カテゴリ:Burkina Faso( 6 )

Burkina Faso 「 ブルキナ・ファソ@西アフリカ 」


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by hitoshi280477 | 2007-10-25 18:16 | Burkina Faso

Burkina Faso vol.5 「 幻のアフリカ映画祭 」

 取り立てて何も無いワガの街ではあるが、なんとここでは国際的なイベントがあるそうなのだ。 それは「 アフリカのカンヌ 」とも言われる、「 アフリカの映画祭 」だ。 その名の通り、このイベントではアフリカの各国で制作された映画を発表する場のようだ。 それも、9日間とか、10日間とかいう長い期間行なわれるのだそうだ。

 聞けば、この映画祭を機に、世界に羽ばたいてアフリカ映画もあるのだそうだが? さて、実際、そのアフリカ映画とはどんなものなのだろうか、、、

 一緒に居た日本人旅行者の人は、この映画祭を楽しみにしていた。 僕としては、「 まあ観れるのならば、、、 」というくらいしか、気に留めていなかった。 彼はブルキナ・ファソのビザを取得する際に、その大使館で今年もその映画祭はあるのかどうか確認していて、わざわざ日程を合わせてここまでやって来たのだったが、、、



 「 エッ 今年は無いの? 」

 そうなのである。 宿の人や、街中で出会う人、それに映画館でも確認したが、今年は無いそうなのである。 もともと、その映画祭は、北アフリカにあるチュニジアと交互にホスト役を勤めているそうなのだ。 そして、去年はここでその映画祭はあったという事は、去年ここを訪れていた人たちの話を聞いていたので、僕は知っていた。

 彼もそれは知っていた。 ただ、某ガイドブックには「 毎年行なわれるようになるだろう、、、 」とか、実際ブルキナ・ファソの大使館で確認もしてきたのだ。 それなのに、今年は無いのだった。 無いものは、無いのである。 しょうがない。

 が、それで終わりではあまりにも寂しいので、とりあえず一つはアフリカ映画を観ようという彼の提案に乗って、僕らは映画館にやって来たのだった、、、



 本当は映画祭が開催されるであろう映画館は、ウヤウヤしくも映画のプロジェクターをオブジェをその敷地内に置いていた。 外から見ると、まあそれなりの外観だが、実際に中に入ると、そこは正直少し寂れた感じがした。 辺りにあるポスターを確認すると、どうやら数年前のハリウッドものや、インドのボリウッドものの映画も観れるそうだ。 それらの映画が、一日一回ずつ上映されている。 入場料は1000CFA(=約200円)と、アフリカにしては少し高めだと思った。



 とにもかくにも、「 アフリカ映画 」を一つ観ることにしたのだった、、、

 館内の寂れた感じとは違い、実際に放映する部屋はそれなりに立派だった。 これから観る映画では、恐らく、いやほとんど間違いなく、満席になることはない程の規模だった。 しかも、清潔であり、少し空調も効いていた様な、、、 ダウンジャケットを着ている人もいたし。



 ブルキナ・ファソの邦画だと言われたその映画は突然始まった。 というのは、先程までの他の映画の宣伝との切れ目がほとんどないので、いつ始まったかは分からなかった。 しかも、タイトルが出て来たのは、しばらくしてからのことだった。

 話の内容は、、、 よくある話だった。 家族を持つある父親が、アフリカ特有の経済的困難な状況の中で、娘の病気や、お金のやりくり、強盗被害、仕事の環境、、、 などなどの諸々の問題に直面するというもの。 この映画を観たお陰で、少しは一般のアフリカ人の家庭環境が分かった様な気がする。

 驚いたのは、その撮影の技術、つまりカメラワークと、出演者たちの演技力だ。 何がどうって、思っていたよりもまともなのだっ! これは僕の偏見だと思うが、きっとほとんどの外国人はそう思っている事だろう、、、 「 アフリカの映画でしょ? 」 実際、そうなのだ。 特に、話の展開には言いたい事がたくさんあるものの、その撮影技術と出演者の演技は、まあそれなりのものだった。



