだろうという期待と、ある種の確信はあったが、それは最後まで分からなかった。

 両替をしてくれそうだったのは、おじさんの方だった。 一緒にいた若い女性の方は、まるで通訳のようにして間に入っていてくれたが、彼女曰く国境でも両替には何ら問題はないそうなのである。

 しかし、そんな良い話がないのを知っているのは僕の方だ。 両替屋というのは、ほんの少しの為替レートの差額か、もしくは手数料で利益を上げているのだから、それを$100分もしてしまったら、大損するのは目に見えている。 しかも、場所が悪い。 国境なのだ。 国境を過ぎてしまえば、為替レートは更に悪くなってしまうのが通説だ、、、 状況は圧倒的に悪かった。

 それに、その宿で働いている人の友達が国境の街に住んでいるから、その人に両替してもらった方が良いとか、その人の電話番号を持って行けだとか、わいわいと言っていた。 こちらはそんな下策は獲れる筈がないのだ。

 しかも、宿の従業員の友達? 電話番号? こちらはまともに仏語を話せないのにっ!?

 彼女の言う事は、放っておく(無視)しかなかった、、、



 しばらくすると、おじさんが部屋から戻って来て、手元には$20を5枚、$100分を持っている。 そして、お互いに金額を確認し合うと、おじさんは快く両替を承諾してくれた。

 助かった。

 しかも、$20を5枚でくれたので、今後の両替やビザ代を支払う時には細かいお金があって助かる。



 おじさんに何度も感謝をし、出発予定時間までも時間もないことから、早々にそこを後にした。



 しかし、結局、自分の宿に戻って宿代を清算する時に、やはり手持ちの現金が少ないことから、もう$10だけ両替を宿にお願いした。 もう頭がこんがらがってしまっているが、現金がなくて困るのは自分なのだから、用意だけはしておくべきだと思った。

 自分で考えて、行動をして、そして問題を抱えてしまい、何をやっているのか意味が分からなかったが、一人旅の事情は皆こんなものだろう。 特に、お金に関しては、いつも問題になってしまう。 不思議と、それが「 持っている 」と、「 持っていない 」とに関わらず、、、

 後になってみれば、それも旅の一部と笑えるのだろうが。






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by hitoshi280477 | 2006-01-24 12:28 | Mauritania

Mauritania vol.8 「 魚は採れるんですが、、、  」

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 「 砂漠の国 」とばかり思っていたモーリタニア。 そこには意外な事実があった。 アフリカ大陸の一番西にあって、大西洋に面しているのだから当たり前だが、実は魚がかなり豊富に獲れるそうなのである。 その事実を確かめるべく、「 port de peche 」という漁港に行くことにした。



 ヌアクショットの街中から、およそ5kmほどしか離れていないその場所は、ガイドブックで紹介される程の場所だ。 もっとも、観光客にとっては見所の少ないヌアクショットだけに、そんな場所までも掲載されているだけなのかもしれないが、、、

 タクシーでそこまで行くと、その界隈の賑わいに、その漁港の大きさを感じた。 実際、ガイドブックに載っているからといって、限りなく寂しい漁港であるかもしれないと危惧していた僕にとっては嬉しい事だった。

 タクシーを降りて、海の臭いのする方向へと歩いて行けば、そこには大きな石で出来たテーブルの上にたくさんの魚が並んでいた。 どんな魚なのかを確かめる前に、行商のおばちゃんたちの観光客に向ける嫌な視線が気になったので、とっとと浜へ出た。



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 日はまだ高かったが、サングラスをしているせいで、水面がギラギラと光る大西洋の海に浮かぶたくさんの船を見た。 少々、波がキツいようだったが、それでも海にはかなりたくさんの船が出ていた。 そして、思ったよりも岸に近い場所で漁をしていることに驚いた、、、



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 砂浜には、もう今日の漁を終わって帰って来たのか、それとも今日は漁へ出なかったのか、数えきれない程の船が並んでいた。 その姿は壮観で、またそのどれもが派手で独特なデザインのペイントが施されていた。 きっと大漁や安全を祈願してのものなのだろう。



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 しばらく砂浜でそんな様子を眺めていると、今度はちょうど浜に戻って来たばかりの船を見た。 もちろんエンジンなど付いていないのだから、その辺りにいる人たち総出で波打ち際から船を砂浜へと押し上げるのだ。

 その様子はあくまで原始的であったが、それがここのやり方なのだろう。 十数人の男たちが、やっとの思いで船を砂浜へと上げると、今度は船の下に丸太を幾つか敷いて押し始めた。



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 見ていて思ったが、思っている以上に漁獲量は多いようだ。 小さくもなく、大きくもない船だが、どうやらその船底にはたくさんの魚があるように思えた。 傍らで待機するロバ車の数が、そう思わせただけなのかもしれないが、、、



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 すぐ真横では、そこで直売でもするつもりなのだろうか、よく見るおばちゃんたちの行商人が座っていた。 こちらにはあまり関心もなく、また何処かへいく様子もなく、ただ単に魚が運ばれていく様子だけを注視していた。




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 聞いた話、モーリタニアの漁業権は今現在はEUのものらしい。 何でも、モーリタニアはEUに借金だかなんだかがあるそうだ。 という訳で、こんなに地元の人がせっせと働いていても、実際にその恩恵に預かるまでには、一度EUに輸出して、加工品を輸入する様な変な過程を経てらのことだとか? 具体的な話はよく分からないが、事実、今日獲れた獲れたての魚が、彼らの家庭のテーブルに着くのには少々時間がかかるそうだ。



