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Colombia vol.7 「 コロンビアでの錬金術 」

 コロンビアは「 偽札造り 」でも有名な国である。

 それも、街にはびこるギャングや、南米と中米(=コロンビアとパナマ)を繋ぐ密林に潜むゲリラたちの活動の一部となっていて、彼等の貴重な収入源なのだ、、、 麻薬とか違法取引とかと並んでね。

 ここは、そういう国なのだ、、、



 偽札といえば、やはり「 US$ (アメリカ・ドル) 」。 ほぼ間違いなくダントツだろう。

 そして、世界中に出回る偽札の製造の一部は、Made in Colombia ということになる。

 そんな国では、US$の価値は若干低い。 というか、ある種のUS$紙幣の価値が低くなっているのだ。

 それは、$100紙幣。



 通常ならば、大きい額面の紙幣のほうがより良いレートで両替出来る筈なのに、ここではそれが違ったのだ。

 それは、やはりそこに$100の偽札が出回っているという事実を裏付けする。

 それが、結果としてどうなるのかというと、、、 US$100=$95ぶんくらいのコロンビア・ペソ。



 ただ、額面US$100のT/C(トラベラーズ・チェック)を交換すると、、、

 US$100=$100ぶんのコロンビア・ペソ。



 ?????



 同じ額面でも、受け取れるコロンビア・ペソには、約$5の違いが生じる!?

 まぁ、それを手数料が引かれていると考えれば問題ないのだが、、、



 それで、実際どうやってこの状況からお金を産み出すかということだ。

 それは、なんとただ単にお金を二度両替すれば良いだけの話、、、

 アメリカ・ドル → コロンビア・ペソ → アメリカ・ドル と!



 ただし、ここで肝心なのはアメリカ・ドルT/Cでコロンビア・ペソを手に入れて、それでアメリカ・ドル現金を買わなくてはならないということ。

 何故なら、アメリカ・ドル現金の価値が低いのだから、、、

 しかし、驚くのは、これはATMからコロンビア・ペソを引き出した時のレートでも同じように儲かるのだそうだ。





 「 コロンビアでの錬金術 」

 いつだか何処かで他の旅人に聞いた話は本当だった。

 そんなことが現実的に存在するのが、不思議+可笑しいが、、、



 いつも身銭を切るしかない旅人たちにはこの上ない朗報だ。

 これだけの為に、危険を承知でコロンビアを目指した輩もいた。

 まぁ、US$1使うか、使わないかにこだわる旅人も多いからね、、、



 そして、何故かそういう輩に限って偽札をつかまされたりする。

 実際に、わざわざ「 あの行程 」を経てお金を替えたのに、

 US$400ぶんの偽札をつかまさせれた人も、、、 可哀想に。
 





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by hitoshi280477 | 2004-10-23 19:28 | Colombia

Colombia vol.6 「 Novias en Cali 邦題:カリの恋人たち 」

 コツッ、コツッとハイヒールの足音の様なものが薄暗い廊下の向こうから聞こえてきた。

 その足音が近づいてくるにつれ、それまでぼんやりとしていたのが次第にくっきりとしていき、柔らかめのシルエットが僕の前に立ちはだかった、、、





 「 Buenas noches, Jennifer 」



 彼女はそう挨拶し、握手を求めると甘い香りを残して再びその薄暗い廊下の先へと戻って行ってしまった。





 寂しげで廃屋のような外観とは裏腹に建物のなかは少し暖かみのある感じがした。

 それはきっとこの建物の中にはたくさんの人の気配がしたからなのだと思う。

 それにしても、あの鉄格子を備えた扉の向こうにこんな世界が広がっているとはきっと誰にもわかるまい。

 あの扉の向こう側に行くまでは、、、





 「 Mucho gusto. Sandra. 」

 「 Jasmin. Buenas noches. 」

 「 Hola, como esta? Catarina. 」

 「 Buenas noches. ... 」

 「 ... ... 」

 「 ... ... 」



 一人目の女(ひと)が登場してからは続々と現れた。

 皆、代わる代わる挨拶をしては握手を交わしていく、、、 少し頭が混乱してきた。 一体何人の女ひとがいるのだろう?