 ただ、唯一の問題点とも言っていい「 話の展開 」は、まるでアフリカ人の思考回路を覗き込んでいるかのような気分になった。

 話の展開が早いのだ。 いや、早いというよりは、話が飛んでいるのだ、、、

 次から次へと、舞台が変わり、もしこれが日本の連続ドラマだったらきっと数話分くらいは抜かしている感じだ。 あるべき筈の場面がないので、どうやってつじつまあっているのか分からないが、とにもかくにも話は順調に進んでいく。 なんとも強引な「 アフリカン・ウェイ 」ではある。



 内容そのものはそんな感じだが、映画の中で観る「 アフリカ 」も面白かった。



 娘の病気の為に、お金を工面しなくてはならない親父が、安く買いたたかれながらもバイクを売って何とかお金を作った。 なのに、その路上でお金を数えている間に、横から来た若い娘にお金をひったくられてしまう。 結局、そのお金は戻ってこないので、母方の父にお金を工面してもらう。

 そのお金で買った薬のお陰で、娘は何とか持ち直し、家族は再び幸せを取り戻す。 そんな中、街中で見つけた例の若い泥棒娘に親父は「 少しでいいから返してくれっ 」(←何故、少しなの?)と叫んだ所、娘は逃げてしまい、その逃亡中に車にはねられ、記憶をなくしてしまう、、、

 一体、誰がその手術代なり、入院費なりを出したのかは不明だが、結局その親父が泥棒娘を家に連れてかえるものの、今度はその泥棒娘が奥さんと喧嘩をし、奥さんは出て行ってしまう、、、



 どうしようもない親父は、その泥棒娘を世話してやるものの、努めていた学校の校長のイジメに頭が来て、授業中に子供たちの目の前でその校長を殴って出て行ってしまう。 ちなみに、生徒たちからは、何故か拍手が、、、

 家で頭を抱える親父。 記憶のない少女を巡って、その友達、家族、警察、なんたらかんたらを巻き込んで話は進んでいく。 ←この辺が少し強引。



 最終的に話は、あの校長が実はこの泥棒娘の父親で、その校長の性的嫌がらせを避ける為に、車椅子に座る母親を残して家出をしてしまっていたことが判明。 そして、狂っていた校長が泥棒娘の母親を殺害し、ニュースになったことがきっかけで、その泥棒娘は親父の所に一緒に住むようになり、親父の奥さんが真新しいパソコンを買って、秘書の仕事を(庭先で)するようになった為に、家庭は安定した。 ちなみに、親父の仕事はどうなったのかは分からない。



 そして、最後に親父が「 これが俺の人生だ 」と締める。





 まあ、アフリカによくありがちな人生の一部分を、凝縮した様な映画ではあった。 お金を工面するのが大変な事、泥棒がいること、家族が家出すること、耐えきれず暴力で解決すること、何だかよくわからず、どうしているのか分からないが、とりあえずまだ生きていけること、、、

 それは、とても、とてもアフリカらしい、良く出来た映画ではあったと思う。 観る事が出来て、素直に「 良かった 」というのが、僕の正直な感想だ。 いや、本当に。

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by hitoshi280477 | 2006-02-21 18:13 | Burkina Faso

Burkina Faso vol.4 「 Qu'est-ce qu'on fait ?  」

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 「 さあ、どうしましょうか? 」

 ブルキナ・ファソの首都であるワガドゥーグゥー。 ガイドブックの評する所は「 首都にはみえない片田舎の街 」であり、旅行者の評する所は「 特に見所のない街 」だ。 そんな街に僕は土曜日に到着してしまい、そして月曜日から3日はかかると言われているガーナビザをここで取得しなくてはいけなかった。 それさえなければ、旅行者にとっては、きっと素通りしてしまう街ではあるのだ。 さあ、どうする?



 ワガは人口130万人を越える街とされている。 それは、ダカールの200万人よりは少なく、あのバマコでさえ100万人くらいなのだから、驚く事限りなしだ。 しかし、実際街に出てみると、その数字が本当にあっているのかどうかは疑わしい。