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 詳しい事はうよく分からなかったが、今現在でも欧州にいいように搾取されるアフリカの現状を垣間見た気がした。 搾取されていると言えば言い過ぎかもしれないが、自分たちの国の資源がまず他の国の利益になっていることを考えれば、やはりそれは事実なのだろう。 一般労働者たちは、分かっているが、きっと何も出来ないのだろう。

 そして、その陰で私腹を肥やしているお代官様みたいのがきっといるのだろう、、、 と思った。






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by hitoshi280477 | 2006-01-23 02:30 | Mauritania

Mauritania vol.7 「 首都なんです ヌアクショット  」

 マリという次なる目的地/国のビザを申請する為に街を歩いていた。 そうでもなければこの街を歩く事はなかったかもしれない。 というのも、この国モーリタニアの首都であるヌアクショットは、あまりにも寂しい感じがするからなのだった、、、

 何処の国も、一国の首都となればそれなりに立派だ。 もちろんこのヌアクショットもそれなりに建物も多いし、人も多いし、車も多く、また物も豊富だ。 それは分かる。 街の至る所に砂がある、、、 というか、街は砂にまみれているのも良しとしよう。 しかし、この街にはどこか パッ とする何かがなかった、、、



a0086274_1191866.jpg 唯一の楽しみだったのは、昨晩食べたシャワルマというイスラム圏では良く見られる鶏肉や羊の肉を薄いチャパティーのような小麦粉の生地で巻いた物で、中には野菜やフライドポテトなどが入っていて僕の好物だ。 もちろんお手軽価格で食べれるし、これが一番の一般庶民の代表的な食べ物と言っても過言ではないと思う。

 しかし、それがこの街のどうのこうのという話はなく。 やはりただの何の変哲のない街にしか僕には写らなかった。

 実際、マリのビザを申請しに行った時が一番街を歩いていた事になる。 そんな道中、目にしたものと言えば、やはり砂に埋もれた寂しい感じのする街だった。 街は砂埃で霞み、道端にはゴミが多く、歩けば「 中国人っ! 」とだけ言われた。 終いには、日本大使館の旗まで霞んでいるように見えた、、、



 用がなければ、好んで来る場所ではないと心底思った。






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by hitoshi280477 | 2006-01-22 02:27 | Mauritania

Mauritania vol.6 「 月か? 火星か?  」

 シンゲッティからアタールへと戻り、そこで二泊して、すぐにこの街を出る事に決めていた。 西アフリカの旅はまだ始まったばかり、急ぐ必要もないが、あまりゆっくりはしたくなかったからだ。


 次なる目的地は首都のヌアクショットだ。 別に「 各国首都巡り 」をしているわけではないのだが、そこが絶対通過点になるのと、マリのビザを取得する為にどうしても行く必要があるからだった。 ここからは約450km程の距離を移動することになるが、道は全て舗装されているとのことなので、特に心配する必要はなさそうだ、、、


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 午前10時、宿を出た。 そして、街の外れにある「 ガラージュ 」と呼ばれるターミナルなる場所へ歩いて行った。 この辺りでは、どうやらこういった場所が設けられており、そこから各々の方面に車が走っていくようだ。 10時に宿を出たのは、10時くらいに車が出発すると聞いていたからだ。 もちろん10時に出る筈がないと踏んで遅めに出発したのだ。


 今まではあまりそんな経験はなかったが、そういったガラージュには乗客と運転手の間に入って仕事をする仲介役の親父が決まっている。 きっと乗客と運転手との直接交渉だと話がまとまりづらいからなのだろう。


 というわけで、その親父と料金交渉をして、最終的に7人乗りの車を選んだ。 もちろん埃まみれだし、車の至る所が凹んでいたり、錆び付いていたり、、、 それでも、最初に乗ろうとした窓もなく、座席もない中型のバンよりはましだろう。


 あのバンではいつヌアクショットに着くのか本当に分からない。 あのバンもいる場所を間違えている、解体屋か、もしくは博物館級の代物だ。 後になって冷静に考えれば、初めによくあのバンを選んだもんだ。  我ながら、恐ろしい、、、


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 ヌアクショットまでは4000UM(=約1600円)。 安いのか、高いのかは分からないが、一緒の宿にいて先に来ていたフランス人のおじさんは5000UM払っていた。 まあ、安かろうが、高がろうが行くしかないので、料金は別に気にしないことにしていた。


 待つこと2時間。 果たして乗客が集まり、車の出発の準備も整った。 一応、書類に自分の身分証明書の情報の記入が義務付けられていることには感心した。 きっと以前何か問題でもあったのだろう、、、 よぼよぼの爺さんがその仕事をやっていた。 





 街を出ると、やけに快適な道に驚いた。 きっとまだ新しいのが幸いして、道には穴ぼこもないし、無茶な作りにもなっていない。 すぐに視界は開け、地平線をまっすぐな道が続いている。 砂丘はあまり見えないが、時折遠くの方にそれらしきものが見え隠れしていた。


 モーリタニアの景色は、よく「 月や火星の景色を思わせる、、、 」などと評されるが、正にその通りだ。 砂漠の独特な雰囲気も然ることながら、大きな岩がゴロゴロとしている峡谷、それにギラギラと照り付ける太陽が造り出すその風景は、この地球のものにしては雄大過ぎる感があるし、超自然的に思える。


