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Australia 「 オーストラリア@オセアニア 」

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未知との遭遇、、、 @オーストラリア大陸

Australia オーストラリア@オセアニア

2005年9月の旅話。

Australia vol.1 「 the Cosmopolis - Sydney 」
Australia vol.2 「 Staying @ ☆☆☆☆ Youth Hostel  」
Australia vol.3 「 the Blue Mountains  」
Australia vol.4 「 the Metropolis - Melbourne  」
Australia vol.5 「 Day Tour - the Penguin Parade 」
Australia vol.6 「 Day Tour - the Great Ocean Road  」

Australia vol.7 「 1/2 Day Tour - Swim w/ Dolphins  」
Australia vol.8 「 the Red Centre  」
Australia vol.9 「 Aboriginal Sanctuary - Uluru  」
Australia vol.10 「 Aborigine - Tjapukai  」
Australia vol.11 「 Great Barrier Reef 」
Australia vol.12 「 Easy Aussie !!  」



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by hitoshi280477 | 2007-11-30 09:16 | Australia

Australia vol.12 「 Easy Aussie !!  」

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 世界がまだ北の大陸「 ローラシア 」と、南の大陸「 ゴンドワナ 」しかなかった時代。

 そんな遥か昔の、今から4500万年前頃にゴンドワナからいち早く分離・孤立していったのがオーストラリア大陸だ。

 他の大陸と言えば、今より約1万5000年前までアフリカ大陸から、南米大陸の最南端まで歩くことが出来たというのに、、、



 その大陸の大きさと言えば、日本の国土の約21倍という大きさになる。

 大陸の南北は約3700Km、東西は約4000Kmに及ぶ。

 4000Kmと言えば、それは地球を一周する赤道の約1/10ということになる。

 それほどこの大陸は大きいのだ。



 オーストラリア大陸の世界は他の世界とはちょっと違う。 特にその土壌だ。 他の大陸が火山の活動や氷河の活動を通して肥沃な土壌を形成してきたのに対して、この大陸の土壌は今から3億5000年前にはアンデス山脈ほどの高さはあった土地が、雨と風による浸食を繰り返していき、気の遠くなるような時を経て今のような土壌が出来上がったとされている。

 もちろんそんな土地に生存する動植物は一風変わっている。 それぞれが、それぞれの独自の進化を遂げ、一億数千年続く森の中に生息したり、1800万年前から形成され始めたとされるグレート・バリア・リーフなどに生息したり、はたまた極度に乾燥した大陸中央部に生息している、、、 その数は数千数万といったところか? きっと未だ未確認の動植物もいることだろう。 それほどこの大陸の動植物は種類に富んでいるのだ。



 オーストラリア連邦。 今でこそ人口2000万人を抱え、世界でもその大陸の大きさと同じように存在を強めているが、実はこの国の歴史はまだ200年そこそこだ。 1788年、当時の英国に大量に存在していた泥棒たちに、売春婦たちがその当時の方針から「 流刑 」という形でシドニー港に送られてきたのがオーストラリアの国の歴史の始まりということになる。 その時の人口は男548人、女188人に、兵士たち、それと未確認のアボリジニーの人々だったということだ。

 19世紀半ば、ブルーマウンテンより西で「 金 」が発見されたことから、この大陸には更に人々が流れ込んで来ることになる。 金発見のニュースは、世界中で有名な話になり、一攫千金を狙った人々がどんどんと海を渡って大陸に足を踏み入れた。 その時の様子は正に「 Gold Rush 」だったそうだ、、、

 以来、オーストラリアの人口は増え続け、それに従って様々な問題も生じてきた。 特に、移民問題だ。 当時、英国人はもちろんのこと、アメリカ、イタリア、ドイツ、アイルランド、ギリシャなどからもどんどんと移民の数は増えた。 そんな中で生じた問題と言えば、、、 オーストラリアとしては、もっとも英国人の移民を歓迎し、当時の政府はそれを奨励したりもしてはいたが、逆にアジア人や南太平洋の島々の人々、特に中国人たちは厳しい差別に曝されたそうだ。

 英国からの正式な独立以後、政治、経済、宗教、民族問題など様々な問題を抱えながらも今日の姿を作り上げてきているのがオーストラリアの歴史と言うことになる。 実際、掘り下げてみると、なかなか複雑な問題も多い。 特に、世界を巻き込んだ第一次世界大戦や第二次世界大戦にはオーストラリアは大量の兵士を送っており、また大量の戦士も確認している。 それでも、西側諸国との共存を計る為に、その後の戦争・内戦などにも参加してきている、、、 ( 第二次世界大戦当時、日本軍は北部の都市ダーウィンを爆撃し、シドニー港からはミサイルを撃っている。 オーストラリアが本土の攻撃を受けたのはこの二度のみ。 )



 そんなオーストラリアの歴史だが、それが今の世界に繋がっているかどうかは察しにくい。 大陸の大きさによる所が大きいのか、何なのか? 日本人である僕が「 ちょっとこれは、、、 」と思うことでも、おおらかに「 That's all right. (大丈夫だよ) 」とすぐ口にする。 それ以上に、「 No worries!! (心配ないよっ) 」と言われる、、、  全てのことに対して、もう投げやりなのかと思う程に、人々はおおらかだったりする。 道でも、公園でも、公共の場所でも、トイレでも、バスの中でも裸足になる人は多いし、、、 どうやらそういう文化のようだ。



 まあ、「 Easy Going (お気楽?) 」な国民性は、僕は好きだが、、、


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 オーストラリアの大地が教えてくれたこと、それはやはりここでしか教わることの出来ない何か特別だったものに違いなかった。

 この大陸のことに始まり、その自然界、その動植物、その歴史、、、 自分の生まれ育った所とは全く違う物事を見ることや触れることで、何か大切なことをまた学ばさせてもらった気がする。

 そんなオーストラリア大陸を、またいつか訪れる日まで、、、



 「 G'day Mate !! 」






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by hitoshi280477 | 2005-09-22 05:16 | Australia

Australia vol.11 「 Great Barrier Reef 」

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 オーストラリア大陸の北東部の海域に、長さ約2000Km、幅約80Kmという日本の国土に匹敵する程の広範囲に渡る大きな珊瑚礁帯がある。 宇宙からでも確認出来る程大きなその珊瑚礁帯は、「 Great Barrier Reef グレート・バリアー・リーフ 」と呼ばれている。 



 古い部分は約1800万年前から60万年前に形成され始めたと推測されていて、今ではその大きさは中国の万里の長城よりも長いそうだ。 もちろんその大きさだけに、そこに住む生物たちの数も他に類を見ない。