 街は他の何処の街よりも整然とした造りにはなっている。 他の国の都市でも、それ相応に街の区画整備はされているが、向こうとは違い、こちらは路上での販売が少ないし、屋台も少ないし、また人や物の数も少ないと思う。 だからこそ、街がどこかすっきりとした面持ちをしているように見えるのだ。 それは、まるで錯覚のようでもあるが、そのカラクリを確かめると、やはりワガのほうが街としての規模は小さいように思えてならなかった。



a0086274_18401386.jpg 街に出て他にすぐに気が付く事は、建物の外観だろう。 「 何処にそんな余裕とアイデアがあるのか? 」というのが率直な意見で、たとえそれが僕の中にあろう「 アフリカに対する偏見 」だろうと、実際にそう思ったのだった。 それ程、街の随所で見られる建物の外観は凝っていて、中にはかなりのハイセンスを伺わせているものもあった。 もちろん、もう何が何だか分からなくなってしまうほどヤケクソなのもあった。

 しかし、西アフリカ特有なのか、その外観を意識するというのは、人々の服装や髪型にもよく見受けられる事なので、それを考えると自然なのかもしれない。 ただ、もう一つ思う事は、「 それだけの財力がこの国にはあるのか? 」ということだった。

 アフリカの真ん中にあって、特に天然資源にも恵まれていないこの国が、一体どうやって建物そのものの機能とは関係のない外観になんかお金を使っているのだろうか? まあ、旧宗主国がフランスなことを考えれば、それも分からないでもないが、、、 これは、どちらかと言うと、物事の中身を重視する我が国とは違う点だと思う。 だからなのか?



a0086274_18403053.jpg 正直、暑くて散歩をする気にもなれなかったが、何日もそうしているわけにもいかない。 一緒にいた日本人のお陰で、仏語という世界で話されている言葉の中ではかなり難しいのをクリアー出来たので、それにすがるように街を歩いたりもした。 もちろん街自体が楽しいのなら、そんなことは気にせずとも良いのだが、何せワガの街はどこか ぱっ としないのである。

 

 それでも、街を歩いていると、やはり違う何かや、珍しい何かが目に入ってくる。

 特に印象に残っているのは、、、



a0086274_18404052.jpg 正直、やはり無いのだが、それでも特筆するなら、街角でみかけたペイントだろうか? 特に床屋さんのやつが面白くて、写真を撮らせてもらった。 もちろんお金を請求されるのだが、その辺は仏語を全く解らないフリをして、ニコニコして終わり。 何でもかんでもお金なのはこちらでも変わらないようだ。

 そして、ガーナ大使館のほうにある建物にあるペイントも面白かった。 何かのプロジェクトで描かれたのだろうか? 距離にして約500mくらいの壁に、様々なペイントが施してあって、そのどれもがなかなかユーモアと、チャームに富んでいた。 それに、色使いも巧く、見ていて何だか楽しい気分になる物が多かった。 さすがにここは公共の場とあって、誰もお金を請求しには来なかったが、、、



 街の中心部には大きなスーパーがあった。 それはとても珍しい事だ。 今まで、商店というものはたくさんあったが、スーパーという大規模なのはなかなか無かった。 別段、欲しいものは無いのだが、そういった文明が日常にある世界から来た人間にとって、行かない筈がなかった。

 売られている物と言えば、それは他の都市の大きなスーパーと何ら変わりはない、 ただ、ここがアフリカど真ん中の国にあるスーパーだと思うと、全ての品物がやけに高そうに見えてしまう。 察するに、アラブ人か誰かが経営をしているのだ。 店番をする役目の人は、皆アフリカ人でなく、そういったアラブ人の顔つきをしている人だったからだ。 中国人でないのが驚きだが、そうでなくて良かったとも思われる瞬間だ。 働いているアフリカ人も、どこかテキパキしているのが印象的だった。



 買い物客のほとんどは、西洋人であり、またお金持ちのアフリカ人だ。 その他はいない。 いるのは、お店で商品陳列係や、レジ係、それに警備の係のアフリカ人のみだ。 こんなスーパーの中でも、階級とは言わないが、経済格差というヤツがありありと見えてしまう。 まあ、特にアフリカではしょうがない話なのだが、、、

 何せ、「 made in africa 」なんてものは、この世にほとんど存在しておらず、こちらの人間は、左で買った物を、右に売っているだけなのだ。 それでは、大して富を産む事は出来ないのだ。 そうなると、やはり何かを造り出す人間、また国はどんどんお金持ちになっていくというこの世のカラクリが見えてくる、、、