 それにしても、いつまで経っても地平線が続いていく。 いつまで経ってもだ。 今まで行った事のある場所の中で、そういう所は確かに見て来たが、ここの地平線もまた同じように飽きる事なく続いていった。 地球というのは実に大きいのだ。


 あまりに見入ってしまったのと、座った場所が車の真ん中で前からも横からも挟まれてしまっていた為に、残念ながらその素晴らしい光景を写真に収める事は出来なかった。 それに車内でカメラを出せる様な雰囲気ではないこともあった。 イスラムの国だから、、、 という事で遠慮はしていないが、こちらの人々はどうもカメラに敏感になっているのを気付いていたからだ。





 7人乗りのプジョーは、僕の心配をよそに良く走っていた。 あんまりスピードは出していなかったが、壊れなければそれで良かった。 可愛そうだったのは、他の誰よりもお金を多く払っているフランス人のおじさんが、何故か助手席に二人でキツい思いをして座っている事だった。 真ん中の席である僕の所には二人しか座っていないのに、、、


 時折、道路脇に現れて、車を待っている人たちには驚いた。 何たって、ここは砂利が多いとはいえ、砂漠のど真ん中。 辺りには村どころか、家屋もない。 彼らは一体何処からやって来たのだろう? きっと道路から遠く離れた所にでもあるのだろうが、その姿は異様だった。 しかも、炎天下の中、何時来るとも知れない車を待っているのだ。 大変な話だ。



 道中問題が何もなかった訳ではない。 問題になったのは、車の遅いスピードよりも、乗客の数だ。


 最初は6人の乗客と運転手の計7人で出発したのだが、最初の2時間に一人が降りた。 思っていたよりもスペースのある車内に、僕は喜んでいた。 しかし、その後、その一人分を道で拾ったまでは良かったが、それからが大変だった。 この運転手がお金にガメツいのか、これが当たり前なのか、、、



 その2時間後には、もう一人拾って、計8人。

 その2時間後には、もう一人拾って、計9人。

 その2時間後には、もう一人拾って、計10人。



 どういう状況かと言えば、助手席にはあのフランス人のおじさんと地元のおっさんで二人。 もちろん地元のおっさんに背もたれはなく、一つの席を中年の哀れなおじさん二人が相席している。 そして、真ん中の列には僕を含めた4人が乗っている。


 もちろんイスラムの戒律もあるが、その全員が男だ。 男同士だから、そのお互いのスペースが狭くてキツいのは当たり前。 皆、慣れているせいか、最初の方は特に文句も言っていなかった。 そして、後部座席には、3人の女性が座っている。 女性同士でも少々キツそうだった、、、


 これは明らかに定員オーバーだろう。 もちろんそんな法律はないと思うが。



 車内はぎゅうぎゅう詰めで、西日も差して来た事から温度も上がる。 足を動かす事も、体を動かす事もままならないまま車は進む。 もちろんスピードは上がらない。 重過ぎるのだっ!


 そうなると、皆の不満が爆発し、車内では口論が始まった。 先程までは、皆耐えていたのだろう。 次々になんだかんだと不満を口にしていたようだが、僕にはある程度の検討は付くが何を言っているのかは分からない。 まあ、言ったところで何がどうなるわけでもないので、どうでも良かったが、、、





 速度は遅いが、車は順調に進んでいた。 今まで何台の車に抜かされていったか数えておけば良かったと思う程遅い車だった。 それでも、故障を一度もしなかったのだから、良しとしたい。


 フロントガラスの向こうには、地平線に沈んでいく太陽が見えた。 そう相変わらず前方に見えたのは地平線に続く道のみだ。 一体何時になったらヌアクショットに着くのやら?

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 結局、ヌアクショットには夜の9時頃に到着した。


 体が疲れていた為に、最初の方に楽しんでいたモーリタニアの月とも火星とも言われる景色のことなど頭からぶっ飛んでいってしまった。 残念だ。 非常に残念だが、あの景色をもう一度見る為に、またあの道を行くつもりはない、、、 しんどいから。






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by hitoshi280477 | 2006-01-21 19:27 | Mauritania

Mauritania vol.5 「 砂漠に埋もれる聖地  」

a0086274_19174388.jpg イスラム第7番目の聖地、シンゲッティ。

 聖地という言葉に弱いのか、僕はわざわざこの為にあの列車に乗り、退屈なアタールで調整して、ピックアップトラックの荷台に乗ってやって来た。

 かつてサハラ貿易の拠点としても栄えたことのあるシンゲッティとやらも、いつかはこのサハラに埋もれて消えてしまうそうだ。

 そうなる前に、一度見てみたかったのだ。




a0086274_19175777.jpg かつての隊商路も、今では舗装されていて、ピックアップトラックの荷台に2時間程揺られていけば行くことは出来る。

 それが邪道だとは全く思わず、日は燦々と照っていても心なしか寒い移動をした。

 アタールの街を出てからは、もうすぐに荒野だった。


 砂漠という感じではなく、単なる荒野だ。

 特に面白くもなく、たまにラクダが草を食んでいる程度だった。

 ただ峠だけは、少し見応えのある所だった。




a0086274_1918487.jpg 荒涼とした大地で目にする人の姿こそ驚くことはない。

 いわゆる「 常識 」、自分の中の小さな常識では在り難い話ではある、、、

 それにしても、この辺りで一体どういう生活をしているのか?