 ・400種類の珊瑚

 ・1500種類の魚

 ・4000種類の貝類と軟体動物

 ・500種類の海草類

 ・1500種類の海綿動物

 その他には、クジラやイルカ、ジュゴンなどの海洋ほ乳類も存在するし、カメも見られる。

 多くの珊瑚礁が幅広い範囲に点在している環境だけに、その全てを把握するのは難しいだろうし、ましてや一人の人間が全てを見ることなど不可能な数字だと思われる。


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 ポリープと呼ばれるイソギンチャクやクラゲなどのような無脊椎動物の一種が、珊瑚の原型なわけだが、それらが石灰石を外側に造り出し、そのポリープが死ぬと次のポリープがその上に成長して、、、 そうやって珊瑚が珊瑚らしい形になっていくとのことだが、それがここではもう何万年も続いていてる。

 そうやって創造されてきた自然が産んだその水面下の世界は美しいの一言に尽きる。 まるでどこかの庭園を思わせるようなその優美な景観に、心を惹き付けられない人はいないだろう。 まあ、正直に言えば、カリフラワーやブロッコリーを連想してしまうが、、、


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 もっと正直に言えば、僕は感動した。 海の中の風景というのは、いつ見ても神秘的で、何故か心洗われる気持ちになるけど、、、 肺に穴が空いてからは海に潜るということはかなり難しくなり、海に入るのをどこか敬遠していた自分がいたというのも確かだった。 けれど、この水面下に広がる言葉では表しきれない美しい世界を目の当たりにすれば、、、 僕はただ感動するしかなかった。 海に潜れるとか潜れないとか、そういったことは置いといて。


 もちろん海中生物も豊富だった。 無数の魚たちがこの透き通った海を思いのままに泳いでいたり、小さい魚が珊瑚の中から出たり入ったりする様子には、つい目を細めて見入ってしまった。 クジラやイルカ、それにジュゴンやコッドフィッシュ(鱈系の大きな魚)なんかも見れたりすることもあるそうだが、僕が遭遇した生き物と言えば、、、


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 それは正に偶然だった。 野生のカメに遭遇するのはもちろん難しいことなのだと思うけど、たまたま近くを泳いでいる所を発見したのだ!! その泳ぐ姿と言ったら、、、 可愛い。 まだ若いカメのようで、そこまで大きくはなかったが、好奇心旺盛なのか、お腹が減っていたのか、、、 空気を吸う為に海面に顔を上げたり、岩などにやみくもに頭を突っ込んだりしていた。


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 ここを訪れる誰もが異口同音に言うのが、「 ここの海は素晴らしい 」だ。 それは確かにその通りだ。 海の透明度といい、珊瑚礁の多さといい、生き物の数や種類といい、はっきり言って言う事なしだ。

 ここを訪れる人たちはその自然の恵みに感謝しなくてはいけない。

 それに、ここが何万年もかけて成長してきた自然の一部だと言うことを忘れてはいけないし、尊重しなくてはいけない。



 というのも、ある一部の研究者の話では「 世界の珊瑚礁は後40年後には生存していないかもしれない。 」ということだ。 珊瑚は基本的に水温17.5~28度でしか成長しなく、また珊瑚の上に降り掛かる沈殿物を嫌うからだ。 珊瑚絶滅の危機の主たる原因は、世界的な温暖化がその主な理由であるらしいけど、、、 明らかな人災による自然破壊とは言えないが、人類が自然環境に配慮する余地は充分あるということだ。

 少し面倒な話にも聞こえるが、自然の産み出したこの素晴らしい光景を目にした人ならば、きっと理解することと思う。 僕はそう願っている。

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by hitoshi280477 | 2005-09-21 05:14 | Australia

Australia vol.10 「 Aborigine - Tjapukai  」

a0086274_19444433.jpg 4万年程前にこの大陸に移り住んできた人々は、今日では「 Aborigine アボリジニー(=先住民) 」と呼ばれている。 遥か昔、まだ今よりも海面が低かった時代、つまり氷河期の頃の話だが、その頃に主に東南アジアから移り住んできた人々のことをそう呼んでいるのだ。

 彼らはこの大陸に入ると、比較的速いペースで各地へと移動していった。 この大陸の環境下では主に狩猟と採集が食物を得る手段ではあったが、古い木々を燃やして若い木々を育て易くすることなども行っていたようだ。

 彼らの文化の中には、口頭で話や教えを伝えることが主だった為に、あまり詳しいことはわからないそうだ。 その言葉自体は250種類の言語に、700程の方言があったと言われている。

 狩猟民族ではあるが、牧畜民のように移動を繰り返していたわけではなかった。 生活に適する場所を見つけた人々は、部族単位で村のような社会を作り、食料の確保や儀式などに励んだそうだ。



 1788年にヨーロッパの人々が住み始めたということになっているが、実はずっと前にも外国の人々との接触はあったと言われている。 大航海時代のオランダやイギリスは大陸北西部に立ち寄ったらしいし、また人々は東南アジアの人々との交流も漁師などとの取引を含めてあったとのことだ。

 ヨーロッパ人、主にイギリス人のオーストラリアへの移住が本格的始まると同時に、アボリジニーの人々の生活は大きく変わった。 中には先住民との相互利益を見い出すことの出来た地域もあったが、そのほとんが占領に近いものだったと言われている。

 先住民である彼らが、英国領を不法占拠しているという事態にまで発展したこともあったらしい。 アボリジニーの人々にとって先祖伝来の土地を失うことは、彼らの文化を縮小させる主な原因だった。 また、外来種の病気などによる死亡や出生率の低下なども招いたのだった、、、



 ヨーロッパ人入植以来、様々な迫害や弊害が20世紀の終わり頃まで続いていた。 しかし、その20世紀の終わりになって、アボリジニーの人々から土地の所有権を巡っての論争が広まり、それは今でも続いている。 もともと先に住んでいた人々が、後から来た人々が作り上げた政府に「 土地を返せっ! 」と言っているのは何とも言えない話だ。 アボリジニーの人々の間にそういった風潮が出始めた為に、政府もまたそれに対して対策を講じているとか、、、

 今現在に至っては、アボリジニーの人々と、後から入植してきた白人たちとの関係が良好かどうかは判断するのは難しい。 というのも、明らかに白人の数がアボリジニーの数を圧倒しているし、現存している政府は白人が作り上げたものだ。 もちろんお互いにうまくやっている所もあるようだが、それを外国人旅行者が目にすることはほとんどない。

 アボリジニーの文化を保存しようとしている試みは見られるが、それも定かではない、、、 のかもしれない。 非常に難しい話になっている。 実際、アボリジニーの文化を見て、体験することはちょっと難しい。 その為、お互いの理解不足から歩み寄り難い状況なのかも?

