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Argentina 「 アルゼンチン@南米 」


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何処からともなく聞こえてくるのは、、、 あの音色♪

Argentina アルゼンチン@南米

2005年1月の旅話。

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by hitoshi280477 | 2005-01-21 21:54 | 未- Argentina

Argentina vol.7 「 世界三大瀑布 イグアス 」 -未-


 何処からともなく吹き上げてくる水しぶきのせいで、僕はもうずぶ濡れだった。 そこから下を覗けば、そこには圧倒的な水の量が作り出す、とても大きな滝が存在していたのだ。 聞けば、ここはこの滝のほんの一部に過ぎないという、、、

 僕にとっての滝というものは、何処かの山間の山頂から流れ出る水が高い場所から低い場所へと落ちるもののこと、という認識があり、ビジュアルイメージではその始点では小さな一点のように見えるが、落下点ではその水が落ちるに至って拡散される分、幅が広がっている感じだ。 イメージ的には空に上る竜のような格好だ。

 それがここではどうだろう? その圧倒的な水量に僕はただ唖然としてしまった。 なるほど、その 様 を見れば、人々がここを畏怖して「 Garganta del Diablo 」 悪魔の喉笛 と名づける理由がわかるする。 同じ気持ちに成らざるを得ない。 それほど、ここの滝は超自然的とでも言える雰囲気を醸しだしていた、、、


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 ちなみに滝つぼまでは70~80mあるとのこと。 覗き込めば、何故か引き込まれそうな気持ちになってくるから恐ろしい、、、





 ここは国立公園になっている。 基点となるアルゼンチン側の街、プエルト・イグアスからはバスで40分ほど行ったところにある。 園内はその規模の大きいことから、移動用の観光列車があり、観光客はそれを利用して園内を行ったり来たり出来る。 先ほどの「 悪魔の喉笛 」なんかは公園内の一番奥に位置しているために、この列車に乗らずしては観ることは出来ない。 この時の気温、40度近く。 列車がなければ諦めていたところだろう。

 その列車で戻ること数分、違う駅で他の旅行者に連れられて降りてみた。 歩いていくと、どうやらそこではこのイグアスの滝を上と下の二カ所で観ることが出来るという。 時間のなかった僕は、係員の勧めるままに上を目指して行くことにした。

 園内はここは「 熱帯雨林か? 」と思わせるほどに、緑が多い。 気温が上昇していることと、湿度が異常にあることから、歩くのはしんどかったが、途中に出くわすハナグマの可愛さにそれもいつしか忘れていた。 そして、しばらく歩くとそこには映画のワンシーンのような風景が広がっていた、、、



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 自然の織り成す景観というものは、口では表現しにくい。 この様な風景がこの世界にあるのかと思うと興奮せずにはいられず、自然の美しさを目の前にして僕はただただ感動するばかりだった。

 世界三大瀑布のうちの一つとして名高いイグアスの滝。

 圧倒的なその様相は、紛れもなく本物だった。






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by hitoshi280477 | 2005-01-20 10:09 | 未- Argentina

Argentina vol.6 「 タンゴは何処? 」 -未-

 アルゼンチンのブエノス・アイレスと言えば間違いなく「 タンゴ 」だ。 それは一体何なのか? ダンスということ以外は頭にない僕にとっても、観てみたいものの一つであることは間違いなかった。 それはアルゼンチンの牛肉よりも、ワインよりも、僕の興味を一番そそるものだった。

 しかし、問題は「 何処で観るか 」というのと同じくらい「 何処で観れるのか 」ということだった。 僕は、僕が勝手に想像するタンゴを観るべく、まずは会場を探さなくてはならなかったのだった。




「 路上でのタンゴ 」

 ブエノス・アイレス一の繁華街と言えば、フロリダ通りとラ・バジェ通りの交差する辺りだ。 その界隈にはお土産物屋や、洋服や、雑貨や、本屋を始め、カフェやレストラン、映画館などが所狭しと軒を連ねている。 そこを行き交う人々の往来は激しく、始めのうちこそ「 ああ、大都会なんだな、、、 」と思うが、しばらくすると嫌になるほど人で溢れている所だ。

 そのフロリダ通りとラ・バジェ通りの交差する辺り、日も傾き始めた頃に、二人の男女が何処からともなく突如現れ、スピーカーを用意し、それに集まる人々に囲いを作らせ、さも「 これから始めるぞっ 」とばかりに柔軟体操をしだすのだった。

