カテゴリ:Benin( 7 )

Benin 「 ベニン@西アフリカ COMING SOON! 」


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by hitoshi280477 | 2007-11-07 07:59 | Benin

Benin vol.6 「 太陽+月=日蝕・皆既日食 」

 体が震えているのを感じた。


 そんな経験は今まで記憶にない。


 一生に一度あるか無いかのこと。





 この世の奇跡を目の当たりにした瞬間だった、、、



 ここに来るずっと前に、他の旅友に話は聞いていた。 今回のは、ブラジルの最西端ともいえる街、フォルタレーザから始まって、大西洋を渡り、西アフリカ、エジプト、トルコ、、、 と進路を東北に、柔らかな弧を描くかのようにしていくそうだ。

 その時期に、たまたま近くの場所にいたことから、一緒にいた旅友と話が少しずつ盛り上がり、最終的に見に行く事にしたのだった。 しかも、街角で見つけた観測用の特別な眼鏡を作る会社のHPにアクセスして、具体的に何時何処にいれば良いのかまだ下調べをしたりもしたのだった。

 結果、 「 SAVE サヴェ 」という土地なら、ここベニンでは100%の形で観測出来るとのことだった。 ただ、そんな名前の土地は知らなかったので地図で調べてみると、細長いベニンの南北を唯一繋いでいる幹線道路沿いにあるということで、「 そこに行こうっ! 」と即決だった。



 サヴェという名の街は、その幹線道路沿いにあるというだけの街だ。 いや、村? とにかく、小さいその街は、取り立てて見所もなく、至ってごく普通の街だった。 何かあるとしたら、周辺に大きな岩山が幾つかゴロゴロしているだけだ。 通り沿いには屋台が何件かあるというのが、胃袋にとっては好都合だったが、、、





 翌朝。 ワクワクしながら部屋のバルコニーから外に出てみると、、、 そこにはどんよりとした雲に覆われた空があった。 明らかに曇っている。 しかも、雲の厚さもなかなかのもので、その合間からたまに空が見える程度だった。 コンディションとしてはかなり悪かった。

 ただ、その雲を見ていると、どうやら上空ではそれなりに風が吹いているらしく、雲の流れが早い事には少しの希望が繋がった。 わざわざ日にちを合わせて、場所まで合わせてやってきたのだから、是が非でも見たいのだ。 どこか腐る部分もあったが、その雲の流れの速いことに期待するしかなかった、、、

 さて、街の何処で見ようかと検討していたが、直前になって旅友とその場に居合わせたフランス人たちに付いて行く事にした。 なんでも、彼らも下調べをしており、良いポイントを知っているそうだ。 少し迷ってはいたが、便乗させてもらう事にした。 なにせ、彼らもわざわざ観測の為にここまで来てるくらいなのだから、、、


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 見上げてみると、宿を出てからここに辿り着くまでの十数分の間で、その姿は間違いなく変化していて、それ らしくなってきていることに気が付いた。 先程までは、まだそれとなかった形をしていたのだが、今ではしっかりとそれ らしくなってきていた。 少しずつだが着実に進行するその様子が、これが自然現象なのだということを強く認識させてくれた。

 連れて行ってもらった観測ポイントは、大きな岩山の上だ。 自分たち以外に人気はない。 その岩山は辺りを見回すは充分なほどの高さがあったことから、同時に街の様子まで眺める事が出来るとあって、この街ではかなりの好ポイントだった。





 空を見上げていた。 雲の多い空だった。 しかし、ぶ厚い、、、



 時折、日が差したりすることで、そのぶ厚い雲にも切れ目があるということを証明してくれて、それが観測者である僕らの希望を繋いでいてくれた。 ただ、それを第三者的立場から見ると、状況は芳しくなかった。 なによりも天候が悪過ぎる、、、 しかし、ただ待つしか出来ないのだ。



 下調べで知ったのは、始まってから完全になるまでが約1時間くらい。 そして、元に戻るまでが約1時間くらい。 そして、その完全な形になっている時間が約3分。 これは下調べした結果分かったことだったが、ただ観測するといっても、場所によってどれだけ完全な形で見れるとか、それがどのくらいの時間見れるのか、、、 などと、そういったことを考える必要があるということ。 なので、その下調べによって、分かっているようで分かっていなかった部分が鮮明になり、また学ぶ事が出来た。

