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Bolivia 「 ボリビア@南米 」

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アンデスの懐深く、、、 インディヘナの色は濃い。

Bolivia ボリビア@南米

2004年12月の旅話。


   Bolivia vol.1 「 コパカバーナ経由で行きましょう 」 -未-
   Bolivia vol.2 「 世界最高所の・・・首都? ラ・パス 」
   Bolivia vol.3 「 ペーニャの熱い夜 」
   Bolivia vol.4 「 インディヘナのおばちゃんたち 」
   Bolivia vol.5 「 ポトシ鉱山・・・3K以上@標高4000m! 」
   Bolivia vol.6 「 ウユニ塩湖ツアーに参加するまで、、、 」
   Bolivia vol.7 「 Salar de Uyuni ウユニ塩湖 」
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by hitoshi280477 | 2008-03-01 18:16 | Bolivia

Bolivia vol.7 「 Salar de Uyuni ウユニ塩湖 」


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「 Salar de Uyuni 」 ウユニ塩湖、、、 世界最大の塩湖といわれる地。 学術的には「塩原」。

見渡す限りに続く真っ白な世界は、まるで別の惑星を訪れているかのような錯覚を引き起こす。

このような光景が、標高3700mを越えるアンデス山脈の一部だということに驚かされる。



富士山の頂上と同じくらいの高さにある、四国の半分くらいの面積の塩湖、、、 スゲェ規模の話。


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「 塩の山 」 小さな山を作って乾燥させている。

地元の人は、ここで生活に必要な塩分を手に入れることが出来る。

また、商売もしている、、、 ので、上ってはいけない!?

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乾季のこの時期、大地は真っ白に染まる。

それは、ここがかつて海であったことを教えてくれている。

この光景を前に、地球が生きていることを実感する、、、 感動。


ちなみに、雨季の時期にはこの塩湖一面にうっすらと水が張る。

その様子は映像で観たことがあったのだが、その水面に空が映って、、、

まるで空に浮かんでいるような不思議な光景。


次回来る時は、絶対雨季!!


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通称「 塩のホテル 」 実際に宿泊可能とのこと。

その全てがここの塩で出来ていて、内部にあるベッドから、テーブルから、何から何まで、、、

きっと塩による乾燥が酷いだろう、、、 が、ここに泊まると塩湖に浮かぶ朝日が拝めるとっ!?

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「 Isla de Pescado 魚の島 」 真っ白な世界に存在する普通、、、 でない異常な島。

遠くから見ると、その島の形が魚の形をしているからそう名付けられたそうな。

残念ながら、ここには魚は存在していない、、、 たぶん生物は無理。

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島にはたくさんのサボテンが生息している。

というか、この極度の乾燥地域ではサボテンしか生きられない?

高台に登ると、そこからウユニ塩湖の真っ白な世界を満喫できる♪

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ウユニ塩湖を離れると、今までのそれとは一風変わった雄大な景色が広がっている。

湖や山が多い。 ちなみに、手前の湖はたくさんのフラミンゴが生息していて、奥の山は活火山、、、

およそ人の住めるような環境ではなく、そこには自然界のありのままの姿がある。

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真っ赤に染まる湖。 きっと塩分濃度が高いとか、どうとかそういうことなのだろう。

ちなみに、緑の湖というのも存在する。 実際、そこまで緑ではないものの、やはり奇景なり。

この辺りも標高3500mくらいの筈。 つまり、非日常的な世界なのだ!

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アンデス山脈にはこういったラクダっぽい動物が多々生息している。

これは恐らく、「 ビクーニャ 」。 他種のリャマやアルパカも似たような感じ、、、 かなり大雑把だが。

ちなみに、このビクーニャの毛はかなりの高級品で、100%だとコート一着数百万円とも!?

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岩陰に潜むウサギ、、、 超可愛い! ちょっと居眠り中?

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「 albor de piedra 石の木 」という名のこの、、、 石? 木?

こんなんが大地に突き刺さっている、、、 というか、大地から生えている!?

高さは推定で約6mくらい、、、 自然はやっぱり妙だ。 

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朝一番で訪れた場所、、、 一体ここは何処!?

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地球の息吹を感じる光景、、、

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まるで地獄絵図のような場所。

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「 ウユニ塩湖 」の存在は旅人伝いに聞いていて、是非とも訪れてみたかった場所だった。

実際、塩湖にいた時間というのは2泊3日のうち数時間と短かったものの、結果としては大満足♪

それもこれも、ウユニの、、、 アンデスの、、、 地球の自然の姿を目の当たりにすることが出来たから。


標高4000mを越えるこの地が、かつては海の中だったことを教えてくれたり、

火山や湖や動物やらが教えてくれたことは、、、 他では学べないことだと思う。 猛烈感動!