 昼夜を問わず、街で何もすることなく、ブラブラとしているアボリジニーの人々を見ると何とも言えないのである。 特に若い年齢層や子供たちまでただブラブラとしているのを見ると、、、





 アボリジニーの文化を少しでも垣間見ようと思っていたので、ケアンズにある「 Aborijinal Cultural Park - Tjapukai ジャプカイ族 」に行くことにした。 そこはケアンズの街から少し離れた所にわざわざ作ったアボリジニーの文化に触れることの出来る観光村のような所。

 日中に行けば、そこで来訪者たちはジャプカイ族の文化に触れることが出来る。 彼らの持つ世界観や、彼らの信仰する「 ウェット 」と「 ドライ 」の世界の話、それにブーメランの投げ方や、日の起こし方まで体験出来るとか。

 特に「 ウェット 」と「 ドライ 」の話は一風変わっていて非常に興味深い。

 彼らによると、ジャプカイ族の人々は自然界に必ず自分の崇拝するものを持ち、それらは「 ウェット 」の世界と「 ドライ 」の世界の2つの世界に分けることが出来る。 そして、自分も父親から受け継いだそのどちらかの世界に属し、結婚する時には必ず自分の属する世界と違う世界に属する人としなければいけなかったそうだ。 これは各部族が500人程の規模で成り立っていた彼らの血が濃くなることを避ける為に考えだされたと言われている。

 そんな話は他の世界では聞いたことがない。 非常に興味深い話ではある。

 が、しかし、果たして今でも実践されているのだろうかは疑問に残るが、、、



 ・「 ドライ 」に属するもの

    太陽、火、カンガルー、トカゲ、岩など

 ・「 ウェット 」に属するもの

    雨、虹、海蛇、ワニ、月など



a0086274_19455398.jpg 実際に行ったのは、夜に行われる「 ダンスショー 」だ。 世界を旅する者にとっては、9000円という費用は少々高くついたが、まあそれもしょうがない。 「 見たいものは、見たいのだっ! その為にわざわざここまで来ているのだから、、、 」という理由付けを自分自身にするはいつものことだ。

 火起こしに始まり、動物を真似た踊り、ユーモアのある踊り、それに迫力ある踊りで「 ダンスショー 」は進んでいく。 使用する楽器といえば、「 Didgeridoo ディジュリドゥ 」と木製のスティック、それに何故かブーメラン、、、 叩いて音を出すのだっ!!

a0086274_1946391.jpg 踊り自体は迫力があって、リズム感に富んでいて、また変わっていて面白かった。 真似してみろと言われても、きっと出来そうにないのが残念だが、、、 実際、このような踊りを、こういった「 ダンスショー 」以外にいつやっているのは疑問に残る所だが、まあそれは良しとしよう。



 世界中にいる「 先住民 」と呼ばれる人々が、後からやってきた人々によって、その生活をより困難なものにされたり、迫害を受けたりしているのは良くある話だ。 それがここではどうなのか?

 正直、僕の目から見ては「 よくわからない 」というのが本音だ。 彼らの中の一体どれほどの人々が、後からやって来た人々と何をどうしていきたいのか、、、 残念ながら、僕には知ることも、察することも出来なかった。

 まあ、「 適当にうまくやって欲しい 」と、そう願うばかりだ、、、






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by hitoshi280477 | 2005-09-20 05:13 | Australia

Australia vol.9 「 Aboriginal Sanctuary - Uluru  」

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 きっと僕は人々に、あの特別な場所のことを、こんな風に話をするんだろうと思う、、、

 「 オーストラリア大陸には、もうずぅ~っと昔、何千年も前にオーストラリアに渡ってきたアボリジニー(=先住民)の祖先が住んでいたんだって。 その祖先たちは大陸の北から海を渡ってここへやって来て、、、 当時はまだ海面が今よりも200mほど低かったらしいからね。 この大陸の土の質は農耕には適していなかった為に、食料や水源を求めて移動を繰り返したりしていて、人々はより狩猟や採集をすることによって日々の糧を得ていたんだって。 そんな生活をしているうちに、人々はこの大地のことやここに住む動物たちのことをもっとより理解するようになり、またその自然の中に超自然的な何かや、神の存在のようなものを見出していたんだろうと思う、、、



 もちろん独自の文化も発展していって、それは現代に生きる彼らの子孫も大事にしているんだ。 それは例えば、自然の教えや自然そのものについて、また動物たちのこともそうだし、民族の規律、言葉や食習慣なんかをね。

  こんな大自然の中を生き抜いていた人々はきっと逞しい人々だったに違いないと思う。 食料の生産が極めて難しく、また水源といった人間が必要とする最低限の物資でさえ確保するのが大変だったことを考えると、その生活は僕らの想像を絶するんだ。 砂漠のように乾燥していて、日差しのキツい中、食料の確保すなわち狩猟や採集をしなくてはいけないことを考えると、、、 大変な苦労だ。

 しかし、そういった困難な生活があったからこそ、僕たちが今日に見ることの出来るアボリジニーの人々の生活が伺い知れる。 特に、自然を利用した生活用品や狩猟の時に使われていた道具なんかは知恵をしぼって作り上げられたことがよく分かる。 同じ時代に、僕がそこに生きていたら、一体どんな生活をしていたのか? ちょっと想像出来ない、、、 」


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 「 そんな人々の生活の中で、彼らはある時ものすごいものを発見したんだ。 それはアボリジニーの言葉で「 Uluru ウルル 」といって、「 日陰の場所 」という意味がある特別な場所。

 今では「 Ayers Rock エアーズ・ロック 」とも呼ばれているけど、それはずっと後からこの地に入ってきた英国人が当時の偉い人の名を付けただけで、何の意味も持たないんだ。 そのことは皆あんまり知らないけどね、、、

  このウルルは、高さが約350mもあって、驚くことに一枚岩、、、 一つの岩でしかないんだって。 それでも、周囲は約9Kmもあって、今現在地上に出ている部分は全体の約1/3でしかなく、残りの2/3はまだ地下に埋もれているんだって。 こんなに大きな岩が存在するなんてちょっと信じられないけど、実際ここにこう存在しているんだ。