 頼りにするのは「 駱駝 」のみ、、、

 きっとその昔と、そう変わらない生活を営んでいるのだろう。




a0086274_1918993.jpg ある程度走ったところで、車が路肩に停まった。

 冷たい風を切って走っているので、車が停まっただけでどこか暖かく感じられた。

 ちなみに、車内と荷台とでは料金に違いがあり、もちろん安いほうの荷台に乗ることにしていた。

 皆が、思い思いに散らばり、放尿等を済ませた後、、、 まだ車は出発する様子はなかった。


 どうやら、パンクしているようだった。
 

 パンク。

 今まで何度も経験しているが、今度のパンクにはさすがに驚いた、、、
 
 なんとタイヤの裂け目が紐で縫ってあるのだ!

 それも、明らかに手で縫った模様。

 さすが、アフリカ。

 モノを大事にしているのだろう、、、 つ~か、代わりはないのだ。




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 そんなこんなでやって来たシンゲッティ。

 実際、ここに来るまでの道のりは大変なようで、過ぎてしまえばそこまで大したもののように感じられ、そのせいでシンゲッティ到着に対する感動はなかった。




a0086274_19182499.jpg 新市街と旧市街と、旧旧市街?からなるこの街、シンゲッティ。

 街の至る所に砂漠がある。

 というか、砂漠の中にある街なのだ。

 一度、街の外れへと行ってしまえば、そこにはもう目の届く限りの砂漠が広がっている。


 その雄大な景色には、さすがに ぐっ と来るものがあった。

 いつかの隊商は、ここを基点として更なるサハラへの旅路を進めて行ったのだ。

 そう思うと、悠久の時を一人勝手に想像してしまったりもする、、、




a0086274_19183090.jpg ただ、僕の泊まっていた旧市街はあまり良い所ではなかった。

 街を歩けば、すぐにガイドだの、お土産物だの、子供の物乞いだの、、、 慣れてはいるし、予想もしていたが、あまりにもそのまま過ぎて面白くも何ともない。

 雰囲気のある家屋でさえも、仏語でブティックとか書いてあるし、レストランもやけに高いし、、、


 おまけに街外れにまでやって来ると、目も覆いたくなる程のゴミの散乱状態。

 頭に来る程汚いのだっ!!

 いくら土地が余っているからって、これは酷い。 酷過ぎる。

 町内会で話し合って、掃除でもしてもらいたいもんだ。

 ハッキリ言って恥だ。


 だから、イスラムの教えは何なのさ?

 確かにここはイスラム第7番目の聖地なのだろうか?

 そうなのか、そうでないのか分からないが、こんなんならもう砂に埋もれてしまっても良いと思う。




a0086274_19183599.jpg 日が沈む頃、僕は高い砂丘を目指した。 うたた寝をしてしまった為に宿を出るのが遅れてしまい、砂漠を少し走る様な感じで急いでいた。 何とか日が落ちる様を目にする事が出来た。

 日中は黄金色だった砂の色も、今ではうっすらとオレンジ色がかっている。 夕日が照らす砂丘のその色はとても素敵で、あのような色合いが存在する事自体を感謝してしまうほど綺麗だ。

 自然の造り出す景色というのは素晴らしい、、、 実に素晴らしい。 それは、自分が感動しているのが分かる程だ。







a0086274_19184313.jpg 翌朝、朝日も観に行くことにした。

 正直、あまりの寒さに観に行くことを断念しそうになったが、その寒さのせいで部屋にいることの意味のなさに気付いて、部屋を出ることにした。

 辺りに砂漠以外は何もない、、、

 そんな所で朝日を見つけるのは至極簡単だ。




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 それまでは、冷酷な夜の帳に包まれていた世界は、あっという間に、、、

 どこか心が温まるその光景、、、 これがこの地球の日常なのだ。

 驚くべきことは、これが地球のあるがままの姿だという事実に、自分が気がついたこと、、、



 その反面、人間のしていることを思うと非常に腹が立つ。 こんなに綺麗な景色や光景を毎日目の当りにしている人間たちが、自らその自然を汚していると思うと腹が立つ。 よく「 現地人は気にしない 」と言われ、現地の人のほうが自分の所の物事に鈍感で、無関心だったりもする。 何とも言えない話だが、実際ここもそのようなのだ。 何と哀れな事か、、、

 本当はこの旧市街の先に、昔の街があるらしいのだが、この街の惨たる様に何だか嫌気のさした僕は、翌日アタールへと戻る事にした。

 こんなことなら、この場所が砂に埋もれてしまっても、僕は一向に構わない。






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by hitoshi280477 | 2006-01-20 19:16 | Mauritania

Mauritania vol.4 「 退屈な街 アタール  」

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 アタールの街はモーリタニアのど真ん中にあるということもあって、僕にとっては一つ基点となる街だった。 だからという理由なのか、僕はこのアタールという街に少し期待している部分が心の中にあったようだった。 それは間違いというわけではないけれど、期待通りでなかった事は間違いなかった。 勝手に期待しておいて何だが、、、



 アタールはハッキリ言って小さな街だった。 街と言うと少し感じが違うかもしれないが、そこが小規模な街であることは間違いなかった。 というのも、街の中心はただのロータリーになっているだけで、その傍に小さな市場があって、その奥に商店が少しばかしあって、その奥に更に小さくて汚い市場があって、その道の傍らで物売りが商いをしている、、、 それだけの所だ。

a0086274_15312198.jpg 街を歩いて特に思う事はあまりないが、目を引く事と言えば人々の服だろう。 ここでは男女関係なく、人々は鮮やかな服を身にまとっている。 何故か男性陣は皆総じて薄い青色の少しダブダブした服で、頭には布を巻いているものがほとんだ。 その布は砂漠の民では当たり前なのだが、口と鼻といった呼吸器系を乾燥から守り、髪の毛を砂埃から防いだりもする。