そして、こんなとこで温泉に入れるということも!? ちなみに、付近には凍った水溜りが、、、







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by hitoshi280477 | 2004-12-07 11:13 | Bolivia

Bolivia vol.6 「 ウユニ塩湖ツアーに参加するまで、、、 」

a0086274_16584241.jpg 目が覚めるとそこには見渡す限りの真っ白な世界が広がっていた、、、

 どうやらここに来るまでの移動中、車の中で眠ってしまっていたらしい。 きっと昨晩の短すぎた夜行バスのせいだろう。 夜の7時半に「 ポトシ 」を出発したバスは、夜中に一度故障かなんかで止まったものの、まだ夜も明けきらぬ午前3時頃に予定通りに ウユニ の街に到着した。

 こういう時に限って予定通りに着いてしまうのがボリビアの不可解なところなのだが、、、 夜行バスで移動中の時間を睡眠時間と照らし合わせて考えていたので、下調べの段階で移動時間が短いことは知っていた。

 だからこそ、チケットを買ったポトシのオフィスで僕はウユニ到着後バスの中で寝れるかどうかちゃんと確認していたのだ。 にも関わらず、ウユニに着いた途端に「 バスを降りろ 」と言われたのだった。 



 こういった不可解で、不愉快な事件はこういった国ではよく起こるのである。

 そした、それは起きて欲しくないときに限って起きるのだ、、、

 今回のように!



 既に荷物が放り出されていた事もあって、とりあえずバスを降りて、荷物を確保することにした。 半開きの目で辺りを見廻すと、どうやらここで全員がバスを降りているようだった。

 よく見ると、そこはバス会社のオフィスの目の前だった。 時計を見ると、午前3時半頃だったのには正直驚いた。 、、、予定通りの到着なのである。





 とりあえずバスの運転手に抗議すると、「 オフィスの中で寝ればいい 」というではないか!? そんなこと知ったことか、という運転手の態度は気になったがそれ以上に眠くて、寒い。

 「 それなら、そうと、、、 」と思いつつ早速オフィスの中に入ると、そこには既に到着したばかりの人と荷物、更に5時半発のバスを待つ人と荷物でごった返していた、、、 眠る場所などないのだった。



 頭にきたので、オフィス内の机の後ろを他の日本人旅行者と占拠した。 場所取りを始めた時点で、オフィスのお姉さんは文句を言ってきたが、こればかりは譲れない。

 何せ時刻はまだ午前3時半なのだ。 外は暗く、そして冷たい風がびゅーびゅー吹いていたのだから。 お姉さんには気の毒なのだが、僕ら旅行者もお気の毒なのだ。

 ちゃんと事前に話しを着けていたのに、このザマだ。 ガンガンに文句を言ってくるお姉さんの話しをどうしてこちらがマトモに聞くことが出来るのだろうか?

 そんなこんなで夜が明けるまでのとりあえずの場所は確保出来たものの、やはりそんな状況下で眠れるわけはなかったのだった、、、





 朝6時半頃。 まだ早いとわかりつつも、オフィスを後にした。

 実はあの一悶着あった後、オフィスのお姉さんとは和解して、世間話を少ししていた。 しかしあまり居心地の良くないオフィスに留まる理由もないし、それ以上にしなければならないことがあった。 ウユニ塩湖へのツアーを探さなくてはならないのだ。

 明らかに何もなさそうなこの街で、2日も3日も潰すわけにはいかない。 それにはほとんどのツアーが出発する11時頃までには何としても見つけなければならなかった、、、



 オフィスを出ると、辺りにはそれなりの人の数が見えた。 ツアーを主催する旅行代理店は鉄道駅の目の前の広場のあたりにたくさんあると聞いていたので、とりあえずそこまで歩くことにした。 広場に近づくに連れ、だんだんウユニ塩湖へのツアーを記した看板が増えていくのがわかった。 そして、既に通りではツアー用と思われるランドクルーザーを目にすることが出来た。

 きっと何処のツアー会社での同じような内容だろうとタカをくくっていた分、何処にしようか迷ってしまった。 時として選択肢が多いのに困る。

 地元の人の評判はどうかと思い、オフィスのお姉さんに何処かお勧めのツアー会社はないか聞いていた。 他にアテのない僕は、とりあえずそこに行ってみることにしたのだった、、、



 「 RELI TOUR 」 そこが僕が聞いていたツアー会社だった。

 早速オフィスの目の前で勧誘され、奥の部屋でツアーについての説明を聞かせてくれた。 ここに来る旅行者の目的は唯一つ、ウユニ塩湖へ行くためだけなのだが、そこへは自力で行くことは出来ない。 出来なくもないのだが、自力で移動をしていない僕のような旅行者は皆こうしてツアーに参加を余儀なくされるのだ。 その分向こうは慣れているので安心できる。 ある意味、安心できない部分もあるのだが、、、