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 じゃあ、一体どうやってそんな大きな岩が存在したのかというと、今の研究調査結果で分かっていることと言えば、、、

 ずっと昔、約3億5000年前にはこの地は高さが今のアンデス山脈と同じくらいあったんだって。 それが、地表に降り落ちる雨水と激しい風によって浸食を繰り返していって、それが気の遠くなるような年月を経て現在に至っているんだ。

 それで、今残っている部分、すなわち目にすることの出来る部分は、他の地よりも鉄分が多く固かったことからあまり浸食が進まず、結果残っているということになっているんだ。 ちょっと信じられないようだけど、そういう話になんだって。

 ちなみに、浸食されて、落ちていった土は、大地に吹く風によって遥か遠くまで運ばれていってしまったそうだ。 土の成分の中に、高い割合で入っている鉄分が酸化して錆びた結果、この大地やウルルなんかは赤く見えるんだ。 正に自然の神秘だね。



 そんなウルルをアボリジニーの人々は聖なる土地として崇めていて、それは今でも強く人々の心の中に浸透しているんだ。 それは宗教でもなんでもないけど、朝日や夕日に照らされるその神々しい姿を目にすれば、きっと誰でもそう思うことだと思うよ。 それほどウルルの存在感はすごくて、何かを感じさせられるからね。 きっと当時の人々もそう感じていたに違いないと思う、、、 」


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 「 当時の人々にとって、ウルルは近寄り難い聖地であったかどうかはちょっとわからない。

 ウルルに近付いてみると、そう僕が疑問に思うのが何故だか分かる。 まずウルルのある部分は、男の人にとっての聖域であり、またある部分は女の人にとっての聖域であったりもする。

 それに、ある大きく窪んだ部分は狩猟に使われていたし、またある部分には当時の人々が描いた壁画が今も残っているんだ。 自然の素材を使って描かれたその壁画は水源や、動物や、人々なんかを表現したりしているんだって。 古いものは、1000年くらい前のものだって話だ。



 今日でも年に一回だか何回だかにアボリジニーの中の偉い人たちがウルルに登って、何かしらの儀式をするんだ。 ただ、向こうに行けばわかるけど、どのアボリジニーの人々も自分自らウルルに登ろうとは思っていないし、また見知らぬ土地からやって来た人々にも登って欲しくはないようだ。 あたり前だけど。

 実際、ウルルが登れるようになっているのには理由があって、アボリジニーの人々や一部の外国人にはやりきれない思いだろうけど、実は今ではアボリジニーの人々にこの土地の所有権があるものの、何らかの話し合いで、ウルルそのものとその周辺はオーストラリアに99年という期限付きで貸し出ししているらしい。

 元々アボリジニーの人々が先にこの土地にいたことを考えると、とても馬鹿げた話だけど、実際そうなっている。 まあ、登る人の倫理観というか、アボリジニーの人々の文化をどこまで尊重出来るかって話だけど、、、 個人的には、「 他人の家に土足で入るような真似はしたくない 」。 自分に選択肢があるからこそ、、、だ。 


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 「 僕も最初はそう思ってただけだったよ。 ただ、この目で見てみたいってね。 一目見ることが出来ればいいってね。 でも、実際にその場所に訪れて、ウルルの姿を目にしてみれば、思ってた以上に心に感じる何かがあることに気付いたんだ。

  それは言葉ではちょっと表現しにくいかもしれないけど、このウルルと呼ばれる地上に存在する大きな岩は、何億何万年という時を経てここに存在している。 この地上がまだ陸続きだった時も、まだ寒かった時も、また現代に至っては非常に乾燥していて日差しが極度にキツくても、、、 いつの時代もここに存在していたんだと思うと、そこに何かを感じぜずにはいられないんだ。

  それは、僕が産まれるもっと前とか、そんな規模の話ではなくて、きっとこの地球が誕生した時から、この地球のどっかにウルルは存在していて、それが気の遠くなるような時を経て、今日のこの姿があり、またそれがこれからもずっと続いていくのだという事実を知れば、、、 そこには言葉にならない感動があるよね? 」





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 「 僕はあの特別な場所で、

  朝日に照らされるウルルを見てはそう思い、
 
  夕日に染まるウルルを見てはそう思っていた、、、 」






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by hitoshi280477 | 2005-09-19 05:10 | Australia

Australia vol.8 「 the Red Centre  」

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 オーストラリア大陸のど真ん中、大地は真っ赤なことで知られている。 というのも、この大陸の国土はそのほとんどが火山灰や氷河の活動によるものではなくて、今よりずっとずっと昔に隆起した土地が、ただ雨と風による浸食を繰り返してきた結果であって、その土の成分である鉄が錆びたことと、他の成分の酸化によることがその理由だ。 約5億5000万年前という気の遠くなりそうな遥か昔からから今日という日まで続いてる、、、 それが、今日この大陸の中央部が「 Red Centre 」と呼ばれる所以だ。



「 Kings Canyon 」

a0086274_17253993.jpg ほとんど真っ平らな大地の向こうに見えるのは、その頂上付近が平べったくも広い範囲に広がる緑の多い山脈、もしくは地上から突き出るようにそびえ立つ巨大な岩山のみだ。 数少ないそういった巨大な岩山の一つに、「 Kings Canyon 王たちの峡谷 」というのがある。 その急な岩山を登ると、この土地の赤さと大地の大きさを実感出来る。

 ちょうど頂上付近を散策出来るように登山道が整備されていて、、、 と言っても特に何もなく、たまに道しるべがあるくらいだが、、、 そこを歩くと、この大きな岩山でさえもただ雨と風による浸食を何万年という時をかけて作り上げられたことが分かる。 それは信じ難いことなのだが、本当のことなのだ。 散策する最中に足下を見れば、今日でもそれが続いていることを目にすることが出来る。



 非常に乾燥した土地のように見えるが、実際雨が降る時には降るのだ。 ここを訪れる前日は、雨と雷がすごかった。 それは今正に地上を形成しているかのようにさえ思えるほどだ。 ずっと昔に起こっていたであろう自然の姿が、今日でも目にすることが出来るなんて想像もしないことだ。 そうして、今日も目には見えない程の少しずつの変化をこの大地が繰り返しているなんて、、、 すごいことだ。