 まあ、そんな事は考えてもキリが無いので、早速食べたいお菓子や飲みたいジュースを買う事にした。 そっちのほうが収益が上がり、よっぽど地元の人間にとっても良いからだ。 地元の人々に同情を示したところで、彼らの食いぶちには繋がらないのだから、、、 残念ながら、そういうものなのだ。



 ワガの街は暑かった。 特に日中は日差しがキツく、気温も上がる為に、いつも飲み物ばかりを飲んでいた。 300mlの炭酸飲料を一日に4本くらいは飲んでいた。 水も何かある度に、いや何もしていなくとも飲んでいた。

 日が沈んでも、気温はあまり下がることはなく、毎夜熱帯夜だった。 それに、蚊がとても多くて、ベッドに蚊帳があってもその蚊の飛び回る音で寝る事が出来なかったし、蚊帳に寄っかかった腕や足なんかは間違いなく刺されたりもしていた、、、

 そういう面では、ワガでの日々はつらかった、、、



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 ワガで良かったことと言えば、食事だ。 好き嫌いや、食わず嫌いがあるのにアフリカを旅している僕にとって、食事をとることは容易ではない。 人にそれを話せば、これまでもう何十カ国も旅をしているのが信じられない程、僕は食事の面でのワガママ、、、 というか苦手なモノは多い。 単に、変な物を食べたくないということもあるのだが。

 セネガルでは何とかしていたものの、マリに来てから食事は屋台で食べるようになった。 それも一緒にいる日本人の人に勧められての話だ。 何とも情けない話ではあるが、事実そうなのだ。 何せ、好き嫌い、食わず嫌い、その上お腹が強くはないのである。 全く困ったもんだ。 これに関しては、一緒に食事に行く人にも申し訳ないが、自分自身が一番頭に来る事でもある。



 食事は大抵80~100円くらいで一食分になる。 それが、屋台なら尚更安い。 約60~80円と言ったところだろうか? もちろん、あまりに安い物は避けてはいる。 探す時も、なるだけ客入りの多い所を探しては食べていた。

 何を食べているのかというと、まずはぶっかけ飯。 これは僕はあまり好きではない。 何せあまり好きではない魚をダシにして煮込んだトマトのスープを超大盛りのご飯にかけるのだ。 しかも、具は魚と玉ねぎのみが多い。 ちなみに、これはこの辺りでは超大衆食であり、ほとんどの地域で食べられる。 しかも、どこでも同じ味、、、

 それと似た様な料理で、同じ様にトマトベースのスープで炊いたご飯もある。 これはなかなか美味しくて、これの場合には肉と玉ねぎが具となっている。 辛いソースをかけて食べると、尚良し。 他には、トマトスパゲッティや少し酢の入ったサラダというのも、屋台やレストランで食べる事が出来るし、ケバブをサンドにした物もある。 そう言えば、どんぶり一杯くらいはあるヨーグルトもあって、あれはうまかった。

 まあ、ワガでは、それなりに選択肢があるので助かっていた。



 結局、ガーナビザが出来上がるまで、土曜日から数えて5泊もしてしまった。 日々、何をしていたかというと、そんなことばかりだ。 特に目立った「 収穫 」というものは無かったように思えるが、長旅というものは時としてそうなのだ。 ましてや、毎日「 観光、観光、観光っ!! 」などとやっていたらキリが無いし、そんな旅をしたいわけでもないし。 まあ、僕の考え方だが、、、

 しかし、不思議なもので、最初の頃は「 何もする事が無く、つまらない街 」と思っていたワガも、離れる時になると何だか愛着が湧いてしまって、去り難い気持ちになっていた。 日々、ただそこに居ただけだったのに、、、 もちろん屋台やレストランでの顔見知りが少しは出来たりはしていたものの、それ以上の関係はなかった。

 それなのに、そういう風に感じてしまうのは実に不思議だ。 まさかそんな風に思うようになる自分がいるということ自体、不思議でしょうがないくらい。

 それは同時に、また新しい街に行って、宿探しやら、食事の心配やらを、また一からやり直すことの面倒を知っているからなのかもしれないが、、、






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by hitoshi280477 | 2006-02-20 18:09 | Burkina Faso