 用意されたツアーマップを元に、簡単な説明は終わった。 どうせ何処も同じなのだろうと思って聞いていたし、半分寝ていたのでほとんど聞いていなかった。 肝心なチリまでの所要日数と今日中に参加出来るかどうかだけは確認した。

 そして、残るはメインの「 ラスト・プライス・バトル 」だ。



 「 $65 」

 「 ふーん、でももう少し何とかならない? 」

 「 これは何処のツアー会社でもほとんど同じなのよ 」

 「 何処のツアーでも同じならそっちも確認しに行かなきゃ 」

 「 、、、 」



 「 あなた学生? 学生なら学割で$60にしてあげる 」

 「 学生ですっ!!( 偽学生ですが、、、 ) 」

 「 じゃあ、$60にしてあげるからいいわね? 」

 「 でもボリビアーノしか持ってないけど 」

 「 そしたら、、、 」 ピッ、ピッ、ピッ、、、



 484.8Bs



 「 んっ? ちょっとおかしくない? 」

 計算機を元にはじき出された数字は、ちょっとおかしく思えた。



a0086274_16585753.jpg どうやらお姉さんは$1=8.08Bsというレートで計算したいたらしい。 しかし、首都のラ・パスでは$1=約8Bsというか8を切っていた時もあった。 ここが為替レートの妙なところなのだが、US$から両替するときにはBsの数字が大きいほうが良い。 しかし、反対にBsをUS$にするときはBsの数字が小さいほうが良いのだ。

 至極当たり前のように聞こえるが、ここで注意しなくてはならないのは折角交渉して安くなっても、US$払いのものを、地元の通貨( ここではBs=ボリビアーノ )への換算レート次第では結局安くなっていない時があるのだっ!

 と、いうことで「 その端数を切った480Bsでっ!! 」とそのお姉さんを押し切ったのだった。 こちら側に選択権があるので、話はすぐに決まった。 むろん話しがまとまるという時点で、向こうにはちゃんと利益が出るのだから問題ないのだ。  勝つとわかっている交渉ほど楽チンなものはない。

 お姉さんも「 商談 」がまとまって、どこかニッコリ、、、



 これで、南米旅行のハイライトの一つというべき「 ウユニ塩湖 」へ出発できる、、、






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by hitoshi280477 | 2004-12-06 11:11 | Bolivia

Bolivia vol.5 「 ポトシ鉱山・・・3K以上@標高4000m! 」

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 ボリビアに世界最大規模の銀山がある。

 スペイン人の到来した16世紀半ばに発見され、今日ではボリビアの経済を支えるほど大きな産業へと発展している。 ポトシ という街はその鉱山で働く人々の為にあるような、そんな街だ。

 そしてここは標高4070mもある世界最高所の都市ということでも知られている。



 実はこの鉱山、旅行者たちもツアーで訪れることができる。

 ツアーといっても、作業服やらヘルメットやら長靴やらをしっかりと装着して鉱山の中に入るという実に本格的なものだ。 参加費用は旅行代理店によってマチマチだが、30-50Bs( 約500-600円 )なので参加費用だけは気軽なものなのだ。 各代理店によって訪れる場所が違うので、今回は高めの料金のところにすることにした。



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 ツアーは朝早くから始まり、まずは作業着を選ぶところから始まる。 作業着とはいっても、所詮観光客用なので簡単なもので、ただサイズ選びだけするといった感じ。

 続いて、自分たち自身と訪れる現場の鉱夫たちへの差し入れなどの買出しだ。 しかし、まずここで僕が買わなければいけなかった物といえば、防塵マスクだ。 何でも鉱山内は結構埃がすごいらしく、これがなくては危ないらしい、、、 そして、差し入れとしてガイドの勧める物を数点購入。 水やジュースといった飲み物類。 コカの葉。 96度あるアルコール。 そして、、、 「 ダイナマイト 」!?。

 飲み物の差し入れはわかるが、何故コカの葉なのか? 何故96度もあるアルコールなのか?? 何故ダイナマイトなのか???




 「 コカの葉 」

 鉱山労働者たちは鉱山内ではこれを口に含んだまま仕事をするのだそうだ。 何でも200枚ほどを一度に口に含むらしい。 一度口にすると効能が約4時間ほどもつとのこと。 なので、鉱山内では誰もが口をモゴモゴしていたり、口の中に溜めてあるコカの塊がたこ焼きのように他の者には見える。 ちなみにこのコカの葉をちゃんと精製するとコカインになるらしい。


 「 96度のアルコール 」

 これだけ度数が高ければ、もはや飲み物としてのお酒ではないのだろうが、どうやら鉱山内ではこれが必要になるらしい。 「 素面しらふではやってられねーっ!! 」ということなのだろうか?