 そして、頃合いを見るや否や、二人は踊りだした、、、


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 ブエノス・アイレスという大都会の真ん中で、彼らは他の通行人の迷惑を省みることなく、、、 というより実際は、他の通行人の中にも足を止める者が多かったのは意外だった。 それにしても、淡々と踊る彼らはタンゴを初めて見る僕を充分魅了した。

 ほんの数分のタンゴではあったが、思いがけないタンゴとの出会いに、彼らの用意した「 帽子 」に入れるコインも心なしか多くなってしまった。




「 Bar Sur 」

 某ガイドブックにお勧めのように書かれていたタンゴ・ショーをやるバー 「 Bar Sur 」。 街中にある金券ショップにてその入場券を購入した。 ただ、それが本当に入場するだけの券だったとは、向こうの入り口で「 予約なしでは入れません 」と言われるまでは知らなかったが、、、

 なんとか無理矢理入れてもらうと、そこには既に数人の観光客らしき人々が座っていた。 一番端っこの席に追いやられても、タンゴを観れると思うとそれはどうでも良かった。 ただ、つまみのような軽食は無料で付くのだが、飲み物代の高さには驚かされた。 法外だと言って間違いはないと思う。 とにもかくにも、「 ショー 」は始まるのだった、、、



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 気付けば、ここのショーはショーであって、タンゴのみのショーではないようだ。 ピアノやアコーディオンの音に合わせてタンゴがちらほらと出てくるのだが、総じて何処かの「 ディナーショー 」のようだった。 タンゴそのものは、小さなバーでのことだけに、迫力とは無縁の物静かなものだった。 それが僕の勝手にイメージする「 大人の洗練された、情熱的な踊り=タンゴ 」とは違っていたが、それはそれで良いという程度のものだった。 感想としては「 ふ~ん 」と言ったところか。



 それよりもここで一番目を引いたのは、並みいる老練の演奏者たちの中で、ひと際年季の入ったマエストロだった。 マエストロと彼の教え子のような女の人、と言ってももう随分なおばさんだが、がそう呼んでいた。 確か齢は80いくつかだと言っていた気がする。 背中は丸まっていて、耳も少し遠そうだったが、そのピアノを演奏する様子からは、彼の年齢は全く感じられなかった。

 いかにも「 マエストロ (=先生、職人?)」という彼の演奏は見事だった。 足下のおぼつかない老人とは思えない。 やはり何かそういう物を持っている人は強い、そう感じぜずにはいられなかった。 演奏する前よりも、そのオールバックとスーツ姿は僕には格好良く見えてならなかった。






「 ミュージカル タンゲーラ 」

 宿で働くおじさんに「 普通、地元の人は観光客用のショーじゃなくて、これを観るんだ 」と教えてもらった。 早速、例の街中にある金券ショップに行くが、なんと「 今日の分に限って劇場でしか買えない 」、と言われた気がしたので、しょうがなくそのまま劇場へと直行することにした。



 「 どの席がお勧めですか? 」 そうつたないスペイン語で尋ねると、チケット係の人は適当そうなチケットを用意してくれた。 それからやっと辺りの様子がちょっとおかしいことに僕は気付いたのだった、、、

 チケットを見てみると、「 8時開演 」と書いてある。 時、既に8時半近い、、、 大失態だ。 何故なら、僕は9時開始と聞いていたから、少し早めの8時半に到着するようにしたのに、、、 慌てて近くにいる係に問い合わせると、先ほどチケットを用意してくれたおじさんと目配せをしてから、中に通してくれた。 僕が手にしたのは「 既に開始してしまったショー 」だったので、安くしてくれたようだった。 そして、きっと良くしてくれたのだろう、ステージがそれなりに良く見えるところに案内してくれた。 まだ、始まって少ししか経っていないようだった、、、


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 そもそもミュージカルなので、そのタイトル「 タンゲーラ 」に関連する形で少しはタンゴが観れるくらいなのだろうと僕は思っていた。 それ以上に、「 タンゲーラ 」とは一体誰なのか? タンゴをする人のことなのか? 誰かの名前なのか? ミュージカルそのものを良く観る必要があった。

 しかし、そのミュージカル「 タンゲーラ 」は僕の想像以上だった。 もちろん想像以上に良かったのだ。 今までの僕のタンゴに対する勝手なイメージ、「 大人の洗練された、、、 情熱の、、、 」の上を遥かに凌ぐモノだったのは間違いない。 時に情熱的で、時に繊細で、そして時に激しい彼らのタンゴは言葉にするのは難しいほどすごく良かった。 その本物の迫力に、僕は感動した。