 この女(ひと)たちは皆モデルのようにキャットウォークで歩き、時に鋭く、時に人をなめるような目つきで見ていく、、、 身に着けている物と言えば、普段着の女ひともいるが、下着のような、何か???のような、、、

 僕には少し表現しにくい物のみ身に着けている女ひともいる。 皆共通だったことと言えば一つ。 甘い感じのする香水の匂いが、僕には少しキツかったことだ、、、





 大きな鏡がある以外はひどく殺風景な部屋に通された。

 明かりと言えば、シャワールームと呼ぶよりドアのない水浴び場と呼んだほうが相応しい感じのするところからの漏光のみだった。

 そして、何処にでもあるプラスチック製の椅子が無造作に置いてあるのみだった。



 その女ひとは言った。 「 早く服を脱いで 」と。



 その女ひとは言った。 「 早くベッドに来て 」と。



 そんなに急かす女ひとは初めてだ。 指示されるままにベッドに横たわるとその女(ひと)は僕に飛びつくようにやってきた。



 「 Como se llama? 」 ( 名前は? )



 「 De donde es? 」 ( 何処から来たの? )



 その場限りの仲なのに、どうでもよいことを聞いてくるものだな、と思った。 いや、もしかしたら、こういう女(ひと)たちはそうやってサービスするものなのかな?などと思っていると、柔らかい何かが僕の体を包みだしたことに気づいた、、、





 、、、





 、、、





 、、、





 「 じゃあ、また来てね。 」



 その女ひとはそうい言うと、頬に頬をつけ、軽くキスをすると再び薄暗い廊下へ颯爽と戻っていってしまった。

 扉の外へ出た。

 夜の帳は完全に降りていて、辺りに人影はなく、物音もせず、ただひっそりとした夜があった。



 振り返ると、そこにはさっきまでと何の変化もない寂しげな建物があった。

 いや、変化はあった。

 その建物の中の世界を知ってしまった僕には、表現がしにくいながらも、何かしらの変化を感じていた。 



 夜道を一人歩きながら思った。

 「 性に生を求め、性に糧を求める 」。

 いろんな世界があるもんだなぁ、、、 と。  




 ちなみに、コロンビアのソレは合法ということなのだ。 時折警察が店内を巡回しにやってくるほど。

 合法なのだから、ソレにて生活費や学費を稼ぐ女学生も多い、、、

 いろんな人生があるのだなぁ、、、 と思う。
 


 ちなみに、ちなみに。

 挨拶を交わす時に握手をするのだが、その時の手の握り加減で相手にもやる気(ヤル気)があるのかどうなのかを判断できるということも学びました♪

 まぁ、それはあんまり役立つ学習ではないか、、、






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by hitoshi280477 | 2004-10-22 19:21 | Colombia

Colombia vol.5 「 ディスコティカ・デビュー 」

 生まれてこのかたディスコというところに行った経験がない。

 もともとダンスというのもに興味を抱いたことはなく、苦手意識もあったことからダンスを敬遠していたクチだ。 更に付け加えて言えば、僕を含めた我が家では誰一人として音楽の才能がある者はおらず、特に僕なんかは小学校の頃から音楽の授業は好きではなく、その証拠に成績はいつも「 がんばりましょう 」だった、、、





 「 ダンスフロアが踊っている? 」

 初めて見た「 ディスコティカ 」の印象だった。 薄暗く、煙草の煙でいっぱいのその空間はそこだけ色とりどりの明かりによって眩いばかりに照らされていた。

 そして、たくさんの人でごった返していた。



 ( 格好いいな、、、 )



 今までのイメージからすると、大抵の女の人はダンスならぬ踊りは上手だ。 それは先天的のようにさえ感じられる。 一方、男と言うと、、、大抵は駄目だと思う。

 特に日本男児は、、、 悲しいかな、盆踊りのように昔から接点のあるものでさえ、日本男児には厳しいところだ。 しかし、ここ「 CALI カリ 」 の男たちは違った。 それは僕の今までの男のダンスに対する概念を変えるほど凄かった、、、



 というのは、ここは南米コロンビアのカリという街、サルサで有名な街だけあってディスコティカが大通り沿いに軒並みあって、いつもサルサの音楽がどこからともなく聞こえてくるような街なのだ。

 そして、サルサといえば男の人がリードを取って踊るものらしく、ディスコティカでのダンスもこのサルサをベースにしているようだった。 だから、ここの男たちは皆ダンスが上手であることがあたかも男であることの証明であるがごとくダンスが上手なのである、、、 激しく、情熱的で、格好良く、それを苦手としつつもいつか挑戦してみたいと思っていた僕にとってそれは至極新鮮なものだった。