 ここの奥地には、「 Garden of Eden エデンの園 」という緑が豊かな岩山に挟まれた場所がある。 そこには、何処から流れてくるのか、小さな川と溜め池がある。 おまけにガチョウもいる。 荒々しい面持ちをしたこの岩山の奥に、そんな場所があるのは何だか奇跡に近いように思える。 自然というのは実に面白い。

a0086274_17261491.jpg 実はこの岩山、一部大きく陥落している所がある。 それも非常に大きな規模で。 上空から見たらきっとUの字型をしているであろうその場所の姿は圧巻だ。 大きな岩山が、まだ陥落した当時そのままの姿形で残っているように見える。 そのUの字型の一番奥の部分からは、きっとさっきの「 エデンの園 」から続いているであろう水が流れ落ちて、小さいながらも滝になっている。 反対側の岩肌を見ると、まるで何かで切り落としたかのように綺麗な切り口ならぬ岩壁を目にすることが出来る。 その表面はざらざらしたような感じで、荒めのナイフで切ったチーズやハムのような断面だ。 実はそれは風の力で出来ているそうなのだが、一見すればそれは信じ難い。 というのも、あまりにも綺麗な断面で、誰かが意図的にやったか、それとも宇宙人の仕業なのか、、、 そんな感じのする所だ。


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「 Kata - Tjuta 」

 「 たくさんの頭 」とアボリジニーの人々が名前をつけた、へんてこな形をした巨大な岩群がある。 「 Kata - Tjuta カタジュタ 」だ。 

 一番高い所で地上546mにもなり、周囲約22kmに広がる36の頭たちの姿もまたすごい。 特に少し遠目から見るその姿は、何だか滑稽ではあるが、真っ平らな大地に浮かぶその姿は、人類にとって未だ未確認の巨大な生物のように思える。


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 「 ここの大地は真っ平らなのに、どうしてそんな形になるのか? 」

a0086274_17272196.jpg そんな疑問がすぐ浮かんだので調べてみると、どうやらはやはりこの大陸の特異な環境がその理由のようだ。

 その土の質が他の所とは違い、遥か大昔の大陸形成時に圧縮された土や他の天然成分などが今日では欠如したり、変化したりといったことがこの岩山のへんてこな形を作っているのだそうだ。

 もちろん、この形になるまでには、遥か長い年月をかけて雨水と風による浸食を繰り返してきたからなのだが、、、

 それにしても、変わった形をしている、、、



a0086274_17274277.jpg 実際、ここには強い風が吹く。 照り付ける強い日差しと、涼しい日陰の気温差が風を起こしているのかもしれないが、遮る物が他にない真っ平らな大地では、この岩群の中は特別な環境だ。

 岩と岩の間を常に風がびゅ~びゅ~と吹いている。 もちろん雨がそれなりに降っているというのも理解出来る。

 僕にとっては目新しいちょっと変わった植物たちが、ここには充分な雨が降っていることを教えてくれる。

 そして、こんな姿の珍しい生き物も生息している、、、






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by hitoshi280477 | 2005-09-18 05:08 | Australia

Australia vol.7 「 1/2 Day Tour - Swim w/ Dolphins  」

a0086274_1064788.jpg メルボルンから夜行バスで約9時間。 Adelaide アデレードという街に来ていた。 メルボルンよりも少し南に位置している割には、そこまで寒くなかい気がする。 これから先にあるオーストラリア大陸の真ん中を目指すに当って、ここはちょうど良い中継地点であり、僕にとっては休憩地点でもあった。 あるはずだった、、、 YHであのパンフレットを見つけるまではっ!

 「 Swim with Dolphins 」 そう書かれたパンフレットを偶然にもYH内のロビーで見つけてしまった僕は、迷うこと無くそれに参加することを決めたのだった。 予定では、これから先のニュージーランドでやる筈だったが、その辺は、、、 OKだ。 物事は機会を逸すると、次がいつになるかわからないし、もっと先へと進む時に妨げになることもあるからだ、、、



 アデレードの街から海沿いのリゾート地へと早朝に向かう。 街は土曜日の朝とあって静かだった。 集合場所はリゾートホテル内にあるマリーナ、いわゆる船着き場だ。 幸いにも乗船する予定の船はすぐに見つかった。 まだ朝の7時台だというのに、早くも燦々と太陽の光が降り注いでいた。 気分は上々だ。

 参加者のほとんどが白人で、僕の他には東洋人は中国人の若者が数人だった。 中にはかなりのg老体もいたが、その編はオーストラリア人だ。 きっとアクティブなご老体なのだろう。 手渡された参加申込書をとりあえず読みもせずに署名を済ませると、ウェットスーツを渡され、甲板の上に上がることになった。 マリーナ内には漁船のような船は全くなく、どの船もお金持ちがきっと所有しているものと思われる物ばかりの格好良いクルーザーばっかりだった。 あたり辺りを見回しているうちに、出航となった。



 マリーナ内を抜けると、そこにはもう大きな海が広がっていた。 陸を離れるに従って、スタッフからの簡単な説明が始まった。 ウェットスーツやスノーケリングの機材のこと、イルカが来た時にどうやって海に入るのか、二ヶ月程前にサメが出たこと、、、 などなど。 イルカだけでなく、サメとも一緒に泳げるとは驚きだ。 ビビる参加者を前に、スタッフはサメ接近防止用の電磁波を発する機会を備え付けていることを説明したりもしていた、、、

 船が沖へ出ること、約20分。 遠くの方にイルカの背が見え隠れし始めた。 どうやら100%イルカが見れるといううたい文句は本当のようだ。 ただ、まだ遠過ぎる。 相手はこの大きな海の中を自由自在に泳ぐことの出来るイルカたちだけに、接近するのは難しい。 見ていると、イルカが海面に上がった時の背びれの向きで、イルカたちの進路方向を予測して先回りするようだった。 まあ、プロがやっているので、その辺のことは気にするまでもないが。 船頭一人と、スタッフ二人が双眼鏡を使って辺りをくまなく探す。 そうこうしているうちに、何処かでイルカたちに遭遇し、接近し、参加者が海に飛び込む手はずだ。



a0086274_107021.jpg さて、実際どうやって野生のイルカたちと泳ぐのかというと、これがびっくりだ。 船の後ろに備え付けてあるロープを海に落とし、参加者たちはそれに掴まってイルカたちが近寄って来るのを待つのだ。 が、実際やってみるととんでもない。 とんでもない程、これが大変だ。 まず水がとんでもなく冷たいのだ。 以前聞いた話によると、海水の温度は、陸上の季節の気温の約4ヶ月後くらいに来るらしい。 ということは、冬が開けてきた今の季節の水温は一番寒い時なのだ。 5mmのフルレングスのウェットスーツでもその水の冷たさは免れることは出来ない。 そんな中、参加者たちは頭を水中に入れて、イルカたちが寄って来てくれるのを、ただじっと待つのだっ! しかし、ただじっと待つだけならまだしも、もちろん充分しんどいが、たまにそのロープにしがみついた状態で、船そのものが移動する時もある。 気を失いそうになる程冷たい海の中引きずり回されるなんてことは、産まれてこのかた経験したことは無かった。 それは、まるで「 これは何かの特殊訓練か? 」と思わせるほどしんどい。 一瞬、「 年配の参加者たちは大丈夫なのだろうか? 」と思わざるにはいられない、、、 