 「 ダイナマイト 」

 鉱山内ではTVや映画で見たことがあるようなサイズの小さなダイナマイトを使って、ところどころ爆発させて鉱物を採る。 ここでは小さな商店でも購入でき、気になるお値段は、、、 なんと、120円! 


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 最初に訪れた場所は銀の精製工場。

 鉱山から採れた銀の混じった岩のような物体をここで粉砕機にかけ、水を混ぜて粘土状にする。 そして、軽くこして、、、 と、ここではここまでなのである。 驚くことにとても精製工場とは思えないほど簡単な作業しかここではやらないのである。

 やらないのか? できないのか? それはわからないが、銀を含んだ粘土状のものはここからチリへと運ばれる。

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 鉱山を背景に記念撮影をしたところで、入山準備に取り掛かった。



 現在の鉱山労働者たちはバッテリー式のヘッドライトを使っているのだが、どうやら僕らは旧式のものを使うらしい。 旧式のものとは、腰には鉄製の筒を付け、その中に硝酸?と水を混ぜたものを入れておく。 そして、その筒からヘルメットにあるランプの先端まで繋がれたチューブの中を可燃性のガスが通じているという仕組みだ。

 というわけなので、ヘルメットの先にあるランプからは火が「 ゴーッ、ゴーッ 」いいながら常時出ているのである。 何とも原始的で、恐ろしい装置だが、ガイドによると何でもこのほうが鉱山内で有毒ガスが出たときにすぐ察知できるから安全だとか、、、

 しかし、プラスチック一枚隔てたおでこのところで火が燃え盛っているのである。 落ち着けるはずはないのである。 


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 鉱山内部へはトロッコ用に用意されたレールずたいに進むことになる。 このトロッコは内部で掘り出された鉱物を外へ運び出すためのものだ。

 しかし、数台あるトロッコに対してレールは一つのみ。 どうやってすれ違うのかというと、空のほうの一台がレールの両側に逃げるスペースがあるところで、脱輪させよけるのだ。 空のトロッコとはいえ、見るからに重そうだ。 これを毎回やるのである。 大変な作業だ。

 鉱山内を蟻の巣のように走っているトンネルは全部で約4Kmあるとのこと。 それを3時間ほどかけて行くのだそうだ。

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 鉱山内部は相当厳しい環境だ。 薄暗く、蒸し暑く、空気が希薄で、埃っぽい。 その中で鉱山労働者たちは食事もとらずに、コカの葉のみを口に含んでの長時間労働となる。 確かに素面ではやってられない仕事のようだ。



 僕の見た鉱山労働者の多くはまだ十代後半の面持ちをしていた。 話を聞くと、みな12歳ぐらいからこの鉱山へ稼ぎにやってくるのだという。 早くから安定した収入を求めて、この劣悪な環境の仕事をしに来るのだそうだ。

 まずはトロッコ押しといった単純肉体労働から始まって、その後徐々に鉱物の探索・掘り出し、爆破物の取り扱い、重機械の取り扱い、、、 などとキャリア・アップしていくとのこと。

 単純に見えるが極めて過酷な仕事ばかりだ。 何よりもまず危険が伴うだろうし。



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 そんな鉱山労働者たちがそういった危険な作業を無事に、またより多くの銀を採掘出来る事を願って祀っているのが、 地母神である「 パチャ・ママ 」だ。

 何処の鉱山内部にもこのパチャ・ママの像を建てて祀ってあるらしい。 このパチャ・ママは見た目はとても訝しいのだが、地元の人々にとってはスペイン人に無理やり押し付けられたキリスト教以前からあるもので、今でもインディヘナの人々が多い地域には祀られてあることが多い。

 その神の目の前で僕らは先ほど購入した96度のアルコールを一口ずつやるのだが、、、 傍から見たらとても正気の沙汰には見えないことだろう。

 何せパチャ・ママは女性のおっぱいに、男性の性器を兼ね備え持ち、口には煙草を吹かしているのである。 そして、僕らはトンネルと呼ぶよりはむしろ洞窟のような場所にあるその神の目前で、喉が焼けるほど強いお酒を飲み交わしているのである、、、