 女性陣は、頭から足先まですっぽりと布で覆っているとはいえ、その色だけは個人の好みによるようだ。 鮮やかな色合いのものが多く、そのどれもが素敵に見える。 思っていたよりも女性は社交的だが、やはりイスラム国家だけに交流するのは難しい。







a0086274_15311395.jpg 街が埃っぽいのはしょうがない。 砂漠の国、モーリタニアのど真ん中なのだからそれはしょうがない事なのだ。 道路の端っこには砂があって、それが車が通る度、人が歩く度、風が吹く度に舞ってしまう。 その為、少し街歩きをしただけで髪の毛はもう砂埃まみれだ。 それに、服や靴まですぐに砂埃まみれだ。



 そして、イスラムの国だけに写真をとるのも難しい。 街の写真でさえも、人に注意をくらうことがある。 後で聞けば、ちょっと昔まではこの国で写真を撮るのには許可証が必要だったとか? 何の為に許可証が必要なのかよく分からんが、何ともやりにくい国ではある。 もちろん人物写真なんぞはほぼ全滅。 最初は笑顔で接していても、やはり写真には抵抗があるようだ。 元々、現地の人々のほとんどはあまり良い顔をしていないが、、、



a0086274_153294.jpg 食料をめて街を歩き回る、、、 あんまり期待せずに探し回っていたが、市場には想像以上にモノはあった。 ただ、それを買いたいかと言われると、、、

 日常生活に必要なモノは、きっと海岸線にある街からやってくるのだろう。 もっとも、そんなモノがなくとも、ここの人々はここでずっと生活してきたのだから、、、

 食料品となると、そのほとんどが瓶・缶詰や、乾物になってしまう。 ちなみに、そのほぼ全部が欧州からやってきているとあって、かなり割高になる。 それでも、まだ手に入るのだからありがたく思うしかなかった。

 結局、買い求めたモノといえば、水、パン、チーズ、ゆで卵、ツナ缶、、、 そして、納得いかない価格だったトマト。 やはり野菜類も採れにくいことからか、そこそこ高くつく。 もはや栄養面など考えられない、、、

 話によると、野菜類はモロッコからやってくるとか?



a0086274_1533912.jpg こんな砂漠の真ん中で、何処に泊まるのかというと、、、 こんな宿感じの宿となる。 欧州人(特に仏人)が多い西アフリカでは、こんな寂れた街にも宿泊施設はあったりもする。 この際、泊まれるのであれば、何処でも良かったのだが、、、

 果たしてそこは居心地の良い宿だった。 やはり経営が仏人/独人とあって、宿の設備は少々ボロイものの、配慮+信頼がそこにはあった。 テントで寝るということさえ凌げれば、何の問題もない宿、、、 ただ、それが問題なのだったが。

 砂漠のど真ん中、朝晩はかなり冷え込む。 相変わらず持っているモノを総動員して寝ないと、とてもじゃないがその寒さに耐えることは出来ない、、、 

  ちなみに、この宿で一番嬉しかったのは、「 人と話が出来たこと 」。 二番目は「 食事を提供出来る宿だったこと 」。 そして、三番目は「 (しょぼいながらも)マットレスで寝れたこと 」。


a0086274_15331720.jpg 欧州人の間では、そこそこポピュラーなサハラ越え。 日本ではいわゆる「 いい年したオトナ 」が、こちらでは本気でサハラ越えに多数やってくる。 もちろん自前の車で、、、

 特にモロッコとの国境周辺では、たくさんのキャンピングカーや4x4を見かけた。 その中でも、個人でサハラを越えてくるとなると、本気の人が多い、、、 そして、喜ばしいことに、「 TOYOTA LAND CRUISER 」なのだ!

 世界最強の市販車とも思われるランクルは、世界の反対側でも大活躍。 また、日本人と分かると何故か妙に褒められ、必要以上に優越間に浸れるのだ、、、 かの地をこんな遠くに離れて、日本を感じるとは、、、



 しかし、することのない街だ。 歩いていても、お約束の如く「 中国人!! 」とだけ聞こえて来るのみで、別になんら楽しい事はない。 楽しくないどころか、する事のないガキンチョと、暇な大人たちが実りの少ない会話をしかけてくる、、、 それならまだしも、子供は「 何かくれっ 」と言ってくる。 ここの街は子供たちを 強盗 に育てているのだろうか? 大人たちも暇なら教育してやって欲しい。 どうしょうもうない奴も多い。



a0086274_15315728.jpg 一番嫌だったのは、物価が高いこと。 何せモーリタニアは超債務国であり、砂漠の国なのだ。 特に食料のそのほとんどを輸入に頼っていると聞く。 砂漠の真ん中でトマトを買って高いというのもいけないかもしれないが、それにしても物価は高いと思う。 更に、平気で嘘をついて値段をボッてくる人間が多過ぎる。 もちろん値札なんか存在しないのだから、その金額があっているとか間違っているとかは分からず、いつも自分自身が納得して買うしかない。 それにしても高過ぎるのだ。 イスラムの国ってのはどうもその辺に教えがなっていないと思う。 イスラム教徒は嘘をついても何とも思わないのだろうか? ハッキリ言って恥だと思う。 金額が分からないから油断して、手の平に少しお金を乗せて見せると、「 全部よこせっ 」というおばさんも多い。 全くどうしようもない。