Burkina Faso vol.3 「 エアコン完備なのだっ! 」

 持参したガイドブック推薦のバス会社に、時間や料金を下調べに行った。 ターミナルまでは、歩いて少しの距離だった。 街の交差点の間の前にあり、確かに便の良い所にあることを考えれば、それはそれで良かったのかもしれん。 しかし、バスそのものは、何とも言えないくらいのボロいバスだった。 そんなバスに一度乗車してしまったら、きっと道中ずっと壊れないことを願っていた事だろう、、、

 そんなことを、僕はエアコンの効いた、乗り心地の良いバスの中で思い出していた。

 結局、あのバス会社は使わず、たまたま見つけた他のバス会社のバスに乗る事にしたのだった、、、





 大通りを歩いていると、大きな建物の壁に、どうやらバス会社のような、運送会社のような宣伝がしてあった。 なんとなく、頭に ピンッ と来たので、そこのターミナルに入っていった。 入り口には警備員がいて、そこは大きな倉庫のようなターミナルような感じになっていた。 その内部を見ると、そこにバスはなかったものの、たくさんの荷物、特に段ボールものがあったが、その荷物の中にはショーケースやたくさんのバイクもあった。 さらに、ターミナルには独自食事スペースまであった。 ちなみに、ピザも食べれるようだった、、、

 窓口にて連れ合いの日本人が尋ねると、なんと先程のバス会社と同じ料金なのだ。 しかも、全車エアコン完備というから、信じられない。 その話を聞いた時には、僕は拳を ぐっ と握っていた、、、





 乗車してみると、それは何とも綺麗なバスではあった。 まず間違いなく今までのブラック・アフリカの中では一番の乗り心地だ。 片側に2席、反対側に3席と少し狭いものの、これだけ大きいバスが満員になることはなく、、、 というか、他の乗り合いのように、満席になるまで待つ必要はないのだっ!!

 バスは道中快適に進んだ。

 道路はそこそこ整備されていて、所々道路の端の部分が壊れてしまっている為に、減速して進んだが、それでも問題はなかった。 あまりに快適過ぎて連れの日本人の人と、「 ここはアフリカなんですか? 」とそんなことを言ったり、「 いや~、アフリカにいることを忘れてましたよっ 」などと話ていた。



 あまりに快適過ぎて、ついうたた寝をしたりしてしまった。 そんなことは今までなかったのだっ! 「 もう体力の限界です 」と誰かの引退宣言のような言葉が、体の内部から伝わってきて、それでやっと少し寝る事が出来るのが本当の所なのに、このバスではそれが、「 あまりに快適過ぎて、、、 」なのだっ!!

 かくして、何の問題も無いまま、バスは首都であるワガドゥーグゥーに到着した。 そして、びっくり。 体が疲れていないのだ! 今まで、どんな短距離でも体が疲れていない事なんてなかったのに、バスで5時間程移動したのにも関わらず、僕は全く疲れていなかった。 エアコン付きのバスの移動がそんなにも違いを産むとは、驚きだ。



 「 次は、一体いつ乗れるのだろうか? 」などと、へたれ旅行者である僕は思ってしまうのだった。 何故なら、もう移動には飽き飽きなのだから、、、






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by hitoshi280477 | 2006-02-19 18:07 | Burkina Faso

Burkina Faso vol.2 「 ボボ・デュラッソの見所 」

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 「 エッ もしかして、これ? 」

 、、、と、そう思うのは、よくあることと言えば、よくあることではあった。 勝手に期待しといてそんなことを言ってはいけないのは百も承知だが、やはりそう口にしてしまう時もあるのだ、、、 それはしょうがないだろう?

 ボボ・デュラッソには、有名な「 グランモスク 」がある。 それは、一応、ジェンネやトンブクトゥにあるスーダン様式で建てれたモスクではある。 もちろん、ずっと昔にサハラを交易路として使用していた頃の話だ。 だから、どこにでもあるモスクというよりは、「 ジェンネやトンブクトゥのような、、、 」などという特別な形容詞がついてしまうモノなのだ。



 「 いや~、もっと大きいものを想像していましたよ 」と、一緒にいた日本人旅行者に声をかけた。 どうやら彼も同意見のようではある。 しかも、僕はあの背の高い部分は、何故か三本あるものばかりと思っていたのだから、尚更不服がっていた。 勝手に期待しといてそれはないのだが、ただもっとすごいものを想像していたというのは、心の底から本当だ。

