カテゴリ:Mexico( 7 )

Mexico 「 メキシコ@中米 」

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 Mexico vol.1 「 メキシコ・シティ到着! 」
 Mexico vol.2 「 Teotihuacan ティオティワカン 神々の都市 」
 Mexico vol.3 「 大興奮のルチャ・リブレ  」
 Mexico vol.4 「 オアハカ  」
 Mexico vol.5 「 馬に乗る@サンクリストバル・デ・ラスカサス 」
 Mexico vol.6 「 マヤ遺跡 パレンケ  」
 Mexico vol.7 「 イスラムヘーレス  」



ラテンの雰囲気とタコスの香りがたまらなく、、、 愛してム~チョ♪

Mexico メキシコ@中米

2004年9月の旅話。


注:「 中米 」のほとんどの写真は、バックパック盗難の為、紛失してしまいました、、、 あ~ぁ(0_0;)





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by hitoshi280477 | 2008-01-05 19:19 | Mexico

Mexico vol.7 「 イスラムヘーレス  」

 うだるような暑さのカンクンを嫌って「 イスラムヘーレス 」という島に行くことにした。

 「 IVAN 」という名前が付くほど大きいハリケーンがいわゆるカリブ海に来ていた為にキューバにも行けず、気胸のせいでその憧れの海にも潜れず、独り者には特にすることもないリゾートに僕は戸惑っていた、、、





 島行きの船着き場からその海の青さに驚かされた。

 久しぶりに見る海だったということも手伝ってカリブの海は僕の目によりいっそう蒼く映った。

 「 青 」といっても、イメージ的には「 蒼 」だ。


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 白浜のように淡いところや深海のように濃いところがある。 その濃淡が創りだす自然の蒼いグラデーションは目に優しく映っているように思えた。 道中ここに来るまで見た風景は大地の赤茶と森の緑が主だった。 それはそれで僕の想像していたメキシコらしい風景だったけど、カリブの海の蒼さはそれ以上だった。 

 その海を船で行くこと30分、島に着いた。 この島も他の島と変わることなく桟橋は宿やの客引きやタクシー運転手がわんさか待機していた。 それにカンクンから着いた旅行者が加わって桟橋は大混雑。 その合間をぬって、他の旅行者が教えてくれた地元の食堂なるところを目指す。



a0086274_12111224.jpg 4件軒を連ねたその食堂はなるほど地元の人で賑わっていた。

 何の気なしに一番手前のお店に入ってみることに。 見慣れぬメニューの中から何となく聞いたことのありそうな食べ物を頼んでみる。 注文した料理を待つ間、なんとなくその働く様子を見るのが面白い。 特に急ぐわけでもなく、他の従業員と世間話でもしつつ、ゆっくりとしたペースで料理は進む。 僕からするとその遅々とした作業は( まあ、島だからね )というのがありありと出るものだった。 天井で廻るファンのもと、あちらのペースで待つことにする、、、



a0086274_12113880.jpg 予想していた通りに、頼んだバナナシェイクは忘れられていて、イメージする島の雰囲気に間違いはなかった。

 その割には食べ終わった食器、飲み終わったグラスなんかはすぐに片付けに来る。 何をそんなに焦ることがあるのだろうか、と思わせる。 料理には時間がかかるし、注文を忘れたりくせに、片付けに来るのはやけに早い。 「 島人の妙 」だ。

 支払いを済ませる時になって、ここのおばちゃんの表情が気に入ったので、写真を一枚撮らせてもらうことにした。 他の従業員が野次馬のごとくなんやかんや言う中で撮ったおばちゃんの笑顔は、僕にとってこの島での最高の一枚になった。





 食事を終えると僕は島の北に位置するビーチを目指して歩いて行った。

 共同墓地と民家の間の砂浜で出来た道を通って行くと、そこには先ほどの蒼い海が待っていた。 元来ビーチがあまり好きではない僕も、この海の蒼さには惹かれるものがあった。 淡いところと濃いところの造りだすその自然のグラデェーションに惹かれない人はきっといないだろう。