 閉幕の時のスタンディングオベーション、他の誰にも負けないくらい拍手をしてしまった。 正直、僕はそういうことに影響されやすいと言える。 そういうこととは、自分が到底出来そうもないことをこなすことだ。 また、それをやり遂げる人々に敬意を払いたいと思うし、そして、僕を魅了してくれたその演技に、、、 と、正に言葉が尽きないほど僕は感動してしまったのだ。 



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タンゲーラの写真は officail site より拝借。




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by hitoshi280477 | 2005-01-15 09:50 | 未- Argentina

Argentina vol.5 「 都 ブエノス・アイレス 」 -未-

「 南米一お洒落な街 」という噂の街、ブエノス・アイレス。 ハードな部分を行くだけが目的ではない僕の旅。 中米、南米を通していつもずっと気の抜けな状況が続いていた。 治安の悪さに、言葉の問題、移動の大変さはもちろんなのだが、それら全てをいつも頭の何処かで考えていると、時として嫌になるときがある。 もちろんそういうことをわきまえた上でここまでこうして来ているのだし、そうやって転々としてきた道中、僕は予想以上の感動と興奮を覚え、結果としてとても満足している。 

 が、しかし。 ここに来て、僕は何故か「 都会の喧騒 」と「 利便性 」が妙に恋しくなってきた頃だった。 パタゴニア旅行を終えるに連れて、ブエノス・アイレスへ早く行きたい気持ちでいっぱいだった。 大変なのは当たり前、物が無いのも当たり前、食べたい物が食べれないのも当たり前、、、 しばらくそういう生活をしていくのには慣れてはいるが、僕はやはり「 都会人 」なのだろう。 悲しい性とも言うべき、人や物が恋しくなってしまう時がやはり心の何処かにあるのだ。 それがここに来て、自分の中で高まってゆくのがわかった、、、





 

 ブエノス・アイレスと言えば世界でも有名な都市だ。 もちろんこの南米大陸の中でも有数の巨大都市であり、アルゼンチンの首都だ。 整然とした街並みは一国の首都としては充分と言えるほどだ。 地図上で見ればそれは明らかなのだが、その碁盤の目のような街の造りは街を歩けばすぐにわかるほどだ。 それにそこを分断するようにほう斜めに道路が通っているものだから、歩いていて迷うことはあっても退屈することはない。






 しかし、街に林立する建物はこれといった特徴のない退屈な見た目だというのはある。 背景としては生きてくるが、それをメインに観てしまうとどちらかと言うとつまらなく、何だかくだびれた感じのするところだった。





 この街の中心はフロリダ通りとラ・バジェ通りの交差するところだそうだ。 そこはいわゆる「 繁華街 」で、いろんな店舗が軒を連ねていて、お洒落なカフェや映画館などがあったりする賑やかなところだ。 人の往来も激しく、またその人々の歩く速さから速さからここの都会ぶりが伺えた。

 南米を代表する大都市と言えば、それその通りなのだけど、結局は大きな街というのが僕の結論だ。 見る所変えれば違うのは知っている、中でも ボカ地区 という所は芸術家の集まる街?らしく街の景観もこの中心部とは異なり、写真で見るかぎりは賑やかそうな感じだった。 しかし、それに対して少し否定的だった僕は行かないことにした。








 僕の泊まっていた宿の周辺は「 ここは本当にブエノス・アイレスか? 」と思わせるほど、普通の街だった。 いや、どちらかと言うと( ここにいて大丈夫か? )と思わせる感じのする所だった。 というのも、酷く殺風景なのに加えて、どうやら辺りに低所得者がたくさん住んでいるからだった。 夜になれば、ゴミを回収して、その中から使えそうなものを拾っている人々がその界隈を徘徊しているからだ。 特に危険な気配はしないのだが、やはり普段目にしないその様子は少し僕を不安にさせた。

 また道路を一本外れれば、( まあ、何かあってもおかしくないかな? )と思わせる雰囲気が漂っている所が多い。 前にパナマで会ったブエノス・アイレス出身の人は、「 どちらかと言うと、ブエノス・アイレスの郊外の方が怖い 」と言っていたのを思い出した。 聞けば、ここには00人街というのがあって、それがボリビア人街とかブラジル人街とかだとすると、少し危ないらしい。