 それにしても、やはり世界的なイベントだけに、そういったHPも充実していることに驚いた。 もちろんメディアも動いていて、テレビやラジオでも報道をしていた。 地元の人の間でも、知らない人はあんまりいない感じだった。 中には、かなり楽しみにしている人もいて、旅友が買ったのと同じ観測専用のサングラスをかけてバイクに乗っている人もいるくらいだった。





 それまではなんとも恨めしい天候ではあったが、それでもまだ時折見えるので助かった。 それに、よくよく考えてみると、その変わりゆく様をずっと見続けているのは目にも悪だろうし、疲れるだろうし、それに変化している様子があんまり分からないような気もする。 しばらくしてからの方が、その違いに気が付き易いというものだと思う。

 太陽の面積が小さくなっていく様子が分かる。 と、それと同時に辺りがだんだんと暗くなっていく。 流れ行く薄暗い雲の隙間から、たまに顔を出す月と太陽。 その姿は、まるで他の世界からのお告げを賜るような、、、 なんとも表現し難い光景だった。





 はっ と気が付いた。 辺りを見回すと、まるでもう日が沈んだかのように真っ暗になっていた。 ほんのついさっきまで薄暗い印象だったのに、それがあっと言う間に、、、



 加速度的に進む闇の世界の支配。



 こんな光景を見るのも初めてだし、こんな状況にいるのも初めてだった。 昔、何かで読んだことがある、「 初めてのことをどう言葉にすればよいのか? 」 それこそが、その場に相応しい言葉だったと、後で思った。


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 震えていた、、、 体が。 心が。





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 その姿は正に「 日を食す 」と表現するのに相応しいものだった。

 いや、よく表現したものだ。

 まさかこんな超常現象を目にする機会に恵まれるとは、、、


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by hitoshi280477 | 2006-03-23 07:39 | Benin

Benin vol.5 「 たけし小学校 」


 「 えっ、そんなのがあるんですか? 」

 その話を聞いた時は、そんな言葉がつい口からそう出てしまった。 もっとも、もっと以前にそんな話を聞いたことがある気がしていた。 まあ、無くは無い話ではあるから、半ば半信半疑で捉えてはいたのだが、コトヌーからそう遠くないベニン中部の村に存在するとのことなので、、、 行くことにした。

 まずは「 Parakou パラコー 」という街まで行き、そこからその近郊にある村まで行くことになるそうだ。 そこに、その人が建てた小学校があるという。 コトヌーからは、乗り合いタクシーに乗る事約、、、時間。 そして、そこから村まではバイタクで約30分の距離だということだ。


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 村の真ん中に道路が走っている、、、 というよりは、村がその唯一の道路に沿うように存在しているというのが正直な感想だった。

 空気が乾燥しているし、道路もアスファルトなんかで出来ているわけではないので、砂で出来たその道に、バイクのタイヤがとられてしまって走るのに苦戦してしまう。 幾らか茂みやら、灌木やらがあるのだが、それらも背の低い部分には、砂が被っているほど埃っぽかった。 なので、対向車なんぞが来てしまえば、その状況は惨たるものだった、、、

 そんな道を走っていると、すぐにその看板に気が付いた。 というか、気が付かない方がおかしいと思う程、その看板は目立っていた。 それまでの土の色と木々の緑しかなかった道に、そんな看板が建っているのだからっ!



 ギゴチない日本語とどこか愛らしいイラストのある看板は、彼がこの小学校に何らかしら関係しているということを、顕著に表していた。 その看板には、「 たけし小学校 」と記してあった、、、





 ゾマホン。

 日本の民放番組に登場し、一躍人気者になり、自筆の本まで出版してしまう程、異国の地である日本で成り上がったベニン人だ。 そして、このたけし小学校、彼の寄付金で作られたという。