 驚くほど遠浅なその海は遠くで見るのと近くで見るのとでは大違いで、ひどく濁っていた。 といっても、白い砂がある程度混じっているくらいなので泳ぐのにはなんの支障もない。

 ただ、、、 塩が濃い。 死海を彷彿させる。 ちょっと潜っただけでもその濃さのせいで目が痛くなる。 ほんの少しでも口に入ってしまえば一瞬にして喉が唸る。 しかしながら、その塩分の濃さのお陰で泳ぎ易い。





 ハリケーンが迫って来ている為に「 もしかしたら、夜には船が無くなっているかも 」と聞いていたにも関わらず、僕はここイスラムヘーレスで噂の夕日を見る為に残った。

 待つこと、、、 4時間。

 午後6時半頃になってやっと太陽が僕の見たいそれへと変わりつつあった。 


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 雲の橋が架かっている。

 その橋に一時は隠れてしまったものの、刻一刻、明日へと落ちて行くその赤裸々な丸い物体は綺麗だった。 雲の橋と今は黄金色になった白浜にある桟橋との間でそれはよりいっそう綺麗だった。

 「 今日も良い日だった 」 そんな言葉が似合う瞬間だった。






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by hitoshi280477 | 2004-09-07 05:30 | Mexico

Mexico vol.6 「 マヤ遺跡 パレンケ  」

 鬱蒼と生い茂る熱帯雨林の中にあるパレンケ遺跡は、その存在が約800年もの間人知れずひっそりと眠っていた、、、

 7世紀にその最盛期を迎えたにも関わらず9世紀には都市は段階的に放棄されたことや、どのように巨大なピラミッドを建設したのかなどの謎は今も解明されていない、、、



 パレンケの街から Ruinas (遺跡)行きのバスに乗ること20分。 その遺跡は話に聞いていた通りにジャングルの中にある。 遺跡までの道はかなり整備されていて、ここがこの辺りの一大観光地ということに気付かされた。 メキシコの道路事情はどこでもかなり良好なのだが、それでもこれだけのジャングルの中に道路を建設するということは容易ではないことは確かなのだ。

 入り口より遥か手前で自然保護という名目で少しばかりのお金を支払うことになったのだが、何故外国人観光客にたかるようなマネをするのか腑に落ちない。 これに加えて遺跡の入場料だって、ちゃんと存在するのに、、、 高額ではないにしろ、何度もお金を払うのは気に入らない。 きっと、他の旅行客も同じ思いをしていることだろう。

 ぶっきらぼうに手渡された入場券を手に入り口を探す。 どうやらここはあまり親切なところではなさそうだ。 入場券をチェックするおばちゃんでさえ渋い顔をしている、、、 入り口を通り過ぎてからは 闇ガイド が寄って来る、、、 そんな程度のところなのかと少し気持ちが冷めてきた。





 うだるような蒸し暑さの中、( なんでこんな不快なおもいをしなくちゃならんのか?)と思いつつ、整備された遺跡内の道を進んで行くと、先に見える木々の間から日の光が漏れてきた。  遺跡の登場だった。

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 一体どうやったらこんな熱帯雨林のど真ん中にこんな巨大な建物を造ることが出来るというのだろうか? 今の技術をもってしても、この環境の下では相当な労力を必要とされるに違いない。 しかも、このサイズ、この規模のものを作り上げるのは想像を絶するとこだろう。 当時の権力者の力なのか、はたまた何かに対する信仰・服従の証なのか、、、 古代の人々の人間力とでもいうべき何かを成し遂げる為の力には感動させられるものがある。

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by hitoshi280477 | 2004-09-06 05:29 | Mexico

Mexico vol.5 「 馬に乗る@サンクリストバル・デ・ラスカサス 」

 先住民の村が近くにあるということでも知られている「 サンクリストバル・デ・ラスカサス 」というところに来てみた。 周囲を山に囲まれているのはバスが目的地であるここに近づくに連れその揺れからも容易に察することが出来た。