 話で聞いていた以上にここで働く鉱山労働者の環境・待遇は大変そうだった。

 何でも、この過酷な労働の見返りとしてもらえるお給料は一日あたり$3くらい。 それでも、ボリビアでもらえるお給料としては良い方だそうだ。

 しかしながら、体を酷使し過ぎて壊す人や、50代で引退しても肺の病気で早くに亡くなる人が多いそうだ。 以前にはそんな状況の改善を求めていろいろと事が起こったらしく、鉱山労働者にも選挙権やなんやらかんやら認められたらしいのだが、それも昔と比べて別段に良くなったわけではないということだ。





 「 3K 」なんて言葉がいつか日本でも話題になったことがあった気がする。 それはここの鉱山で働く人たちにはどう見えるのだろう? まるで、自分の命を削るかのごとくで収入を得ている人たちが今日もここにいる。

 スペイン統治時代の搾取される時代は過去のことかと思われがちな今日この頃であるが、この現場を見ればそれは今もあんまり変わらないのではないか?と、思わずにはいられない。 もちろん昔と違うのは、昔よりは少し生き方の選択肢が広がったように思えるところだけである。

 しかし、日々の収入を得るための選択肢や、生きていく厳しさはそうあまり変わらないようだ。



 嗚呼、この世界はこうやって形成されているのだろうか?



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by hitoshi280477 | 2004-12-05 11:06 | Bolivia

Bolivia vol.4 「 インディヘナのおばちゃんたち 」

 アメリカ大陸に住む先住民族が「 インディヘナ 」と呼ばれるようになって久しい今日この頃である。

 元はと言えば、かの有名な「 クリストバル・コロンブス 」が欧州からアジアへの航路を探し求める旅路で偶然見つけたアメリカ大陸をインドと間違えて、そこの先住民族を インディアン と呼んだのが事の発端だ。

 先住民族にとっては甚だ迷惑な話だろうが、数百年経った今、その張本人はこの世にいなくても、インディアンという呼称は一般的になってしまった。 ちなみにスペイン語では「 インディヘナ 」という。



 「 インディヘナ 」と呼ばれる人たちの定義だが、いわゆる先住民族で、先祖はまだベーリング海が繋がっていた時代にアジアより渡ってやって来たモンゴロイドだ。

 「 日本人に似ているか? 」と聞かれれば、「 まあ、、、 似てるかもね? 」と答えてしまうくらいには似ていると思う。 そして、数千年経った後、スペイン人の到来・支配の時代がくる。 その時代、400年ほど続いたわけだが、スペイン人と地元インディヘナの混血化が進んだ。 カテゴリー分けすると、、、


 純スペイン人

 純スペイン人を親にもつ南米生まれのスペイン人

 メソティーソ = スペイン人とインディヘナの混血

 インディヘナ = 先住民族


 という具合になっている。 そして、ここボリビアは南米の国の中で他の国に比べてインディヘナの人口の割合が高い。



 武力で人を制していた時代の名残が、実は今も見ることが出来る。 街を歩けばそれがわかる。

 単純労働や、肉体労働、いわゆる3Kなんかはほとんどインディヘナの人々の仕事だ。 街に溢れている露天や屋台、庶民の台所と呼ばれる市場で働いている人たちだってほとんどインディヘナだ。

 逆に、銀行やオフィスワークなどの仕事、いわゆるホワイトカラーの仕事をしているインディヘナを僕は見た記憶がない。 これはどう考えてもスペイン統治の名残が今もあると言えるだろう?





 インディヘナとはどういう人たちなのか? わざわざ定義する必要はないが、僕が個人的に思うには、、、



 「 自分勝手 嘘を平気でつく 不親切 無関心  いい加減  がめつい 短絡思考 」



 こう書き出してみると、とても酷い人種のように思えるが、本当のことだと思う。 別に個人的にうらみがあるわけではない。 もちろんインディヘナの人々全員が全てに当てはまるわけではないのだが、でもほとんどの人はこんな感じだ。 特にインディヘナのオバちゃんはすごい、、、



 話に聞いていたのは、大型バスで移動中に突然通路で用を足す、隣に座っていた旅行者の服で食事で汚れた手を拭く、人の荷物を踏みつけたりする、などだ。

 そして、何でもすぐ口に出す、、、

 というか、逆に言いたいことはたくさんあるっ!?