 ブエノス・アイレスでの日々は、何だか実りの少ない感じがしていた。 特に行きたい場所があるわけでもなく、特に見たい何かがあるわけでもなく、特にしたいことがなかった。 結局、ダラダラとしてしまった。 ブラジルビザを取る為に少し時間がかかることもあったし、思っていたよりも蒸し暑かったこともあって、僕はあんなに来てみたかったブエノス・アイレスを早く脱出したくなっていた、、、

 そんな頃、忘れかけていた「 タンゴ鑑賞 」を思い出したのだった。








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by hitoshi280477 | 2005-01-10 09:48 | 未- Argentina

Argentina vol.4 「 パタゴニア!! ぺリト・モレノ国立公園 」 -未-

 プエルト・ナタレスを出た僕は、今度はアルゼンチン側のパタゴニアにあるカラファテという街を目指していた。 再び国境を越える旅路だ。

 平坦な草原の道をバスは行く。 何処からともなく吹いてくる風が、何処にでもありそうな雑草を揺らめかしている。 端から見れば、どこが国境でも良さそうな所なのだが、これでも以前はこの国境を定める戦争があったのだと聞く。 もっとも、チリもアルゼンチンも少し危ない時代があった。 そのせいか、今でもお互い中が悪いと聞いている。

 カラファテの街に着いて僕は驚いた。 始めの印象はと言えば、小さな街に観光業という病のようなものが大きくのしかかっている感じだった。 というのも、街のサイズは本当に小さくて、静かなのだ。 が、観光客目当ての商売が街を食い荒らすかのように、街の景観は当然食い荒らされているのだが、ぐちゃぐちゃにしている。 何処も軒並み、お土産物屋や旅行代理店、カフェにレストランだ。 もしこんなに観光客が訪れなかったら、きっと可愛らしい街なのだろうに、、、 観光業の恐ろしい一面を見た気がする。 そもそも、この街は近くに超巨大な氷河があることで有名で、その起点になるだけの街なのだ。 ここで観光業で収入を得ている人に悪いが、もしそれが無かったらと思うと、恐ろしいほどこの街は魅力的でないと思った。





 氷河への行き方は変わっていて、その編にある旅行代理店のガイド付きツアーに参加するか、もしくは個人で乗り物を手配して行くか、だ。 前者は、、、で、後者は、、、とのこと、選ぶならもちろん半額の後者だ。

 具体的にどうするかと言うと、バスターミナルに行って数あるバス会社の中から好きな時間帯のものを選べば良いのだ。 が、ここで問題なのが、「 何時間向こうに滞在するか 」ということなのだ。 旅の友達である恵美さんと総さん(藤原夫婦)は氷河の前に8時間もいたという、、、 その8時間の間、彼らは何をしていたのだろうか? 相変わらず不思議と大胆な夫婦ではある。 僕は散々迷った挙げ句、向こうに2時間ばかり滞在出来るスケジュールを組んだ。





ペリトモレノ氷河

氷河までの道は一時間ちょっとだった。 氷河というものの恐ろしさ=寒さを、先日味わったばかりの僕は持っている暖かい服を全て総動員して臨んだ。 しかし、窓の外に目をやれば嫌な感じの雲が空を覆っていた、、、

 駐車場にてバスを降りると、早速冷たい風が襲ってきた。 しかし、その時はまだ、僕はまだ見ぬその氷河への期待で胸が膨らんでいた為に、それをあまり感じなかったようだった。 ここから氷河まではどうやら公園内を下へと下っていかなくては良く見れないらしい。 他の観光客に付いて下って行くことにした。

 ある程度、木で舗装され木々で覆われた道を下ると、僕の視界にいきなり どど~んっ と氷河は現れた。 それは話に聞いていたよりも、写真で見ていたよりもずっと大きくて、威風堂々と存在感があった。 


 「 全く自然の造り出すものは、、、 」と思っていると、早速  ド~ッン  という音に続いて、 バリバリバリッ と雷のような大きな音がした。 見れば眼下に広がる氷山の、正に一角が崩れ落ちて行く様子が見える。 崩れ落ちた部分はいつかのテレビ番組で見たように、その下の不思議なほど蒼い水の中へと飲まれていたった。