 そんな状態でイルカたちが寄って来るのを待ったり、またポイントを変えてイルカたちを探しに行ったり、、、 一体何度水の中に飛び込んだのだろう? 寒さのせいで急速に体力が奪われていく。 どんなに強い日差しの下でも、こればかりは耐えられない。



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 そんな状況の中、船は海上を右往左往するのだが、確かにイルカたちには良く遭遇する。 船上からも、遠くを泳ぐイルカの群れや、近くを通り過ぎ行くイルカの群れを目にすることが出来る。 ほとんどの場合、イルカたちは船の先頭部分を一緒に泳ぐような感じで、その後、水中でこの時を耐え忍んで待っていた参加者の真横や真下を、、、 すっ と何事も無かったかのように通って行ってしまうっ! はっきり言って、参加者は一緒に泳ぐどころの騒ぎではない。 ロープから手を離せないように、ただそれだけに気を取られてしまうのが本当のところだ。 確かに、イルカたちは近くを通って行くのだが、相手は水中の生物。 かなりの速度で何処か他所で行ってしまうのだった、、、 わざわざ用意した水中カメラも意味が無い。 ぐっすん。

 結局、一番イルカを良く見れたのは、船の先端部分にイルカたちが来たときだったのだった、、、 まあ、「 物事はやるまでわからない 」ということを、また一つ学んだ。






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by hitoshi280477 | 2005-09-17 05:07 | Australia

Australia vol.6 「 Day Tour - the Great Ocean Road  」

a0086274_18265940.jpg 翌日、同じGo West社の一日観光ツアーに出掛けた。 今日はメルボルンの東に広がる 「 the Great Ocean Road ザ・グレート・オーシャン・ロード 」という、世界的にも有名で、こちらもメルボルンを訪れる観光客の中では外すことの出来ない場所ではあるとのこと。 一日中、バスに乗りっぱなしになるほどこの海岸通りは長くて、またアクセスが個人では難しい。 その為、どの観光客もこのツアーに参加することになるのだった、、、

 ツアーの始まりは、何故かアボリジナル・カルチャラル・センター。 ただ単に、通り道にあるからなのか、何なのか? まあ、ツアーに含まれているので行くことになる。 この辺りに住んでいる現代アボリジニーの人の簡単な話とディジュリドゥの演奏と、お土産物の観光を済ませると、一路西へと海岸道路を目指して進む。

a0086274_1827931.jpg しばらく走ると、このグレート・オーシャン・ロードの始まりであるビーチに着いた。 高台から望む海岸線は綺麗で、天気も快晴だったことから遥か遠くの方まで見渡すことが出来た。 その波打ち際では、たくさんのサーファーが波乗りに興じていて、老人と犬が遊んでいたりもする。 ここに住む人々のライフスタイルのキーワードは「 波・サーフボード・犬 」という感じがして、実に絵になる光景だと思った。



 そして、このグレート・オーシャン・ロード本番が始まる。 ドライバー兼ガイドのTONYは少しご老体だが、感じの良い人で、その場その場の雰囲気に合わせてバスの車内に流す曲を選曲したりしてくれる。 昨日のLUKEと言い、感じの良い人で助かる。

 グレート・オーシャン・ロードはその名の通りグレートな海岸線沿いの通りなのだが、それは実際その名の通りの風景がそこにはある。 何処まで続いて行く水平線を左手に、そして背の高いユーカリの樹海の間を走っていてウネウネと曲がりくねる通りを進んで行く。 時折現れるビーチには人気は少ない。 ただいつまでもそういった景色が続いて行く、、、


a0086274_1828772.jpg パンフレットにあった「 Meet the Locals 」の時間になった。 ここでの地元民とは、野生のコアラたちだ。 背の高いユーカリの木で構成されたこの樹海が果てしなく続くこのグレート・オーシャン・ロードでもコアラたちは見ることが出来る。

 ただ、探すのは難しい。

 何せほとんどのコアラたちが、背の高いユーカリの木の上のほうにいて、ほとんど動かないか、寝ているのだ。 じっと目を凝らして見ていると、木の枝に挟まるようにして寝ているコアラたちを見つけることが出来るのだ!

  乗客全員協力してコアラ探しに当るわけだが、やはりその姿は可愛い。 でも、その姿は少し異様な感じもする、、、


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a0086274_18292374.jpg 本当の地元民との出会いもあった。 食事休憩の時に立ち寄った街の公園には綺麗な芝生が植えられていて、天気も良いことから地元の人々が昼飯がてらに公園でひなたぼっこをしている。 日本では芝生の管理問題などから、入ることも許されていない所もある。 ところがこちらでは人々が好き勝手に、この芝生を利用している、、、

 ひなたぼっこをしていた家族は、元々この街産まれの人と、メルボルンの喧騒に疲れて越して来た人の家族だった。 目の前はビーチで、辺りは緑の多いこの環境で育つ子供たちは、きっと良い子に、またのほほんと育つのだろう。 遊ぶ所が多いのも然ることながら、子供たちにとって余計な物を目にする機会が少ないのは良いことだ。 実際、出会った子供たちには明るく無邪気な笑顔があった。 シドニーにいたような、コスプレやアニメだけにはまるような若者にはきっとならないことだろう、、、  

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a0086274_1830376.jpg 昼飯が終わると、今度は「 雨林見学 」だ。

 こんな寒い所では、「 熱帯 」などどいう言葉には縁はない。 その為、英語でも「 Rain Forest 」と呼ぶことになる。 ここには今まで見たことも無いほどの背が高くて、大きな木々を目にすることが出来た。 それと同時に、シダ類も見ることが出来る。 肌ではあまり感じなかったが、この森には湿度が保たれているようで、その分コケ類やキノコ類なんかも目にすることが出来る。

 驚きなのは、やはりそこに存在する木々の圧倒的な存在感であり、森の大きさであり、自然の神秘さだ。 何十年、何百年とかけて育ってきた森の様子に、見る者の心に何も感じないことはないだろう。 いくら見上げても、そのてっぺんが見えない程の大きな森の中にいては、人間の小ささを実感し、自然の偉大さを実感するのみだ。