 悪口や愚痴なんかを念仏のようにずっと言い続けるのはやめて欲しい。

 そして、ボッてくるのもやめて欲しい。

 オバちゃん同士、つまらないことでしょっちゅう口喧嘩するのもうるさいのでやめて欲しい。

 いつも「 チーノ、チーノ ( 中国人 )」とか言うくせに、何か物を買って欲しいときや、手伝って欲しいときだけ「 Joven ( 若者 若い人 ) 」とか呼ぶのは頭に来るのでやめて欲しい。



 と、まあこんな感じなのだが中には良いオバちゃんもいたりする。 ごく稀に。



 インディヘナの人々の今の暮らしを見れば、そういう風になってしまうのも致し方ないとも思える。 スペイン人到来以来ずっと大変な思いをして生きているのだろうか、しょうがないのだろう。 と、言えるくらいまでに止めておいて欲しい。



 インディヘナのオバちゃんたち、、、 僕の出会った民族の中で一番濃い印象が付いたのは言うまでもないわな。

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by hitoshi280477 | 2004-12-04 11:05 | Bolivia

Bolivia vol.3 「 ペーニャの熱い夜 」

a0086274_20145147.jpg 「 南米 → アンデス → フォルクローレ 」というのが、ここ南米に来るにあたって僕の頭の中にあった。 

 いつか何処かで聞いたような、あの哀愁漂うフォルクローレを本場で聞いてみたい。 それはここボリビアに来て、現実的になった。 というのはフォルクローレとは、どうやらボリビアの音楽そのものだからだ。

 実は本を読むまで、フォルクローレというのはアンデス山脈一帯に広がっているものと思っていた。 何故かそう勝手に思い込んでいたのが今日まで続いていたのだ。

a0086274_2015126.jpg ラ・パス到着後、調べてみるとフォルクローレはどうやら「 ペーニャ 」と呼ばれるライブハウスで行われるのが普通だそうだ。

 1時間半ほどの長い前座っぽいのが終わると、遂にここ「 マルカ・タンボ 」の看板スターがやって来た。 そう、、、 彼は見るからにスターなのだ!

 一人白いジャケットをまとった加山雄三氏タイプの人、、、 その格好が既にスター!?

 さっきまでのりのりで司会を担当していた人も、彼が登場してからは少し控えめになってしまった、、、


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 ここへは他の旅行者の誘いについて来ただけなので、あまり下調べをしていなかったので誰が何をどうやるのか何て何も分かっていなかった。

 そう、僕はわかっていなかったのだが、、、 彼の登場で最初の1時間半は前座に過ぎなかったことがわかった。

 そして、彼が本当にここのスターだというのは、他の観客の彼に対する注目の仕方から容易に察することが出来たのだった。


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 「 ぺぺ・ムーリョ 」

 このペーニャで活躍する長寿バンドのボーカル兼チャランゴを務める。 かなり年季が入った人だというのは、その余裕さえ感じられるにこやかな表情と、痛快なトークから誰でも感じられるところだろう。 良い顔をしているのである。

 聞けば、ここボリビアではかなりの有名人らしく、フォルクローレを学びたい人たちのための学校も経営しているとか?


 もちろんその腕前も、25年以上にわたるキャリアを裏づけさせるものが素人の僕にでさえ感じ取れるほどだったのは言うまでもない。

 挨拶程度のオープニング曲からでさえ、彼と彼らは圧倒的に本物だった。

 どうみても初老の人たち揃いなのに、あの迫力を見てしまえば、それは信じがたいところだ。 

 「 まだまだこれからっ!! 」というのを彼らから感じぜずにはいられないのだ。

 そして、パンチの効いたぺぺのトークが会場を更に盛り上げていった。 そして、、、




 宴もたけなわ、、、

 ぺぺがこちらを見て何かを言っている。 きっと「 今宵は日本からも観に来ている人たちがいるから、、、 」などと言っているのだろう。 そう思って、少し愛想笑いをしていた僕ら日本人旅行者は驚いた、、、 聞いたことがあるメロディーが流れてきたのであるっ!



 曲は「 上を向いて歩こう 」だった。



 しかも、ぺぺが出だしの部分を歌っているではないかっ!!





 異国を旅する旅行者にとって、とても嬉しくなる瞬間というのがある。 それは祖国日本の言葉や、食べ物や、Made in Japan製品や、国旗などを含む日本の文化を遠く離れた異国の地で接するときだ。

 「 愛国心 」というのが取り上げられる昨今の世の中だが、一人国を遠く離れたところで日本の文化に接した時のことを思えば、僕の中には愛国心というのものの存在を否定することは出来ない。



 う~え~を向~いて

 あ~~~るこうおうおうおう~~

 涙が~こ~ぼれ~

 な~いようおうおうおうに~~



 大声で歌っていた。 最初は突然の展開に戸惑っていたものの、元々好きな歌だし、あまりにも嬉しくて本気で歌っていた。



 本当に涙が出そうになった。 単純なのだ。



 曲はちゃんと最後まで演奏してくれた。

 歌っている途中に周りのテーブルに座っていた人たちが大声で歌っている僕ら日本人観光客を微笑ましい顔で見ていたのか、訝しい顔で見ていたのかは知る由もなかったが、終わった後の拍手を聞いて、きっと良かったのだと勝手に解釈した。