 ジェンネのグランモスクと確かに似て非なる外観はあるものの、やはり少しインパクトにかけるというか、それ以上に荘厳さに欠けていた。 なんだか、パッ と見てみて、感じる事は威厳がなく、、、



 僕はそういった宗教関連の建物を見る時に、不思議と感じる事があった。 それは、その建物が「 生きているかどうか 」ということだった。 そんなことをどうやって感じるのかというと、それはそこで感じる自分の直感も然ることながら、何よりもその建物が人々によって生かされているかということなのだろう。

 人々に敬われ、心の拠り所として信じられ、そして人々に何かを授けているような建物であれば、僕はいつもそこに何かを感じてはいたのだった。 よくよく考えれば、それは極自然なことと思われる。 人無くして、宗教は存在しないし。 人無くして、そういった建物は存在しないのだ。 それを思えば、僕の持っている宗教関連の建物に対する観念は間違っていないと思っている。





 しかし、ここではやはり何かに欠けていた。 始めのうちは、このモスクを見て、「 ああっ、何だ、、、 」と思っていたのは正直な気持ちだ。 しかし、辺りを歩きながら、しばし考えてみると、やはりこのモスクには何かが欠けているような気がしてならなかった。 それはまるで、気の抜けた炭酸飲料のような、カフェインのないコーヒーのような、、、 また、信念のない人のような気がした。

 辺りを見回すと、すぐ目の前に屋根だけがある集会所があった。 人々はそこにコザを敷いたりして、思い思いに過ごしている。 「 思い思いに、、、 」といっても、その大半はそこでゴロ寝を決め込んでいるだけなのである。 そう、何もしていないだけなのだ。 きっと時間がくれば、そこでいつものお祈りをするのだろうが、それ以上は何をする為にここにいるのか分からなかった。 もちろん、イスラム教徒にとってモスクが重要なのは、僕の様な生半んかな仏教徒にとってのお寺とは違い、百も承知なのだが、、、





 「 さて、どうしてよいものやら? 」

 自分の中で、消化不良をおかしているこの中途半端な気持ち、、、 



 とりあえず辺りをしばし歩いていると、近くにいた青年から声がかかってきた。 何か手にチケットのようなモノを持っている。 どうやら入場料なり、拝観料なりを請求しているようだ。

 「 お金がいるのか? 」 そんな馬鹿な話はない。 ただ外から見ているだけなのに、何故お金を払う必要があるのか? そう突っ込むと、彼はすぐに切り返してきて、「 中に入れるから、、、 」と言ってきた。

 冗談ではない。

 僕はいくらそれが可能だとしても、面白半分で、しかもお金を払えば入れてもらえるような宗教関連の建物には興味がないのだ。 しかも、今回はモスクなのだ。 イスラム教に対して、僕は多少なりは理解しているつもりだし、尊重をしているつもりだ。 それは、今まで出会った親切なイスラム教徒に対しての感謝の気持ちから来ているものだ。



 なのに、ここでは「 お金を払えば、中を見せてくれる? 」

 何たることだ。 彼が本当にイスラム教徒なのか、何なのかは知らないが、そんなことでどうする? 彼は宗教を売り物にしているのか? そんなことが許される宗教ではないと思うのだが? しかも、わざわざ自分で入場券を売り歩いているところが怪しい、、、



 とりあえず何だか腑に落ちないので、その話には取り合わなかった。

 しかし、気になっていたのは、そのお金と、それと引き換えにもらえる領収書だ。 彼曰く、お金を払えば、その領収書をくれるそうだが、、、 問題はそのお金の使い道だ。 もし仮に、お金を払ったとして、一体そのお金はどこに消えてしまうのか? 彼のポケットに入るのか?

 その辺の話がどうなのか、突っ込んで聞いてみると、彼は言った。



 「 モスクの修繕や、電気代、水道代に使われるんだっ 」



 なんて馬鹿げた話なのだろうか? 自分たちの宗教の中で、相当な重要性を占めるモスクの維持費を、通りすがりの一外国人観光客に要求しているのである。 信じられない。 信念も、プライドも、恥もないのだろうか? 一体、僕がどうしてそんなことにお金を使わなくてはならないのか?