 別にどうでも良い事だが、こんな街で育つ子供は可愛そうだ。 彼らがこんな親から育っていけば、間違いなくそんな大人になるしかないのだから。 もちろん親切な人もいるが、そうでない、、、 というより、とんでもない大人が多過ぎる。 こんな街に週4便もの国際線が飛んで来るのだから実に不思議だ。 もちろんそのほとんどが、ここが目的地ではないのだろうが、、、

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by hitoshi280477 | 2006-01-19 11:01 | Mauritania

Mauritania vol.3 「 何が為に僕は往く? 」

 日が沈んで、夜になった。



 砂埃で空が曇って見えたせいか、綺麗な夕焼けなんかは全くなかった。 気が付いたら夜になっていた。 ただ、分かっていたのは、月がほぼ満月に近いことだった。 いつだかモロッコで見た、満月の下の砂漠の景色というのは、これまた格別なのも知っていただけに、少し楽しみにしていた、、、



 しかし、実際は寒さと砂埃でそれどころではなかった。



 しばらくは耐えていたものの、砂漠の寒さは自分のような余所者の知る所ではない。

 日中が灼熱地獄でも、日没後は氷点下になることだってあるのが砂漠なのだ。

 そして、列車が進む事によって起こる風も体感温度を下げてしまうので、更に寒くなる。



 一緒に乗ってきた兄ちゃんは、案外いい奴だったが、とんでもない大馬鹿野郎でもあった。 

 かなりの薄着のうえに、、、 裸足だったのだからっ!

 お互い隣でゴロ寝をしていたが、彼のあまりの寒そうな身振りに、大きなビニール袋とガムテープでグルグル巻きにしておいた自分の荷物の中から、靴下を取り出して兄ちゃんにあげて、また自分自身もズボンを二重に履いて、そしてベッドのダニ対策用に用意しておいた厚手のナイロン製シーツを取り出して、それに二人でくるまって寝る事にした。

 それでも容赦なく襲ってくる隙間風のせいで、寝る事はもちろん耐え難い寒さを体験する事となった、、、





 たまに顔だけ出して、砂埃にまみれてボンヤリとした月を見ながら思っていた、、、

 「 はるばるモーリタニアくんだりまでやって来て、一体何をしているんだろう 」と。

 もはや人間ではなく、自分というものの存在が、ただの物体のように思えてならなくなっていた、、、





 「 何が為に僕は往く? 」





 夜中。

 列車が停まった。

 何故かはわからなかったが、どうやら故障のようだ。 それが分かった頃には、もう停車してしばらくたった頃だった。 辺りを見回すと、さっきまで一緒だった兄ちゃんがいなくなっている。 貨車の外に出ているのは間違いないのだが、、、 と思って外を見ていると、突然その兄ちゃんが走って来て、荷物を降ろせと言う。 突然で意味が分からなかったが、ここが目指すシュムなのかと尋ねると、違うと言うが荷物を降ろせと言う。

 急いで荷物を降ろして、兄ちゃんの後に付いて行くと、何と客車の中に入って行くではないかっ。 全くもって意味が分からなかったが、とにもかくにも兄ちゃんに付いて行って、客車の最後尾の個室に乗り込んだ。



 果たして、室内は暖かかった。 室内と室外ではこんなにも違うものか、、、 というのが、最初の感想だった。 その個室には、ヌアディブの駅で見かけた家族が寝っころがっていた。

 狭い個室に、もう二人も男がやって来たのだから、顔があまり歓迎の色をしていないのは瞬時に察っすることが出来た。 当たり前である、そもそも狭い所に、見知らぬ「 東洋人 」が突然やってきているのだから、、、

 その証拠として、家族の長である親父は、兄ちゃんや他の人にお茶は振る舞っても、僕にはくれなかった。





 見知らぬ世界でのある種尋常でない経験と、旅の疲れと、眠気から、何がどうなっているのか、、、 何が一体何なのか、、、 ボンヤリと、、、



 頭が朦朧としているとはいえ、目を閉じていると自分がどんな状況にいるのかは想像するに難しくはなかった。

 薄暗い個室の隅っこで、新聞紙を敷いて寝ている自分がいるということ、、、

 足を伸ばすこともままらないので、九の字型のまま横になるしかないこと、、、

 床の硬さや冷たさが背中に直に伝わるということ、、、

 同室の人間と会話がままならないこと、、、

 それどころか、冷ややかな視線を浴び続けていること、、、

 目の前にあるむき出しの流し台で、ゴキブリがいそいそと歩いてること、、、 



 全てはもうどうでも良くなっていた。

 まるで浮浪者の様な、ゴミのような存在になっている自分がいた。

 とてもじゃないが、人には見せられない姿だ。





 「 何が為に僕は往く? 」





 かくして、、、 二時間後には修理も完了し、その二時間後には目指すシュムに辿り着いた。

 何はともあれ目的地に到着したのだから、何も言う事はない。

 非常に簡単な話だ。



 シュムからは、次のアタールという街まで車で行けると聞いていた。 一緒にいた兄ちゃんもアタールに行くので、自分の世話を焼いてくれた。 こんな真夜中に、モーリタニアのど真ん中で僕のような旅する者が、旅を続けられる理由はそこにある。 いつもではないが、時折誰かの世話になっているからだ。



 話は簡単だった。



 お金と乗客と車を手配する親父に全てを任せれば、それで自分はアタールへと行ける、、、 筈だった。

 しかし、なんとお金と乗客を手配した親父曰く、車がないのだそうだ。

 何たる事だ、それでは親父は仲介役としての務めを果たしていないではないかっ!?