 終いには「 ありがとう、ぺぺッ!! 」という気分になっていた。



 その後もスター率いる長寿バンドの演奏は続き、他の色んな国から来ていた観客たちに、僕たちの時と同じようにその国ゆかりの?曲を数曲演奏した。 そして、ボリビアの音楽と続き、ぺぺの声はますます張りが出て、バンドのメンバーも一心不乱に演奏し、舞台は大盛り上がりとなった。





 ペーニャを後にする時、僕の心の中は何とも言い難い充実感で溢れていた。 正直言うと、僕が想像していたような「 あの哀愁漂うアンデスの音楽 」という感じではなかったというのはあった。

 しかし、そんなことはもうどうでも良くなっていた。 ぺぺや、他のバンドのメンバーのあの熱い演奏を前にしてはそんなことはどうでもいいのだ。

 長寿バンドと形容されるように、皆本当に初老の人たちばかりだ。 なのに、あたかも今が全盛期のようなあのバンドのメンバーを見て、僕は何だか少し勇気を分けてもらったような気になっていた。

 というのも、僕の知っているあの年代の人々の中で彼らほど精力的で、格好良い人はそういないだろう。 誰にでもいつかその年代に入る時が来る。 僕もこれからは体力的には衰える一方で、いつかはその年代になる、、、 正直、少し怖い気もする。 しかし、、、



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 僕は思った。


 人生の全盛期なんてものはいつなのかわかりゃしないもんだ。


 輝いている人は、輝いてる。







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by hitoshi280477 | 2004-12-03 11:03 | Bolivia

Bolivia vol.2 「 世界最高所の・・・首都? ラ・パス 」

 南米大陸の西側、ほぼ中央に位置する国、、、 ボリビア。 国土の1/3がアンデス山脈で占められていることから、標高が高いことで知られている。 中でも首都のラ・パスは標高が3650mあって、世界最高所の首都ということは有名だ。

 以前出会った旅の先輩の思い出の地であるラ・パス。 話を聞いていたお陰で、僕にとっては初めての土地なのに、街に近づくにつれて何だか懐かしい気がしてきた。 ティティカカ湖を離れたバスは一路ラ・パスを目指していた。 出発が朝早かったこともあって、僕はいつの間にか昼寝をし始めていた、、、

 数時間後。 ふと目を覚ますと、バスが大きな弧を描くように走り出したことに気づいた。 窓越しに目を外にやると、聞いていた通りのアンデス山脈に囲まれるようにして造られたすり鉢状の街がもう見えてきていた、、、 ラ・パス到着だ。


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 先住民インディヘナが人口の半分以上を占めるボリビア。 ここラ・パスでは今まであまり見かけなかった昔ながらの伝統衣装をまとったインディヘナの人々の姿が当たり前のように見られる。

 元々、インディヘナの人々の土地なのだからその数が多いのはごく自然なのだ、と言いたいところなのだが、実際それは違う。 中米、南米に住んでいる彼らもこれまで通ってきたコロンビア、エクアドル、ペルーの都会では目にすることは稀だった。

 しかし、ここラ・パスは違う、、、 街はインディヘナの人々と色で溢れていた。



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 ラ・パスの街には露天が多かった。 広場や大通り、路地裏や階段にまでもずらっと並ぶ露天の姿は圧倒されるほどだ。 久しぶりに密度の濃いところへ来た印象を受けた。

 取り扱うのは日用品から電化製品、民芸品にコピーCDなどなど。 僕もここで必要と思われる買い出しはほとんど済ませることが出来た。 中でも、ずっとお世話になっていたコイルヒーター( 湯沸かし器 )をもう一度手に入れることが出来たのは幸いだった。 しかも、以前持っていたものと全く同じ台湾製。 遠く台湾を離れて、ここ南米の、しかも海にも面していない国ボリビアで見つけることが出来たのは驚きに値する。

 しかも、更に驚くべきことに、以前買ったのはネパールなのだが、ネパールでは$1だったのに対し、ここでは約60セントで買えた、、、 一体、本当はいくらで出来ているのだろうか? とりあえず、対費用効果は抜群だ。


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 屋台の数も同様に多くて、フレッシュジュースや串焼き、フライ屋などがいる。 中でもエンパナーダというインド、ネパールあたりでいうサモサのような揚げ餃子?はすぐに僕のお気に入りとなった。

 名前から察するとおり、要はパンなのだが、中にはジャガイモを主とした具が入っていて、鶏肉やら牛肉やら卵やら選べる。 唐辛子のソースが用意されてあって、それを好きなだけかけて食べる。 一個、1ボリビアーノ( =12円 )。