 勘違いしてもらっては困る。 僕の持っているお金は、僕が一生懸命働いて、しかもそのほとんどを使わずに、長い間かけて貯めてきたものなのである。 その辺で、何もせずにゴロ寝をしていたり、外国人からお金を巻き上げて貯めたものではないのだ。 そんなに大事なお金を、どうして僕と全く関係のない事柄に使わなくてはならないのか?

 少しは考えて欲しいものだ。

 もちろん、彼らにそんな考えはない。 しかし、残念ながら、僕の考えの中にも、「 求めよ、さらば与えられん 」などという甘い考えは微塵もないのだ。 少しは自分たちで考えて、努力をして欲しいものだ。





 そんなやり取りをしばらくした後で、気が付いた。 「 だからなのだろう、、、 」と。

 僕の今まで見てきた宗教関連の建物の中で、その教徒たちだけでちゃんと賄われている所はとても輝いて見えた。 それは、もちろん外観だけの話ではなく、やはりそこに人々の「 思い 」が宿っているからなのだろうと思う。

 それら、「 生きている 」ものに比べると、ここのモスクが、残念ながら、霞んで見えてしまうのはしょうがないことなのかもしれない。 それは、その当事者の間の話なので、いくら僕がお金を積んだ所でしょうがない話だ。 というか、それ自体どうしようもない話だ。





 常日頃、「 人そのものは顔とその目に表われる 」と思っていたが、それと関連した様なことをここで学んだ気がする。 上っ面だけでは、物事は完成しないのだ。 その中に何かがあってこそ、それは本来以上に輝くのだと思った。

 人々が、いつかそういうことに気が付いて、自分たちの手で何とかして欲しいものではある。 僕は、見捨てているわけではなく、人々に期待しているのだ。 ただ、それだけなのだ、、、






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by hitoshi280477 | 2006-02-18 18:05 | Burkina Faso

Burkina Faso vol.1 「 トランジット・ビザを入手す 」

 ブルキナ・ファソに入国するのには、他のアフリカのほとんどの国がそうなように、やはりビザが必要なのだ。 マリから入国する僕にとって、ブルキナ・ファソのビザは首都であるバマコで取得する予定であった。 あのとんでもない程高い visa fee を目にするまでは、、、

 ガイドブックに書いてあるように、僕はバマコの街の北西にあるブルキナ・ファソの大使館を目指した。 まだバマコの街歩きも全くしていないことから、遠くは思えたが、とりあえず歩いて行ってみることにした。 散歩がてらに行ったつもりだったが、その距離は決して短くはなく、汗をあきながら歩いていた。

 しかし、道に迷い、人に尋ね、やっと辿り着いた大使館は、正確に言うと「 大使館跡 」になっていた。 そんなことは知る由もなく、わざわざ歩いて来たかいもなく、、、 しかし、がっかりしている暇はなかった。 なるだけ無駄な時間を作りたくはないので、その辺にいるタクシーを交渉して、結局、宿を挟んでバマコの街の反対側にあるブルキナ・ファソ大使館へと向うことになった。





 到着したブルキナ・ファソ大使館は、驚く程新しくて、立派な建物だった。 建物一軒まるまるブルキナ・ファソ大使館なのだ。 驚かない筈がない。 古い民家とか、ビルの一室を想像していたので面食らったが、とにもかくにも大事な用事を済ませるべく建物の中に入った。

 入ってすぐにあったのは、大使館へ入館するのに、ノートに氏名や用件などを記入しなくてはならない。 明らかな愛想笑いで事を済ませていたのだが、その受付の脇にある張り紙を見て、また驚いた。 なんと一年前にビザの取得費用が値上がり、$30くらいだと思っていたビザ代は、約2倍の28200CFA(=約6000円)もするのだっ!

 手はまだノートを記入する為のペンを握ったままで、口は ポカンッ と空いたままで、頭はその事実を受け止めきれないでいた。 が~んっ ショック、、、





 驚くも何も、ブルキナ・ファソと言えば、外国人旅行者にとっては見所のない国として評判の悪い国だ。 ただ、その隣の一大観光立国であるマリから、僕のように流れてくる外国人旅行者が少しいるだけの国なのだ。 何故なら、その先にこれまた魅力的な国、ガーナが控えているからなのだ。

 そんな程度の評判の国だけに、もちろんあまり長居しない予定でいたのだ。 なのに、僅かな短い滞在日数の中で、何故必要以上の日数をもらう為に、必要以上のお金をかけなくてはならないのか?