 ただの駐車場のようにしか見えない村のような場所で、他の3人と座り込むしかなかった。 車がないのだから、為す術がないのである。 それまでは気にしていなかった冷たい風が、今ではやけに体に応える。 時間を聞くと、午前4時、、、

 空を見上げれば、先程までほとんど見えなかった満月に近い月が煌々と輝いていた。 日の出まではまだ2時間程あるし、目指すアタールは100km程ある、、、

 さあ、どうなる?





 結局、約1時間後に、たまたまアタールに向けて出発しようとしていた村人の車に、通常の料金に1000UM(=約400円)追加する形で乗せてもらう事になった。 もういくらでも何でも良かった。 目的は、目的地に着く事なのだから、、、





 「 何が為に僕は往く? 」






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by hitoshi280477 | 2006-01-18 10:54 | Mauritania

Mauritania vol.2 「 移動は楽ではありませぬ、、、 」

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 「 GARE = 駅 」。 「 VOYAGEURS = 旅 」。 そのボロイ建物にはそう書いてあった。 街外れにあるこの建物が、この街を脱出する為の重要な場所になのだ、、、 そうこのオンボロの寂れた建物が、、、



a0086274_933824.jpg 列車の旅はそんなにすぐには始まらなかった。 もちろん時刻表なんてものはなく、話に聞いていた時間より少し早めに着て、きっと遅れてくるであろう列車を待つのみなのだ、、、

 乗客であろう人々もちらほらといるが、話をしようにも仏語があまり分からない自分にとっては暇な時だった。 ましてや、こんな所に一人ポツンといる東洋人に誰が声をかけてくるだろうか?

 しばらくして、暇つぶしに辺りをウロウロとしていると、人々がある場所に集まりだした。 見ると、そこにはきっとメッカの方向を指しているだろう大きな石が置いてあった。 「 お祈り 」の時間だった。



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 列車がヌアディブの街外れに到着したのは予定通りの1時間半遅れだった。 それでもその姿を目にした時は、これから450km程をお世話になるのだから、なんだか有り難いような気持ちになってしまっていた。 待ち時間が3時間もあった事は良しとした。



 列車が到着する間際には、係の者がチケットを売りに来たが、僕は最初から貨車に乗るつもりだったので、相手にもしなかった。 何故貨車に乗りたいのかと聞かれても、特にこだわる理由もなく、また無料だからという理由でもない。 強いて言うなら、やはりそちらの方が楽しそうからだったのだろう。



 鉄鉱石。 経済が弱いモーリタニアでは重要な収入源だ。 内陸のズエラットで採掘された鉄鉱石は、砂漠に敷かれた延々と続くレールを貨車に載って運ばれて行く。

 そんなに重要なものを運ぶ列車ではあるが、だからといってこの列車がそれほど立派ではあるわけではない。 もっとも、鉄鉱石を満載した貨車100車両以上も引っ張って行くだけの力はある列車だ。



 その列車の最後尾に、申し訳ないように備え付けられているのが客車。 貨車の100車両とは裏腹に、この客車は1車両しかないのだから、、、 そりゃ、もう大変。 ヌアディブの駅に列車が到着した途端に、乗客同士の争いが始まっていた。

 最初から貨車に乗って行くつもりだったのでその様子を眺めていたが、人の争う様程醜いものはない、、、 そんな乗客たちは、これから窓も全開に開けたまま12時間くらいを狭い客車の中で伴にするのだ。



 貨車の方はというと、こちらは屋根もなく、窓もなく、ただ鉄鉱石で薄汚れた箱だ。 横にある鉄棒で造られた階段をよじ登って、やっと中に入る事が出来る。 もちろん皆荷物があるから、お互いに助け合ってそれらを上げる事になる。

 自分の荷物が一番重いのかとばかり思っていたが、後から来た家族の荷物は本当に重かった。 棺桶になりそうな程大きな鉄の箱を3個も持って来ていて、それらを上げるのには一苦労を要した。 まるで家族で引っ越しでもせんばかりの荷物の量だ。 ズエラットまで行くと言っているが、最後はどうやって荷物を降ろすつもりなのだろう?





 思っていたよりは早く列車は出発した。



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 ガタゴトと激しく揺れる貨車の中にいた。 これほど揺れる地上の乗り物は、今までの移動を振り返って考えてみても、そうあったもんじゃなかった。 砂埃が舞う中では、貨車から見上げる空も曇っていて、服はすぐ汚れ、荷物も砂まみれ、ましてや自分自身はもう服の隙間から入り込んでくる砂埃で酷かった。 それでも目にはゴーグルを、口と鼻には布を当てがっておいたので、その砂埃を吸い込む事はなかった。



 たまに貨車の中で立って、列車の先頭の方を見てみると、その姿は地を這う大蛇のようでもあり、ムカデのようでもあった。 無理もない、この列車は全長1kmとも言われていて、実際乗っている様な貨車の数は100車両にも及ぶと言われているのだから。