 立ち食いスタンドのようになっているが、いつも地元の人でいっぱいだ。 一つ一つはそこまで大きくないが、三個も食べれば充分な食事となる。 どこか懐かしいアジアの屋台を思い出させるような食べ物だ。



 市場もある。 洋服に、靴に、台所用品に、、、 何でも揃えることが出来る。 おまけにスリもいるが、、、

 ここも他のどの国の市場と変わらず、同じ品物が同じエリアに軒並み売られているのは解せないが、活気のあるところだった。 食堂もあって、大衆食堂だけあって安くて、量は多い。 味は正直イマイチだが、食事の偏りがちな旅先ではこういった大衆食堂の存在は非常に助かる。 ただ、お店同士の競争は激しようで、いつも客引きの仕方がすごかった、、、





 「 La Paz ラ・パス 」というのはスペイン語で「 平和 」という意味らしい。

 しかし、ここを訪れたことのある旅行者でその意味を後で知った人はきっと首をかしげていることだろう。 どういった経緯でこの街がそう名付けられたのか僕には知る由もないので言うことはないが、一つだけ言いたい事と言えばラ・パスの街旅行者にとって全然平和ではないということだ。 強盗、スリの類が多いのである。

 話によると、首絞め強盗や、唾かけ強盗が特に多いとのことだ。



 前者は突然背後から首を落ちる( 気を失う )まで首を絞められ、現金やパスポートなどの貴重品を全て持っていかれるらしい。 これはエクアドルやペルーでも同様に多い。 相手は一応その筋のプロなので、被害者が180cmを超える大柄の人でも関係なかったし、女性でも関係ないらしい。

 犯行は複数によるものとみられるが、何せ被害者の意識がなくなっているのでどういう状況下で犯行が行われたか正確にはわかりづらい。 基本的に一人でいるときにやられるらしく、周りにいる地元の人は誰も助けてくれないという恐ろしい話だ。

 防犯対策としては、、、 一人であまりうろつかないこと?



 後者もまた何処からともなく、突然唾が飛んでくるという恐ろしい強盗だ。 実際に被害にあった人に話を聞いてみると、周りに人がたくさんいようがいまいが関係ないらしい。

 唾を体や服に付けられ、「 唾が付いてるよ、拭いてあげるよ 」などと言って強引に触ってきて、ポケットなどから貴重品を盗るらしい。 犯行は2ー8人にも及ぶグループによる計画的犯行だ。 きっとある特定の場所で罠をしかけて待っているのだろう。

 対策としては、、、 唾をかけれても無視すること? でも、それはキツいでしょう?



 更にこの街には偽警察や、本物の警察が旅行者にたかってくるということまであるらしい。 それなのに、観光局はもっと旅行者をこの街に呼ぼうとアンケート調査をJICAのスタッフにお願いしているというからお笑いだ。 まず己が身を正して欲しいところである、、、



 「 一体、この街の何処が平和なのだろう? 」と、ここを訪れる旅人たちはきっとそう思っているに違いない。

 ちなみに、ラパスは、ボリビアの首都であるのだが、、、

 「 憲法上の首都はスクレであるが、ラパスは行政・立法府のある事実上の首都である 」とのこと。 ちょっと分かりづらい、、、





 相変わらず街はごった返しているし、旅行者を狙った犯罪は多いし、汚いし、、、

 言葉にするとあまり感じの良くない街のように聞こえるが、しかし僕のような旅行者にとってしてみればそういうアクの濃い所の方が面白いのである。

 旅とは、得てしてそういうところも楽しみになるものなのだ。



a0086274_19193688.jpg ちなみにボリビアは中南米では「 革命戦士 」として名高いあの「 チェ・ゲバラ 」が政府軍との闘争中に捕まり、処刑された国でもある。

 共産主義や社会主義を主張する者たちと当時の政府軍との戦いに、ゲバラも参加していたのだった。 キューバで成し得たような革命を再び目論んでいたのだろうが、、、 皮肉にも自らが支えようとしていた人々たちの賛同はそれほど得られなかったようだ。

 しかし、命を懸けて、ゲバラの成し遂げようとしていたこと、、、 それは人々の心の中にも今も残っているように思える。



 「 Toda nuestra accion es un grito de guerra contra el imperialismo 」

 我々の行動の全ては、帝国主義に対する、、、 抵抗の叫びだ。



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 「 REBELDIA 」

 抵抗






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by hitoshi280477 | 2004-12-02 11:02 | Bolivia

Bolivia vol.1 「 コパカバーナ経由で行きましょう 」

国境越え、、、

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by hitoshi280477 | 2004-12-01 11:00 | Bolivia