 標高2100m。

 街には薄い靄がかかり、雨がしとしと降っていたことも手伝ってなんだか寂しい気分になった。 ソカロでバスを降りて、荷物を背負ってそのどこか寂しげな街を宿を探した。



 人に聞いた宿には人懐っこいおじさんと従業員がいて、なんだかその暖かい笑顔に冷えきっていた僕は暖まる思いだった。 40ペソ、日本円にして400円。 宿そのものは薄汚くて、設備も( 無いよりましかな? )といったところが僕の本音だった。 けれど、僕はそのおじさんとここで働く人たちの人懐っこい人柄がすごく気に入って、宿の設備の善し悪しなんかはどうでも良く思えてきた。



 先住民の住む村はこの街から10数km離れているという。 「 メルカド 」と呼ばれる市場の先からバスが出るということは知っていたものの、何だかそれではつまらない気もした。 もし、その村が( 自分勝手ながら )自分の思い描く それ と違っていたら、、、 そしたらなんてことはない、郊外にバスで出掛けてきただけの話で終わってしまうからだ。 一人でそんなことをした日には僕はまたきっと冷めてしまうだろうと思っていた、、、





 ソカロの近くで旅行代理店を見つけた。 近郊の村や、ちょっと遠くの遺跡までの日帰りツアーに混じって、その先住民の村まで行くというツアーもあった。 どうやら午前中で二カ所廻るらしい。 ほんのり人恋しくなっていた僕は正直少しそそられたが、ただツアー代金が僕の予算と折り合いがつかなかったので、やめた。

 宿に戻ってどうするか考えているときに、そばにあったフライヤーに目がいった。 ( それは面白そうかも? ) そう思った時には僕はもう決めていた。 その旅行代理店に戻ると、すぐさまそのツアーに参加することにした。 それは先住民の村まで 馬 で行くというものだった。 しかも、120ペソ、日本円にして1200円。 これを逃す手は無いと思われた。





 朝9時。 集合場所に集まると、、、 その参加者の数に驚かされた。 おそらく30人はいた。 さらに驚くことに日本人、いや東洋人としての参加者は僕一人だったのだ。 圧倒的少数という状況下、僕とその他の参加者を荷台に満載したトラックは牧場へと向かうべく唸りをあげだした。

 牧場までの道中、行き交う人々はその奇妙なトラックを見ては目を丸くしていた。 無理も無い。 こんな光景は滅多に目にすることはないだろう。 何せトラックの荷台には溢れんばかりの外国人が騒々しく乗っているのだから、、、

 トラックの荷台の狭い視界からは何故か家の屋根が僕の目に良く付いた。 面白いことにここの街の家の屋根は瓦が載っている。 外国にて自分の国の文化に似通ったことがあるのは実に嬉しい気分にさせられるが、ここではなんだか可愛く、可笑しく見えてしょうがなかった。





 しばらくして牧場に到着。

 ぱっと見で明らかに馬の数と参加者の数が合わない、、、

 やっぱりね。





 僕ともう二人を乗せた馬たちはその調教師によって道中急かされた。 山間の道の先には先発隊の陰さえも見えないのに、いやだからこそ急かされていた。 急遽、他の牧場から出勤?出動?することになった馬たちの迷惑そうな鳴き声が痛々しく聞こえたのは気のせいだったのだろうか? 

 村までの道は山間の道はもちろんのこと、少し拓けたところではプチ草原とでもいうべきところもあって、その草原が目に入ると馬たちはそれが合図かのように一斉にギャロップで駆け出した! まだ何となくコツの掴めていなかった僕は最初こそ戸惑ったものの、なんとか馬に自分の呼吸を合わせることによって上手く乗りこなせるようになっていた( ようだった )。

 ギャロップで走る馬の振動は凄いもので、もし馬との呼吸が合わなかったら間違いなく振り落とされる。 しかしながら、その馬とほんの一瞬でも一体になることとその風の中を駆ける心地良さはお尻の痛さを忘れさせるには十二分だった。