 バスはしばらく森と茂みの中間のような所を走った。 もうかなり日が傾いてきているので、目にする風景も少し落ち着いて見えて来た。 道路沿いには、普段目にすることのない、「 カンガルーに注意! 」などの黄色い標識が見える。 実際に、道路にはたまに動物が飛び出して来るようだ。 というのも、この道路そのものが以前は無かったわけだし、このブッシュと呼ばれる茂みの中を切り開いて作ったもんだから、動物たちにはいい迷惑だ。

 前方に目をやると、そこには大きな視界が開けている。 バスの中から見ても、その視界の大きさには驚かされる。 オーストラリアの大地は本当に大きい。 「 雄大 」という言葉がぴったりあてはまる。 




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 「 12 Apostols 12の使徒 」というのがこのツアーの一番の見所になっている。 そこは、大陸の始まりであり、終わりである波打ち際。 そんな所に突出した鋭い岩山たちがある。 その様子を人々がそう名付けたようだ。 名前の由来はともかく、自然の造り出した造形美に目を奪われることは間違いなく、超自然的な何かをその岩山たちに感じることが出来る。 実際、12もその岩山があるのかどうかは知らないが、、、


 それからの海岸線沿いの道は、ずっとそういう場所だった。 土が体積した所の比較的柔らかい部分が、打ち寄せる波によって、きっと何万年もかけて削り取られていった結果の今日の姿を僕は目にすることが出来た。 誰かが意図的に作り上げたわけでもなく、計画的にそうなっていったわけでもないのに、、、  その姿を前に、感動をしない筈がない。



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 一番最後に見た「 Lonodn Bridge ロンドン橋 」というのも凄かった。 10年程前までは、今現在海に突き出ている部分が実際に大陸と繋がっていたそうだ。 その形がロンドンのそれに似ていたことから名付けられたわけだが、それが突然、その繋いでいた部分が落ちてしまったらしい。 しかも、観光客がその先端部分に行ってるいる時であり、次には数十人の小学生がそこを渡ろうとしていた時だったとか、、、

 「 形ある物はいつか無くなる 」ということだ。

 それを今日のこの日に見れた僕は、きっと幸運なのだろう。



 一日かけてグレート・オーシャン・ロードの風景を充分に満喫した僕たちは、バスの車内に流れるロンドン橋落ちた♪の曲をBGMにメルボルンへと戻っていったのだった、、、 実にユーモアで、感動的で、満足出来たツアーだった。






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by hitoshi280477 | 2005-09-16 05:06 | Australia

Australia vol.5 「 Day Tour - the Penguin Parade 」

a0086274_19121481.jpg 何にしても、オーストラリアでは個人旅行者に必要なことは全て揃っている。 しかも、料金や内容、サービスを考えてもかなり割安に感じられる。

 どこと、どこがどこまで繋がっているのか分からない程、個人旅行に必要なことがどこでも揃えることが出来るのは、正直驚きだ。 宿泊施設然り、移動手段しかり、そしてツアー然りなのだ。

 この大きなオーストラリア大陸を旅行するのに、これを使わない手は無い。 今までの僕だったら、そんなに率先してそういったツアーに参加するのは好きではなかった。 はみ出し者の性格が、、、



 「 Fairy Penguin フェアリーペンギン 」というのがメルボルン郊外にあるPhilip Island フィリップ・アイランドという所で見れる。 フェアリーペンギンと言えば、世界で最小のペンギンで、体長は25cmくらい、体重は1Kgくらいの小ささだ。 皇帝ペンギンなどを想像している人にはきっと予想以上に小さく見えることだろう。

 そのフェアリーペンギンたちのパレードが、フィリップ・アイランドで見ることが出来るのだとか、、、 YHで見つけたGo West社の一日観光ツアーに参加することにした。 数ある観光ツアーの中で、僕がGo West社を選んだのは、イラストが可愛いいという単純な理由からだ。


 ツアーは宿泊していたYHの近くでピックアップしてもらうことによって始まる。 満員御礼の21人で今日のツアーは行くことになる。

 ツアー名はあくまで「 ペンギン・パレード 」だが、実際には他の場所に寄ったり、催し物が含まれている。 そして、バスにはドライバー兼ガイドがいる。 運転をしつつ、ヘッドフォン+マイクを使って、車内からもいろいろと観光案内をしてくれるのだ。


a0086274_19123326.jpg まずはワイナリー。

 ここオーストラリアでもワインが造られていて、その直産地に立ち寄り、試飲と昼食をそこですることになる。

 ワインなんぞには全く興味もなく、味も全くわからないので、軽く味見をした後はもう飲まなかった。

 まあ、他のツアー客の中にも、ツアー早々ワインボトルを買い込む人はいないだろうが、、、



 続いて、動物園。

 本当は野生のままの動物たちが見たかったが、ここにも立ち寄るということなので、行くことに。 話によると、野生の動物たちを見れないことも無いが、実際遭遇したとしても、すぐに向こう側が逃げてしまうそうだ。

 園内には、カンガルーはもちろん、コアラ、エミュー、ウォンバット、クジャク、インコ、ディンゴなどなどがいた。 特にカンガルーなんかは、他の動物たちよりも大きな場所を提供されているとは言え、柵で囲われた敷地の中で生活していて、何だか可愛そうに思えてしまう。

 動物たちは確かに可愛い、、、 が、自然のままの姿で見れたら良かったのに。



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kangaroo


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Wonbat


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Koala


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Dingo


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Cockatoo


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Emu


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Peacook


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Warabi

 その後、綺麗なビーチと Nobbies たちのいる岩場を少し見て回った後の午後6時、やっとこのツアーの目玉である「 ペンギン・パレード 」を見に行くことになるのだった。

 何でもこの「 ペンギン・パレード 」はかなり前から有名らしく、今ではメルボルンを訪れる観光客の間では大人気である。 しかし、観光客が増えた分、このフェアリーペンギンたちを研究・保護する活動も真剣に始まったようだ。

 夕暮れ時、海から我が家へと帰宅する時の彼らを見ることが出来るのだが、その行動を邪魔しないように、今では観光客用にビーチバレー会場にあるような観覧席が設けられている。 二カ所に設置されたその間の茂みめがけて、砂浜に戻って来たペンギンたちが歩いて行くのだとか、、、