 詳しいことは知らないが、北野たけし氏の名前を付けている事からも察する事が出来る様に、ゾマホン氏の北野氏に対する恩義のようなモノが感じられた。

 いや、実際はなんとなくそうしたのかもしれないが、、、


a0086274_2018450.jpg マンゴーの生い茂る木がある広い校庭の傍らに、少し立派に見える建物がその校舎だ。 普段見慣れている校舎とは違い、あるのは地上階のみの平屋の建物。 あまり飾りっ気のない建物ではあるが、そこいらにある家屋や小屋とは違い、それなりの造りにはなっているようだった。

 広い校庭にはまだ誰もいなかった。 遠慮して少し遠目から校舎を眺めていると、まだ授業中だということは確認出来た。 ガラス窓はなく、あるのは格子状の柵の窓枠のみ。

 その隙間から見えたのは、授業風景。 その授業風景を見ては、なんだか懐かしい気持ちになる。 彼らの授業が終わるのを待っては、なんだかワクワクする気持ちになっていた。



 一人の男の子が校舎から出て来て、木にぶら下がっているタイヤのホイールを棒で叩き始めた。

 甲高い音を鳴らし始めると、教室の中から子供たちがワラワラと出て来た。 その数、200人以上?

 子供たちの多いことにも驚いたが、その後の行動にも驚いた。 なんと給食の時間なのであるっ! 給食とはいえ、もちろんそんなのを学校側が準備出来る筈がなく、校庭の真ん中にある大きな木の下で準備していたおっかさんたちが、子供たちにどんどんご飯を配っていた。

 

 その給食は学校側によって用意されているのかどうかは把握出来なかったが、そこにいた子供たちのほとんど全員が何かしらを口にしていた様子から、きっと学校給食なのだろう。 持参したお皿やなんかに、おっかさんが持って来たご飯とマカロニの混ぜたモノを入れてもらい、暑くて埃っぽい校庭のど真ん中で食べていた。



 もちろん、彼らがこちらの存在に気が付かないわけがなく、腹ごしらえを終えた子供から順番にこちらを見ては興味津々な眼差しを向けていた。 ただ、先生に何かを言われているのか、まだそこには一線が引かれているのが分かった。

 もっと友好的で、もっとこちらにちょっかいでも出して来るかと思っていたのに、その場のその状況は検討外れのものであり、期待はずれでもあった、、、

 それを打開したのは、一緒にいた旅友だった。



 わざと奇怪な唸り声を出して脅かしたり、友好的に近付いては、子供たちを追いかけ回したり、掴んだり、振り回したりしていた。 そんなことをするもんだから、子供たちはその旅友の一挙手一投足に注目していた。 旅友が少し動けば、皆が ギャアギャア と騒ぎ。 旅友と目が合えば、後ずさりしていた。 その様子を遠目で見ては、笑っていた。

 中には、「 自分は勇気があるんだっ 」というのを皆の前で見せたいが為に、旅友に挑戦する男の子もいたが、彼はやはり捕まり、振り回されて、しかもプロレスの技をいくつかかけられ、、、 最後には泣き出してしまった。



 「 泣かしちゃだめですよ、、、 」



 旅友も反省の色を示し、子供に謝るも、まだ7~8歳の男の子。 泣くばかりでどうもならない。 旅友も彼の先生に謝ったりと、、、 これが日本だったら、学校に不法侵入したばかりでなく、幼児虐待などと一大問題に鳴りかねないが、ここはアフリカ、そんなことにはなるわけはないのである。 もちろん、なる筈がないのだ。


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 落ち着いた所で、この小学校の校長先生に会う事が出来た。

 校長先生は気さくな方で、わざわざ教室を一つずつ連れて見せてくれた。

 その辺はキチッとした指導が行き届いているらしく、校長先生が教室に顔を出すと、皆が声を揃えて校長先生に挨拶をしていた。 その様子がまた可愛らしいこと、、、 また子供たちがこちらを見る目は、何だかキラキラとしていたような気がした。



 教室には電気もなかったが、何故か黒板の上には北野氏のイラストが、、、

 「 それじゃ、まるで神様じゃないかっ! 」と、突っ込みたくなるような扱いだ。

 こうやって人は祀り上げられていくのだろうか?



 アフリカではありそうな話だが、まあ、子供はそんなこと何もわかっちゃいないだろうが。 、、、だから、余計に危ないのかも?