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 馬と駆ける。 やってみたかったことの一つだった。





 先住民の村には馬乗りに夢中になっている間に着いた。 想像がある程度は当たっていたのと、大きな市がたつ日でなかったこともあって、村は閑散としていた。

 教会もあるのだが、、、 至って普通に見えた教会はちょっと意外だった。 というのも、何故かお供え物(?)がゆで卵とコーラなのだ。 それが、ここでは普通とのこと。 どうやら、スペイン植民地時代に持ち込まれたキリスト教が、無理やり地元の宗教と混じってしまったことが問題らしい、、、 それにしても、変なの。 



 簡単な観光を済ませると、頭の中は帰り道のことばかり考えていた。

 実は、この村では写真を撮られることを快く思っていないどころか、写真に納まることは魂を抜かれることと考える風習が今もあるらしい。 それとはおかまいなしなのか、幼過ぎて知らないのか、小さな女の子に写真を撮れとせがまれ、つい撮ってしまったこの写真。 しかも、値切って5ペソを3ペソ=30円で、、、

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by hitoshi280477 | 2004-09-05 05:28 | Mexico

Mexico vol.3 「 大興奮のルチャ・リブレ  」

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 ルチャ・リブレ それはメキシコ流プロレスである。 

 以前、メキシコを旅した人に会ったことがある。

 その人の語るルチャ・リブレへの熱い想いと、興奮を忘れることが出来なかった僕はここにこうしてそのルチャ・リブレを見に来ていた。




a0086274_103121.jpg 「 Arena Mexico 」という会場の周りには試合開始にはまだ2時間くらいあるにも関わらず、既にダフ屋に、マスク売りの露店に、屋台に、観客でごった返していた。  その人気ぶりが伺えるというのものだ、、、

 日本でもプロレス観戦をしたことのないので、会場に一歩足を踏み入れたその時から既に興奮していた。 会場内はTVのスクリーンを通して見るそれと何ら変わることは無いにしろ、その雰囲気だけは別格だった。

 試合開始が近づくにつれ、観客席が埋まっていくのがわかった。 そして、観客のざわめきが大きくなっていった頃、選手入場となった。 大歓声の中、リングへと続く花道を選手が美女に先導されて登場してくる。 会場内のざわめきはほんのさっきまでのそれとは比べ物にならないほど大きくなっていた。 選手6人が全員入場し終わったところで、試合開始になるわけなのだが、、、





 (0_0;) 「 えっ、、もう始まってるの? 」



 話によるとルチャ・リブレは結構エンターテイメント色が強いらしく、悪と正義がはっきりと別れているらしかった。 そして、悪は「 私、悪です 」といわんばかりのコスチュームに身を包み、大概先に手を出すらしい。 試合開始のゴング?もあるんだか、無いんだかのまま、悪が正義をメタメタにすることで試合は始まるらしい、、、





 空中戦が多いと言われるルチャ・リブレ、それは正にその通りで少しでもチャンスがあればロープの上から飛ぶわ、場外へと飛び込むわで会場は大騒ぎ。 更に場外でも観客の上に敵を投げつけるし、リングの上では一体誰と誰が戦っているんだかわからなくなるほど入り乱れることもしばしば。

 観客が興奮しないわけがない!

 更に選手も悪も正義も関係なく見せ場を心得ているらしく、雄叫びをあげたり、得意のポーズを決めて見せたり、、、 会場は終始大興奮なのだった。

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 試合は全部で5試合くらいあって、最後はいよいよ主役たちの登場となった。



 試合が終わりに近づくにつれ、観客にもやや見疲れが出てきた頃だったが、主役たちの登場で会場は今までにない盛り上がりを見せた。 何せ、悪代表と正義代表の闘いなのだ。 盛り上がらないわけが無い。

 主役たち、どの選手も人気もののようだったが、とりわけ人気だったのが El Santo ( 聖 ) 。

 お爺さんだか、お父さんがこのルチャ・リブレの世界では英雄だったらしく、その子供の彼もまた英雄視されている感があった。



 今度の「 悪 」は本物のようだった。 徹底的に悪だった。 卑怯な手こそ使っている様子はないものの、試合開始早々、正義をメタメタにしていた。 レフリーも手を出すことが出来ないくらいの勢いで一通り暴れまわった頃には、、、 一本目は悪のものになっていた。 ( ←どの試合も3本勝負の様子 )