 残念なのは、カメラ、ビデオカメラ等の撮影の一切が禁止されているということ。 何でも、フラッシュがフェアリーペンギンたちの目に悪く影響してしまうことを配慮してとのことだ。 以前は撮影までは良かったのだが、中にはそれを無視する人や、故意にフラッシュを使用してしまう人が続出してしまったことから、撮影の一切が禁止になったとのこと。 まあ、しょうがない。

 ビジターセンターにあるフェアリーペンギンたちのおおよその帰宅時間を表示した掲示板の時が進むに連れて、観光客とたちは砂浜にある特設観覧席へと向かう。 砂浜への道は茂みの間に木製の橋が架けられていて、その脇や下をフェアリーペンギンたちが歩けるようになっている。



 さて、時は冬が終わりかけようとしている10月初旬。 日も落ちた頃から気温もぐっと下がり、海から砂浜に吹き付ける風が更に体感温度を下げる。 各自、暖かい服装で来るようにと言われてはいたが、その寒さはGORE-TEX製のジャケットの下にフリースを着ていても寒い程だった。 中にはブランケットどころではなく、分厚い毛布を持参している人もいれば、何故かハーフパンツな人もいた、、、


a0086274_19142850.jpg たくさんの観光客とレンジャーたちが見守る中、彼らの帰宅時間を迎えた、、、

 砂浜近くに、突然ひょっこりと頭を出したと思ったら、一群れのペンギンたちがすいすいと泳いで砂浜に上がってきた。 ナイター設備を備えた下では、いくら日が落ちていても彼らの姿がくっきりと見えるっ!!

 もっとも、相手は世界で一番小さいペンギンなので、よほど近くに来ない限りはっきりとは見えない。 それでも、次々と砂浜に上陸する彼らの姿は充分見れる程だった。



 何故か一群れ5~6匹ほどに固まって行動する彼ら。 砂浜では彼よりも大きいNobbiesがたくさん待ち構えている。 その間を突破しなければ、家には帰れない。

 仲間なのか、家族なのか、皆と相談するかのような行動をとった後、意を決した一匹が前に進むと、残りの者たちが遅れをとらないように全力で茂みの方へと駆け抜けるっ! 失敗した者は、逃げるように海に飛び込んで戻っていくのだった。

 その様子は、観光客の笑いを誘い、応援したくなるものなのだっ!



 何故か前傾姿勢でいそいそと歩くフェアリーペンギンたち。

 「 それでバランスを取っているつもりなのか? 」とツッコミをいれたくなる程、その姿は愛くるしい。

 人々に愛されるキャラであることは間違いないだろう。



 でも君たち、「 ぐうぇ~っ 」って鳴くんだね、、、 ちょっと幻滅かも。






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by hitoshi280477 | 2005-09-15 05:03 | Australia

Australia vol.4 「 the Metropolis - Melbourne  」

a0086274_17444759.jpg 「 Melbourne メルボルン 」という街は、どこか趣きのある街だと聞いていた。 確かオーストラリアで一番イギリス色が強い所だと、昔誰かに聞いた気がする。 それに以前職場で一緒だった娘が、メルボルン出身で、メルボルンの街がすごく好きだったことから、僕はメルボルンに行くことが楽しみにはなっていた。

 メルボルンはオーストラリア第二の都市だ。

 なるほど街の中心は背が高く、たくさんの人と車とトラムが街を行き交っている。 中心部にあるオフィスビル群は、センスの高さを感じさせる作りなのもの事実だ。 また、区画がキッチリしていることから、街が整然とした面持ちをしていて、好感が持てる。 更に、街の部分部分に点在する英国様式の教会や建物が、まだそこまで年月が立ってないとは言え、雰囲気を醸し出しているのは事実だ。



a0086274_17445512.jpg 一歩街を離れれば、そこはもう閑静な住宅街が広がっている。 二階建て以上の建物を見ることは少なくなり、通りや軒先に緑がぐんと増える。 ターンアラウンドという丸い交差点が、区画と区画を区切っているの所なんかは他の国ではあまり見られないことだ。

 イギリス様式の住宅が並ぶ街は、一見かっこ良く見えるが、実際はイギリス風なだけで、よく見ると、ちょっとイマイチだったりする。 どちらかというと、アメリカで見るような貼付けただけの、、、




a0086274_17451770.jpg どこの街にもあるように、ここでも朝市は賑やかだ。「 Queen Victoria Market 」という一応イギリス女王の名前を取った市場がある。 週の決まった日にちしか営業しなかったりと、旅行者には都合が合わせづらかったりもするが、とりあえず市場に行くことにした。

 「 市場 」と言えば、日本でもアジア諸国でも同じだが、活気があって、内部を所狭しと人と物とが行き交い、行商人が声を張り上げて営業している様子を思い浮かべる。 そんな猥雑な雰囲気が好きで市場を訪れる人は多い。 実際、旅行者としては、物が安く買えることもあるが、、、 



a0086274_17452719.jpg 野菜、果物、花、乾物類、衣服、靴、鞄、観光土産、日用品、、、 売られている物と言えば、他のどの市場で目にする様な物ばかりで、正直普通の市場なことに気が付く。 その点では退屈極まりない市場とも言える。

 他と違っている品物と言えば、作業着だ。 何故、作業着がこんな市場で売られているかという理由は良く分からないが、恐らくこの国では、工事現場や交通整理、駐車場係なんかの仕事は自分で作業着を用意しなくてはならないのだろう。 そういった現場で見られる作業員のほとんどは、下はブーツにGパン、上はTシャツかトレーナーにそういった反射体の付いた派手なベストを着ている。 ラフな格好は許されているというよりも、そういった労働者たちはきっと短期間の契約ばかりだろうから、会社側もそんなことにお金を使いたくないからなのだろう。 それにしても、、、 市場で作業着?




a0086274_1745619.jpg メルボルンは確かに感じの良い街だ。

 シドニーほど街が人と物でごった返しているわけではなく、また街が小さくて物事が不便なわけでもない。 中心地の大きさだってたかが知れてる。

 今回は国際的なイベントは何も無い時だったが、ここではメルボルンカップというオーストラリアで一番で、世界的にも有名な競馬レースや、F-1などに使われるレース会場、展示会や各種イベントとアクティビティが盛んな様だ。

 それだけに、ここに生まれ育つ者には、街に愛着と誇りがあるのだろう。 なんかそんな感じだ。 もし僕がここで生まれ育っていたら、きっと感じるのだと思う。

 ただ一つ、街に張り巡らされたトラムの電線の多さには閉口するが、、、


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by hitoshi280477 | 2005-09-14 05:02 | Australia