 ハッキリ言って腑に落ちなかったが、とにもかくにもビザの申請カウンターで再度確認してみるべく、結局は大使館の中に入った。 すると、そこから現れた日本人旅行者が、実はマリとの国境でトランジット・ビザがもらえそうなことを教えてくれた。

 そうなると、もう国境で勝負に出るしかないと思った。

 トランジット・ビザなので、滞在日数はもちろん短くなるが、それで上等なので、何せ間違いなく安くつくのだから。 その人にもらった情報は、少し頼りないものだったが、頭の中ではもう決めていた。

 それ以来、「きっと、大丈夫だろう 」という希望的観測のまま、僕はマリの旅行をし、そして今日、こうしてブルキナ・ファソの国境に来て、今こうして係員の前に座っているのだった、、、





 「 ビザは無いのか? 」

 見た目は無口で怖そうな係員は、僕にまずそう聞いてきた。 もちろんないのだ。 何も隠すことはなく、ここでビザを取らしてもらおうと思って来ているのだから。 もし、仮に、この国境でビザを取得出来なかった時のケースとして考えられるのは、もう一つ近くにある国境で試みてみることだった。

 もしそれが駄目なら、単純にバマコへと戻らなくてはならなかった。 そうすると、それは大変な労力だ。 そんな面倒は正直ごめんで、何よりも、気が滅入ってしまう。  なので、何がなんでも、、、 少しゴリ押しでもここでビザを発給してもらうつもりでいた。 ここ西アフリカでいくつかの国境を越えてきた今、少し強気になっている自分が後押ししていた、、、

 しかし、、、 僕の心配を他所に、係員は パッ とビザの申請用紙を出してくれた。 それは、ここでのトランジット・ビザ取得可能のサインだった。





 仏語で書かれた申請書はやけに面倒で、不可解な部分が多く、一緒にいた仏語の堪能な日本人旅行者と係員に手伝ってもらいながら記入していった。 日本人の人が親切なのはもちろんだったが、その係員もアフリカ人の役人にしてはかなり珍しく親切だった。 ほとんどの質問が分からない僕に、怒る事なく、呆れる事なく、最後まで付き合ってくれた。 まだ西アフリカに来て日は浅いが、そんな役人は見たことがなかった。

 一応一通りの事柄を記入し終わって、提出すると、今度は何を言い出すのかと思えば、「 君の2は汚くて読めない 」と言う。 そして、「 2はこう書くのだっ こうっ 」と、 グググッ と力を込めた力説をしている。 ハッキリ言ってそんなことはどうでも良かったので、機嫌を損ねないように愛想笑いをしておいた、、、





 正直、実は何かあるんじゃないのかと思って、いつ「 餌(賄賂)をよこせっ 」と言われるか心配になっていた。 心配した所で、彼らは小額しか請求してこないので、こちらとしてはどうにでもなるとは思っていた。 しかし、彼は「 10000CFA(=約2000円) 」とだけ、しかも ボソッ と言った、、、

 なんっと、正規料金なのであるっ!

 驚く事はまだ続いた。 なんとその領収書をくれるというのであるっ! なんとクリーンな国境なのか!? 酷い所では、本当にいくらかかっているのかさえ知る事が出来ないというのに、こちらは領収書までくれるというではないかっ!? なんでも、その領収書があれば、もし滞在を延長したくなった場合には、その領収書が必要になるからだそうだ。 なんとまともなシステムなのだ、、、 感心。

 そして、長期旅行者の定番である「 ここに押してくれっ! 」という、ささやかな願いも快くい引き受けてくれた。 何たることだ。 ここは本当にアフリカのイミグレなのか? そう疑ってしまったしょうがなかった。



 何にせよ、あの時バマコでビザを取得しなかったお陰で、こちらは18200CFA(=約4000円)も節約出来たのだから、言う事は無い。 しかも、こんなにスムーズに作業も終わったのだ。

 まだ、 ブルキナ・ファソに入国したばかりだというのに、「 この国は期待出来るかも? 」などと思ってしまうのだった。


 西アフリカの国境にて、感動のサービスを受ける、、、 って、通常通りの作業なんだけどね。






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by hitoshi280477 | 2006-02-17 18:03 | Burkina Faso