 そして、一本目の興奮冷め止む間もなく、怒濤の二本目が始まった。

 今度はやや正義がもちなおした。 リングの上と外で6人の選手が目紛しく動き回るもんだから、どこに注目してよいのかわからずただ歓声の上がるほうを目で追いかけるのが精一杯になっている頃、正義の一人が大技で悪から3カウント取って試合は一対一の引き分けに、、、





 三本目こそ大混乱だった。

 流れは二本目のままかと思いきや、悪が再び盛り返してきて、正義はタジタジになってしまったのである。 観客の Santo 率いる正義チームへの熱い声援も虚しく、又、僕の( 結局は正義が勝つんでしょ )という思惑とは裏腹に、、、 何と、「 悪 」に軍配が上がってしまったのである。

 悪の勝利の雄叫びが上がる。 どうやら悪に味方する観客もそれなりに多いらしく、それはそれで盛り上がっていた。 





a0086274_1033846.jpg すっきりしたような、しないような気持ちで会場を後にする。

 僕はきっと最後には正義が勝つと信じていたからだ。 ふと、ぷっと笑ってしまった。 最初は本気で見れていなかった僕がいたことは間違いないのに、試合が進むに連れていつの間にかルチャ・リブレに本気で魅了されていたのだ。

 どことなく試合展開が前もって決められた感があるのは否めないものの、大人にも子供にも愛されているルチャ・リブレ。

 いつしか僕もそれを本気で観る人たちの一人に成り得ていたようだった、、、 気がする。





注:会場内では写真撮影は禁止されています。 もし隠れて撮ろうものなら、警備員に捕まります。 体験談。






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by hitoshi280477 | 2004-09-03 05:27 | Mexico

Mexico vol.2 「 Teotihuacan ティオティワカン 神々の都市 」

 ティオティワカン。

 いつか話で聞いていて、行ってみたいと思っていた場所、、、

 そこは、メキシコ最大の宗教都市遺跡。




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 宿からメトロに乗って、バスに乗ること2時間弱。

 遺跡まで行くバスは途中たくさんの乗客の乗り降りがある。

 そんな中でおじさん二人組の流しが乗り込んで来た。

 バスが発車するや否や、おじさんたちは早速その自慢の歌声とギターを披露してくれた。

 メキシコの音楽に触れながら、バスは進む、、、 ご機嫌で!





a0086274_9574387.jpg 世界でも3番目に大きいと言われる「 Piramide del Sol 」(太陽のピラミッド)。

 今からおよそ1400~1700年前には最盛期を迎え、その当時の人口は20万人以上と推定されていて、その当時のコンスタンティノープル(今のイスタンブール)でさえ2万人だったということからその大きさが伺える。

 とはいえ、その話はとうの昔。

 今は、、、 廃墟?





a0086274_958829.jpg 太陽のピラミッドの頂上に登ってみることにした。 とても急な登りである。

 そして、階段の幅も不規則だ。 標高が2000mを越えていることもあって、息がすぐに切れる。 全部で248段あるというこの階段、、、 本気でしんどい。

 しかし、ピラミッドの頂上からの眺めは格別だった。 その当時の眺めを僕は知る由もないが、ここにこうして立ってみて、目を閉じて、吹き付ける風に身を任せてみれば、、、





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「 Piramide de la Luna 」(月のピラミッド)

太陽のピラミッドから見てみると、死者の大通りの先にそれがある。

ぱっと見ではあるけれど、ここが計画的に作られた都市ということが分かる。



テオティワカンとは、「神々の都市」という意味で、これは後にこの地にやってきたアステカ人が命名したそうだ。






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by hitoshi280477 | 2004-09-02 04:55 | Mexico

Mexico vol.1 「 メキシコ・シティ到着! 」

 メキシコの首都、メキシコ・シティ。

 日本からはロサンジェルスまでの航空券しか手に入れる事が出来なかったため、ここでメキシコ・シティまでを買い足した。 メキシコ・シティまではメキシコの二大航空会社のうちの一つアエロ・メヒコの片道で約$260で3・4時間。