 ここペリトモレノ氷河の規模は大きい。 もっとも僕が見たことのある他の氷河と言えば、この間見たグレイ湖での氷河のみなのであんまり比較することも、声高に批評することも出来ないが、それでもここの氷河は大きいと思った。 まあ、圧倒されていた分、大きく見えていたということは少なからずあったと思うが、、、


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 その氷河の蒼さは、今まで見たこともないような蒼だった。 とりあえず、それが「 青なのか? 」と聞かれれば、「 いや、蒼なのだよ 」とつい言ってしまうようなとても神秘的な色をしていた。 僕にとって、それに近いほどの神秘的な蒼と言えば、海の中から見上げる蒼に他ならないのだが、、、 言葉にするのは難しい。 それはやはり人に聞くよりも、写真で見るよりも、自分の目で見なくてはきっとわからないことだろう。


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 しかし、それにしても寒いのだ。 この姿を写真に収めるべく奮闘するのだが、如何せん天然の冷凍庫の前では手も縮こまる。 写真の角度やピントにこだわっているだけで、指先はもう冷たくなってしまっている。 そうこうしているうちに、仕舞いには指先の感覚がなくなってしまうのだから大変だ。 こんな中、本当に恵美さんと総さんは8時間もここにいたのだろうか? 確か弁当と本を持って行っていたと聞いたが、正気なのだろうか? しかも、その時期は今のように真夏ではなく、真冬だったと言っていたが、、、 夫婦とはそこまで強いものなのだろうか?

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by hitoshi280477 | 2005-01-07 09:50 | 未- Argentina

Argentina vol.3 「 パタゴニア!! パイネ国立公園 」 -未-

 南米大陸南部、チリとアルゼンチンに跨る広大な土地 パタゴニア。 その厳しい自然環境が造り出す景観はそこを訪れる者を魅了してやまないと聞く。 そこに広がる氷河や、湖や、山々を観るためだけにそこを訪れる人も多い。 果たして「 パタゴニアの雄大な自然 」とはどれほどのものなのだろうか?





 年明けが明けて、ウシュアイアを出る人の数は多いようだった。 年末年始に移動する人は例年少ないせいか、1月3日にしてやっとバスがあった。 しかも、僕はウシュアイアに来てすぐにバスのチケットを買いにいったにも関わらず、その時一緒に旅行していた人と合わせて2席、つまり僕らの分しか空いていなかったのには驚いた。 運良く2席だけでの空いていてくれた良かった、というのもここウシュアイアから次の目的地プエルト・ナタレスまでのバスは週3便しかないのだから、、、 ウシュアイアは素敵な街でゆっくり出来るところだが、そうも言ってられない。 僕は先へと進みたかったのだ。

 その目指すプエルト・ナタレスはチリ側のパタゴニアになる。 しかし、そこに行くにはバスと船で一日16時間という大移動だ。 夜行で16時間というのはよくあることだが、日中に16時間というのは正直つらいものがある。 しかし、それしか移動手段がないのだからしょうがない。 朝5時半、まだ街が冷えている中、僕らを乗せたバスは出発した。

 パタゴニアという地域はチリとアルゼンチンに跨がっている。 もっとも国境が後から引かれたのだからしょうがないのだが、その地域を旅行するときには時としてチリとアルゼンチンを行ったり来たりしなくてはならない。 領土問題というのは厄介な問題だ。 それでも、旅行者として、何も問題なくこの地域を旅行出来るだけで有り難いのだが。 しかし、パスポートには両国のスタンプがむやみに増える、、、




 窓から見える景色は、期待していた「 パタゴニアの雄大な自然 」というのとはかけ離れていて、どちらかというと何処にでもある草原地帯だった。 僕の期待する景色はもっと先のようだった。





 ウシュアイア→リオ・グランデ→(船)→プンタ・アレナス→プエルト・ナタレスと約16時間かかって到着した。 正直、疲れていた。 街の規模の小さいことは、その街灯の少なさから察することが出来た。 しなければならないことがあった。 それは食料の調達だ。 今食べる物と、明日食べる物、、、 食料と言えば、何だか今すぐにでもキャンプに出かけるようだが、冗談ではない。 というのは、こういう小さな街のお店は夜は早く閉まり、朝遅く店を開けることが多いからだ。 宿に荷物を置くと、僕らはすぐさま食料の買い出しへと向かうことにした。 僕の読みは完璧だった。 大きな店構えをしているところでさえ、もう半分シャッターを閉めていたのだった。