 しかし、その大蛇がこの砂漠の中を突き進んで行く姿は壮観ではあった。



 この列車はズエラットというモーリタニア内陸部の鉄鉱石の採掘場へと行き、そこで鉄鉱石を積み、港街であるヌアディブへと戻って来るものだ。 その際、ヌアディブで荷を降ろした貨車に乗り込むと、なんと運賃は無料になるのだ。 例の客車も一応は付いているのだが、、、



 ガイドブックによれば、それは世界最低級なのだそうだが、座席が2500UM(=約1200円)で、寝台だと3000UM(=約1500円)なのだそうだ。 自分としては、とりあえず面白そうな貨車に乗って行く事にした、、、 その移動がどんなに大変なのかを知らずにっ!



a0086274_97635.jpg はやる気持ちよりも何よりも、出だしからこの貨車に乗っての移動は困難だった。 何と言っても揺れと砂埃が酷い。 元々、鉄鉱石を運ぶ為だけに設計されているので、その荷がない今は軽くなっている分、揺れが酷いのだろう。 それに荷物を運ぶだけの貨車に快適な列車の旅を思い描く方が間違っているし。

 砂埃も本当に物凄い。 話を聞いていたので、用意して来た作業用のゴーグルを早速装着した。 もしゴーグルを用意していなかったら、きっと何も見る事は出来なかった事だろう。 それでも、最初の数kmの砂埃は酷かった。 それに、貨車の中に残っている鉄鉱石の粉も舞っているのだから、口と鼻を覆う布を用意して来ていて良かった。 実際、布なんかではなく、ただのアイマスクなのだが、、、



 しばし走ると少しは慣れて来たが、それでも列車の揺れの酷さには参った。 客車の乗客や、今までこれで旅をした人たちはすごいというか、きっと少し頭がおかしくなった事だろう。 これまた用意してきた段ボールを敷いて、座ったり、横になったりはしたものの、常に左右に体が振られ、また時折 シューッン という音が聞こえると、いきなり ガツンッ ガツンッ ガツンッ と列車の先頭から連結部を伝わって、まるで衝撃波のように振動が襲ってくるっ!! 質の悪い乗り物である事は間違いなかった。

 やがて疲れてしまったのか、そんな激しい揺れの中でも昼寝をしてしまった。 既に走り出してそれなりの距離を進んでいた。 貨車の高さは、立てばちょうど辺りの景色を眺めることが出来る程なのだが、日が傾く事によって出来た日陰は驚く程寒かった。 ほんの少し体をずらしただけで日陰に入ってしまうのだが、その差は大きい。 砂漠気候の驚くべき一面だ。

 眠りから覚めてしまったので、立ち上がって外を見てみると、そこには一応砂漠らしい景色が広がっていた。 思っていたよりは砂利混じりで、砂丘は見えず、少しがっかりしたが、それでもこの長い列車が砂漠の中を進んで行く光景は、まるで大蛇が砂漠を這って行くようで、普段目にする事は出来ない代物なのだということだけは理解していた。

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a0086274_972430.jpg 揺れる貨貨車の中では、自分と、一緒に乗ってきた兄ちゃんと、家族だけが乗っていた。 皆イスラムの人だけに旅行者である僕にも親切だった。 パンやミカンなんかを分けてくれたりもした。 物を分けるというイスラムのその精神に、ここでもその恩恵に預かってしまった。

 しかし、何でもここで分ち合う事は大変だ。 何せ貨車の中で一時とはいえ、共同生活をしなくてはならないのだから。 その中で一番困ったのは、やはり「 トイレ 」だろう。 狭い貨車の中で、用を足さなくてはならないのだが、男である僕らは良いが、女であるおばさんにはキツかったかもしれない。 それを見ないようにしなくてはいけない僕らも辛かったが、、、



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 面白かったのは、お茶の時間だ。 モーリタニア人というのは相当のお茶好きだ。 暇さえあれば、家族や友達とお茶ばかり飲んでいる。

 それが一般大衆の娯楽であり、安らぎであるかのように思える。 実際、砂糖をたくさん入れたあの甘いお茶は自分も好きだ。 どこか心落ち着くような感じになる、、、 しかし、今は世界最悪とも思える乗り物の中なのだっ!

 そんな中でも、彼らのお茶の時間への執念は凄かった。 明らかにこんなふきっ曝しの貨車では火を燃やす事も、湯を沸かす事も難しいのに、それでも彼らはお茶の用意を始めた。



 まずは場所の確保だ。 貨車の隅に、一箱何十キロという鉄の箱を揃えて防風し、そこに持参した木炭を用意する。 そして、小さなやかんを取り出して、ポリタンクから水を入れた。 ただ、いざ火をつけるとなると、それは大変な作業だった。 紙こそ何とか燃やせるものの、さずがに木炭にはなかなか引火しない。 それでも、彼らのお茶の時間への執念なのだろう、10分程かけて数回目には何とか木炭にも火がついた。



 お湯が沸く。 しかし、列車の揺れのせいでお湯がこぼれ、やかんを伝っては木炭の火で ジューッ ジューッ いっていた。 お湯を注ぐのも困難な中で、やっと彼らが口にしたのはほんの一口のお茶だった。 あれだけの労力を費やして、飲めたのはほんの一口である。 それほどまでして、彼らが飲みたかったお茶を、わざと目をそらしてもらわないようにしていた。 とてもじゃないが、もらうのには気が引ける。



 まあ、お互い暇つぶしと気分転換にはなったようだった、、、






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by hitoshi280477 | 2006-01-17 10:47 | Mauritania