 もう一つの手段としてはLA→サンディエゴ→( 徒歩で国境越え )→ティファナ→メキシコ・シティをバスで行くのがあったが、ティファナ→メキシコ・シティが40時間を越える長旅になることと、費用的にLAからでも$150以上はかかるとのことから結局、いつもなら陸路で行くところを今回は空路でメキシコ・シティを目指す事にした。




 飛行機の中では時差ぼけのせいか、何度も寝入った。 冷房が効き過ぎていたのもあって、良く寝れた。

 しかしながら、起きる度に肺が気になった。 医者に「 飛行機にはあまり乗らないように 」と言われてから約一年半あまり、、、 正直日本を発つ前にも以前気胸になったときのような症状が感じられた。

 が、僕はもう既にメキシコ・シティに向かって空の上にいた、、、





 空港に到着後。 思ったよりもスムーズにイミグレーションを抜けると、そこはメキシコだった。 そこには、アジアに降り立った時に感じたような、独特な匂いと空気があったように感じられた、、、 もっとも、寝ぼけていたのでかなり曖昧だが、、、



 空港から宿までは地下鉄で行くことにした。

 初めての土地に着く時に一番嫌なのは夜に到着することだ。 時計を見上げると、既に夜の8時を過ぎていた。 僕はほとんどの乗客が違う方向へ歩を進めるのも気にせず、地下鉄のサインを追って足早に歩いていった。

 空港を一歩外に出ると、そこには夜の帳のなかに薄暗い明かりがあった。 その心細い明かりを頼りに、僕は地下鉄の入り口に入っていった。



 あてにしている宿は『 HIDALGO 』という駅の近くだった。 インフォメーションでもらったメトロ・マップで確認してみると乗り換えが必要なようだった。 地下鉄の中は明かりが灯してあるはずなのに、何故か薄暗く思えたのはきっと殺風景なプラットフォームのせいだろう。

 僕の想像していたよりも、夜の9時を過ぎている割りには人が乗っていた。 大きな荷物を抱えて乗車してくる東洋人に対して乗客の表情は特に変わる事はなかった。 一外国人としては気にしてもらわなくて結構な瞬間なのだが、全く関心を示さないその表情に少し寂しい気もした、、、

 それでも、メトロの中では集団によるスリ、、、 というか、集団強盗が多発しているので注意は必要だ。 そんなことを知りつつもメトロを選ぶのもどうかと思うが、、、 一応の注意と緊張感を保ったまま、車窓の外に広がる少し不気味な街並みを眺めていた。



 地下鉄を出た僕の目には眩いばかりの光が飛び込んできた。 地上出口の周りにはたくさんの露店と屋台がひしめき合っていた。 狭い歩道を更に狭めるその露店と屋台はどこまでもどこまでも続いているようだった。

 目は完全に覚めていた。

 見慣れない屋台の食べ物や、スペイン語で書かれた看板、ところ狭しと並べられた日用雑貨、それに人々の熱気が織りなす特別な雰囲気に僕は吸い込まれるようにその光の中を歩いていった。


 、、、歩いた。


 、、、歩き続けた。


 、、、


 、、、


 それにしても、


 、、、


 、、、


 「 宿はどこにある? 」



 、、、


 、、、


 、、、


 Σ( ̄□ ̄;)


 どうやら異国の地で到着早々から、迷子になっていた!

 まだ喋ったこともないスペイン語で人に助けを乞うたり、状況を説明したりするのは至難の業だった。 手元にあった地図を見せて、目的地を指で指すと、、、 どうやら全く違う駅で下車してしまったらしい。

 下調べをした段階での記憶を頼りに歩いていったのが失敗の要因だった。 その何処か勝気というか、強気な性格が災いして、、、

 とにかく、なんとかしなくてはいけなかった。 それが、長時間に渡るフライトの後で、寝ぼけていて、いかにフラフラしていてもなのだ!



 時計の針は夜の10時をとうに過ぎていた、、、






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by hitoshi280477 | 2004-09-01 04:42 | Mexico