 宿に戻り、コイルヒーターで暖めたお湯にインスタントのコーンスープを溶かし、買ってきたクラッカーを食べる。 街中の宿にいながらもう既にキャンプ状態だ。ウシュアイアよりも少し寒く感じられたのは、街が寂しく見えるからだろうか、、、 そんなことを思いつつ、疲れた体をベッドにてやっと休めることが出来た。 明日も朝は早いのはこの時点でわかっていた、、、





パイネ国立公園

Torres del Paine と言えば、ここを旅行する人で知らない人はいないだろう。 「 パイネの塔 」と呼ばれるその一連の山脈は、高さ2500m強の四つの山々から成り立っている。 その姿があたかも塔のように見えるのがそう名付けられた所以だ。

 そこに行くには主に、二通りの行き方がある。 一つはここを訪れる多くの旅行者がそうするように、自分でトレッキングしながら行く方法。 もう一つは、車でその周辺も含めて廻る方法、これは旅行代理店が主催している。 僕は間違いなく後者をとった。 何故か? それは僕はトレッキングというものにあまり興味はないからだ。 元来、足腰の悪い僕はそういうことは避けることにしている。 きっとすごく勿体ないことをしているのだろうが、体の調子の悪さには勝てない。 後で、足を半歩進めるのにも歯を食いしばらなくてはならないことを考えると、それはしょうがないことなのだ。 まあ、そのうち別の機会がやってくるだろう。

 というわけで、僕らは朝の6時に起きて、祖末な食事を済ませ、疲れた体を引きづりながら早朝の街をその移動手段を探すべく歩き回ったのだった、、、 飛び込みで見つけたほうが安く済むのは知っていたのだから。

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 僕らを乗せたバンは公園内をしばらく走り出すと、そこにはもう僕のイメージする「 パタゴニアの雄大な自然 」 が見え始めていた。 手前はまだ草原地帯なのだが、その奥には ど~んっ と雪を抱いた山脈が見える、、、 実に綺麗だ。


 すると、僕らはすぐに大量の羊の群れに遭遇した、ガウチョだ。 ガウチョとは羊の群れのことではなく、それをあちらこちらへと連れ回す人のことだ。 何処からともなく現れた羊たちとガウチョのおじさんは、また何処へともなく消えていってしまった。 遠くに見えるガウチョおじさんのちょっと上向き加減の口髭が印象的で、とてもガウチョっぽかった。 ポテトチップスのイメージキャラクターのようでもあったのは後で思い出したことだ。

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 ここの見所は「 Torres del Paine 」の他にもたくさんある。 それは「 Paine Gurande 」山や、「 グレイ湖 」などだ。 特にグレイ湖は、氷河の破片が岸まで流れてくることで有名だ。 地図上で見ると、一番置くにある感じになるわけだがその更に奥の北側に氷河が広がっている様子が肉眼で見える。 またその流れてくる氷河の破片はグレイ湖畔のほんのすぐそこまで来るので触ったりも出来る。 もちろん相当の覚悟が必要だが、、、 

 湖に浮かぶ初めて見る氷河はとても神秘的な形と色をしていた。 正に自然が造り出す造形美ってやつだ。 写真を撮る手が休まることはなかった。

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 夕方になって、日が落ちてきた頃になってやっと「 Torres del Paine 」 パイネの塔は良く見えるようになっていた。 もう既に距離的には離れてしまっていたにも関わらず、その存在感はやはり圧倒的だった。 夕日が照らす大地の向こうにそびえ立つパイネの塔、まるで映画の中のワンシーンのようだった。 その光景に感動を覚えずにはいられない、、、



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by hitoshi280477 | 2005-01-03 09:42 | 未- Argentina

Argentina vol.2 「 ゆく年 くる年 」 -未-

 「 海外にて新年を迎える 」 これまで旅行の経験がそれなりにあるにも関わらず、それは僕にとって初めてのことだった。 別に海外で新年を迎えるためにわざわざ来ているわけではないのだが、今回の旅程ではそれは自然のことだった。 もちろん新年を迎えるにあたって、気持ちは少し浮ついていたが、、、

 きっと今頃は、何処の街でも盛り上がっていることだろうが、ここウシュアイアはどこかひっそりとしていたのだった。 もともと人口が多くなく、今のシーズン、どちらかと言えば旅行者の数のほうが多いのだろうから、街が盛り上がりを見せるのは旅行者にそういうイベントを催しているお店ぐらいなのだろう。 しかし、そのお店でさえどこにあるのか見つけられないほど、ウシュアイアの大晦日は静かだった。