 校長先生によると、この小学校には二棟の校舎があり、その新しい方がゾマホン氏による寄贈だということだ。 確かに、「 何処何処の誰々によって寄贈されました 」というのも建物に記してあり、そこにはやはり北野氏の名前もしっかりと記されていた。 どうやら、北野氏には並々ならぬ感謝の念を抱いているようだ。

 では、何故ゾマホン氏がこの村にこの建物を寄贈したのかというと、ここが彼の故郷なのだそうだ。 確かに、周りの人もそう言っている。 日本で一花咲かせて、故郷にそういう形で錦を飾るとは、なかなか粋なことを、、、 男ですな。

 ただ、それと、これと北野氏がどういう関係なのか、、、 ?



 どうしようか迷ってはいたが、一応挨拶をしておこうと思い、そんな大義名分で氏の家に行くことにした。 周りの人に尋ねると、氏の家はすぐそこなのだそうだ。 氏の家に行きたい旨を告げると、年上の人が年下の男の子を案内役に立ててくれた。 年上に言われると従わなくてはならないのか、彼は面倒くさがる様子もなく、すぐに僕らを村の奥へと案内してくた。

 村はどこにでもある普通の感じだった。 大地の土の上に、土壁の家。 小さな庭を作るような感じで家が建てられている。 そこが庶民の憩いの場ならぬ、井戸端会議の場ならぬ、、、 歩いていると、もちろん誰もが振り返る。 やはり肌の違いのせいで注目されてしまう。 それに、外国人なんかがこんな所にくることもないのだろう。 好奇の眼差しを感じた。



 小さな子供たちが追いかけて来た。 なんとか適当に相手をしてやると、とても大はしゃぎで付いて来た。 元々、アフリカの子供たちは人懐っこいが、それが田舎の子供にも同じことが言えて、最初のほんの少しだけ躊躇いがあるものの、その後はもう大変だ。

 何処までもずっとついて来たり、手を繋いで欲しがってくる。 うまい具合に相手をしてやると、子供たちの素敵な笑顔の中に、キラキラと光る眼と止めどなく流れ出る鼻水が、、、 善くも悪くも、アフリカの子供たちとの出会いはいつもある。


a0086274_20192818.jpg 氏は村にはいなかった。 聞くと、今は日本にいるそうだった。

 代わりに家族の人に挨拶だけしようと思っていたら、氏の母に会う事が出来た。

 日本からの突然の訪問客ということで、母を驚かせてはしまったが、特に問題はなかったようだったので助かった。 恐れていたのは、もしかしたら既にたくさんの日本人が彼の家を尋ねようとしていて、何かしらの迷惑になっているかもしれないという懸念が頭の中にあったからだった。



 連れて来てもらった少年が通訳として間に入ってくれ、少しだけ話をした。 氏の家族を紹介してくれたが、誰が誰だか分からなかったというのが本音だった。 見分けもしつかないし、家族といっても、親戚も家族扱い、下手したら近所の人まで家族なのだし。



 話が長くなっても迷惑だと思い、とりあえず挨拶だけ済ませて家を後にすることにした。 突然訪問したにも関わらず、笑顔で挨拶してくれた母に感謝した。 興味本位といえばそうなのだが、そうであっても挨拶だけでも出来て良かったと思う。 それで、氏の母が氏のことを更に誇り思ってくれればそれで良いと思い。

 人として感心したのは、氏の家よりも、小学校のほうに力を入れていることだった。 それが村で育った者の、村に対する気持ちなのだろうと思う。 アフリカでは、人々は皆家族のようである。 それを違った形で再認識させられた気がする今回のたけし小学校訪問だった、、、

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by hitoshi280477 | 2006-03-20 07:36 | Benin

Benin vol.4 「 ダホメー王朝 」

ダホメー王朝


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by hitoshi280477 | 2006-03-19 07:34 | Benin

Benin vol.3 「 黒人奴隷とブードゥー教 」




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by hitoshi280477 | 2006-03-18 07:34 | Benin

Benin vol.2 「 水上集落 ガンビエ 」

ガンビエ
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by hitoshi280477 | 2006-03-17 07:33 | Benin

Benin vol.1 「 実質的首都 コトヌー 」

実質的首都 コトヌー


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by hitoshi280477 | 2006-03-16 07:32 | Benin