 少し小高い坂の上にある僕の泊まっていた宿は、一歩外に出れば街を見下ろす格好になり、海や、そのまた先にある険しい山々まで見渡すことが出来た。 大晦日も更けていき、辺りは少し薄暗くなり始めていた。 空の明るみより、家の明かりのほうが明るく見えだす瞬間でもあった。

 ひっそりと静まりかえるウシュアイアの街を前に、僕は少し物思いに耽ってしまっていた。 ここまでの道のりを振り返り、今日ここにいることを不思議に思ったりもした。 そして、今後のことを考えたりもした。

 ふと、「 日本にいる母はどうしているのだろう? 」と思った。 距離的には離れていても、連絡のやり取りをしていないわけではないのだが、ふとそう思った。 思えば、いろいろと心配をかける息子である。 小さい頃から心配をかけてばかりのことと思う。 特に、「 事後報告 」をするようになって、その方がお咎めがあまりないことを知ってからは尚更だ。 もっとも今日ここにいることも、あの頃の延長線上と考えていてくれれば、それで良いのだが。

 そして、「 兄は、、、? 」、「 友達は、、、? 」。

 そう思い出すと何だか無性に寂しくなった。 ここから日本は遠い。 けれど、僕はその距離的な問題よりも、精神的なことのほうが心配になった。 忙しない昨今の世の中だ。 それは人と人の距離を物理的にも、精神的にも遠ざけていると思う。 寂しい限りだが、しょうがない。 それに人が、例えそれが親しい間柄であっても、僕と同じように思っているかと思ったら、それはきっと間違いなのだろう。 皆、きっとそれ以上の何かで忙しいのだろう。 「 自由気ままに生きている自分があまり言えることではないかな、、、 」とも思ったが、「 何はともあれ、人はそれぞれの道を行くのだ 」と思った。 それで良いのだ。





 自分の将来のことも考えた。 現代の社会では僕の行動がどう受け取られるかはある程度察しがつく。 もっとも社会的な何かや、経済的な何かを見返りにしていることではないのだから、「 自分が良ければそれで良いのだ 」と自分自身に再確認した。

 「 それが何につながるのか? 」

 「 将来は何がしたいのか? 」 そうよく聞かれる。





 明確な答えをまだ持っていない僕は、こう思うようになった。 「 まだそこまで達していない 」と。 「 その時がくれば、なるようになる 」とそう思うほか、僕の中に答えはなかった。 そして、思うのは、、、 「 いつかその答えが見つけられる日が来るまで、自分の思うように前進するべきなのだ 」ということだった。





 間もなく一年が終わり、新しい一年がやってくる頃だった。








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by hitoshi280477 | 2004-12-31 09:34 | 未- Argentina

Argentina vol.1 「 世界最南端の街 ウシュアイア 」 -未-

 チリのサンチャゴから、僕はウシュアイアまで$316という大枚をはたいて飛ぶことにした。 バスという交通手段、陸路でここまで行けば約一週間はかかることだろう。 その途方もない時間を移動に使うことと、ルートそのものに魅力を感じなかった僕は、最後の手段である飛行機を使うことにした。 実を言えばそのルート、うまく海沿いに南下して行けば、氷河とフィヨルドの合間を縫うようにして進む観光船があるとのこと。 もしバスで行ったとしても、パタゴニアの雄大な景色が拝める機会があるかもしれなかった。 しかし、僕には時間がなかった。 僕は何故か「 年末までにウシュアイア 」と決めていたのだ。

 世界最南端と言われる街、ウシュアイア。 そこに辿り着ければ僕は南米大陸をちょうど半周したことになるからだ。別に一周するかどうかは決めていないのだが、、、 そして、それが年末年始ならば、尚のこと「 キリ 」が良いように僕には思えていたからだった。 確固たる予定がない日々の中で、自分にしか理解出来ない根拠だけが先へと進む原動力なのだから。

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 ウシュアイアの街は静かで可愛らしい感じのする街だった。 どこかヨーロッパの地方都市を思わせる佇まいだ。 というのも、少し高台から街を見下ろせば、眼前には海が広がり、海を囲むように荒々しいシルエットをした山々が見える。 後ろを振り返れば、それがこの土地の名前の由来なのかどうかは知らないが(実はここをここいらを船旅する人たちが海岸沿いの地元の人々のキャンプ・ファイヤーを見てそう名付けけたか?)、「 Tierra del Fuego 」 火の大地 と形容されるのに相応しいように峻嶮な面持ちをした山々を目にすることが出来る。 英語で「 snow capped 」という言葉があるが、ここのそれは正にその言葉が形容するように、頂上付近のみ雪で覆われていた。

a0086274_1235415.jpg 街には「 世界最南端の街 」をうたい文句にした看板と、商品がこぞって並んでいる。 本当のことを言えば、この街は世界最南端の街ではないらしいのだが、もう世界中に声も高々とそう言ってしまっているので、そういうことにしておこう。 そういう意味では世界中が黙認している街という形容詞を付けることが出来る。 街を歩くとすぐに気付くことは、ここには変わった植物が咲いているということだ。 もっとも僕がただ単に他の地域で目にしたことがないだけなのか、将又パタゴイニアという特別な環境が造り上げた固有種なのか、植物に詳しくない僕には検討もつかない。 知っている人にこのことを知られたら、少し恥ずかしいが。

 それにしても、この植物はウシュアイアの街には良く似合う。 というのも、その特殊な雰囲気が、世界最南端という特殊な街にはぴったりではないか。 そして、街の随所に咲き乱れるその様子は何処かこの街の如く、微笑ましく感じられてしょうがないのだった。



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 この街の人々は、よくある地方都市の人々のように素朴で親切だった。 僕が宿を探す為に、街中を歩き廻っている中訪ねた宿は、その宿代に不服そうな僕を見るとわざわざ他の安い宿を教えてくれたのだった。 そして次に訪ねた宿の主人も親切な人だった。 年末前というわけでか、宿はほとんど満員だった。 ドミトリーにして、$8とは南米では破格に高いが、何せここは「 世界最南端の街 」なのだからしょうがないのだろう。

a0086274_126047.jpg ここでは台所を使わせてもらえるのが何処も当たり前らしく、この宿もそうだった。 僕は自炊するのが好きなので、毎日ここで料理した。 よく作ったものと言えば、野菜スープだ。 いつからか我が家で食卓に出るようになった野菜スープ。 いろんな野菜を食べやすい大きさに切って、火の通りの悪いものから順番に鍋に入れていき、最後はスープの素で仕上げるといった、至極簡単な料理なのだが、これが美味しいのだからしょうがない。 それに旅行者に不足しがちな野菜をたくさん摂れるとこともあって、ほぼ毎日これを食べていた。 たまにハムやソーセージなんかを入れると豪勢になるところが、実家のそれとは違うところで、それだけで豪勢に思える僕は幸せ者のように感じられた。 肌寒いウシュアイアの夜にはうってつけのメニューだった。





 この街の特別なことの一つと言えば、日照時間の長いことだろう。 この街は南極に行く起点の街になるくらい緯度が高い。 そのため、自然と日照時間も長くなるのだ。 朝は5時前頃から夜は11時過ぎまで、実に18時間は日が出ている。 実に不思議だ。 世界には白夜と呼ばれる日の沈まないところや(というかその場所である一定の時期だけだが)、日がほとんど出ないところがあると聞く。 以前、ヨーロッパで出会った日本人学生はフィンランドで「 光 」について勉強していて、その話をしてくれたが、向こうでは日照時間が短い時期には人々が「 うつ病 」になりやすいとか。 ここウシュアイアでも同じなのだろうか?

 それにしても、日照時間のあまりに長いのはやはり体には合わないようだった。 何せ、日もまだ高いうちからベッドに潜り込まなくてはいけないのだから、、、





 「 もう12月なのに、、、 」 そう思ってから、僕ははっとした。

 ここは南半球だということを思い出した。 そうなのだ、南半球の12月は夏真っ盛りなのだ。 日本にいれば、今頃はかなり冷え込む時期になっているはずなのだ。 しかし、僕は南半球にいるのだ。 そんなことは、エクアドルの赤道記念館に行って以来気にしたことがなかった。 そうのなのだ、ここは南半球なのだ。

 どうりで、南極への起点となるほど緯度が高い街に来てもそこまで寒くないわけだ。 もちろん寒いといえば、寒いのだが、それは心地良い程度の寒さだった。

 しかし、南半球にあるこの街ももうすぐ新年を迎えようとしていた、、、

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by hitoshi280477 | 2004-12-27 09:31 | 未- Argentina