 好きでもないビールをちびりちびりやりながら、僕は飽くことなく見ていた。

 そして、とあることを思い付いていた、、、





 「 Uno, dos, tres,,, ? 」


 「 Uno, dos, tres,,, ?? 」


 「 Uno, dos, tres,,, ??? 」


 ( この足がこう来て、それでこっちの足がそこにいって、そんでこうなるから、そしたら、、、 、、、 ??? )





 「 コースは30時間で50000ペソ(約$20)、講師は二人います。 日曜日以外の毎日午後3時から8時までやっているので、好きなときに来て好きな時間だけやります。 大抵の受講生は土曜日に来ることが多く、、、 」

 説明を最後まで聞く前に僕の腹は決まっていた、、、 サルサを習うのである。

 サルサが有名なこの街で、それが男を磨くことになるのなら、やってやろうじゃないかということだ。 別にサルサを踊れることが南米で女の子にモテる条件というからではなく、至って個人の興味、関心ごとから来る、、、





 自分の背丈ほどもある大きな鏡を前に、教えてもらったばかりのステップを練習する。 難しい。 もともとダンスも音楽もセンスがないのだから、その両方の音楽に合わせて踊ることは僕にとって途方もなく難しいことだった。 まして講習はスペイン語、、、 前途多難なことのように思えた。

 それでも、月曜日から始まった講習に僕は一生懸命に、真面目に取り組んだ。 慣れない動きに始めのうちこそ、ふくらはぎの筋肉痛に悩まされたものの、水曜日には少しまともにステップが踏めるようになったと自分でも実感できるようになり、金曜日には先生に相手になってもらい音楽に合わせて何とか踊れるようになった。

 しかしながら旅先でのこと、時間が許したのは土曜日までで、計12時間の講習で終わってしまった。





 土曜の夜。 先週来たディスコティカにこれも勉強のためと思いやって来た。

 ハロウィーンのある週末とあって、先週よりもたくさんの人で賑わっていた。 その数2倍以上。 真ん中にあるダンスフロアで踊れない人たちが通路で踊ったりするほどの混雑ぶりだ。 一週間だけとはいえ、毎日真剣に取り組んでいたかいあってか、流れている音楽が自然と耳に入るようになっているのが自分でわかった。 みんなのステップを見ていても、、、



 「 一緒に踊らない? 」



 突然、前のブースに座っていたコロンビアーナが声をかけてきた。 美女が多いことで知られるこのカリでも見たことがないほどの可愛い娘だった。 美女からあまりに突然のお誘いにたじろいでいる僕にその娘はもう一度、、、



 「 一緒に踊ろうよ! 」



 と、再度嬉しいお誘いが!! 少し躊躇ったものの、こんなチャンスを逃してはそれこそ男が廃るのである。 それに何のために一週間も教室に通ったのも意味がわからなくなってしまう。 勝負(?)の瞬間が来たのである!



 彼女に手を引かれ、憧れのダンスフロアに立つ。

 そこは端で見るよりも、明るくて、賑やかで、熱気があって、楽しいところだった。 曲はメレンゲ。 サルサとはことなり、ステップもどちらかというとただ足踏みをしているような感じで、後は曲に乗って、好きなときに相手をターンさせてあげればよいのだ。 つないでいる手を上げたりすることで、相手はターンを始め、時には自分も一緒になってそのターンに加われば良いのだ。 そこまで難しいことはなく、どちらかというと単純で楽しいのである。



 僕のリードでターンする彼女。 微かに微笑んでいるのがターンの合間に見える。 あたかも( あなたなかなかやるじゃない! )とでも言いたげな視線を投げかける彼女。

 二人の間に少し距離を空けていた僕に彼女は僕の右手を取って、彼女の腰にまわす、、、 僕は調子に乗って、いろいろなターンを試してみる。

 僕とのダンスに彼女の微笑みは絶えることなく、、、





 ( 、、、 )





 ( 、、、 )





 (た、楽ひぃーっ!!)





 この上なく楽しい瞬間だ。



 しかしながら、曲は5分ほどで終わってしまった。 久しぶりに胸が高鳴る瞬間だった。

 それもこれも東洋人に対して排他的なこの中南米にて、彼女の誘いがあったからこそ。 しかも、本気で可愛い娘だ。

 席に戻って、ふと思ったことから僕は彼女の歳を聞いてみた。





 ( 、、、 )





 ( 、、、 )





 どどっーん!Σ( ̄□ ̄;)

 信じ難いことに、彼女は 16歳 だった、、、

 ( 16歳といえば、高校生じゃないかっ!! )



 何たることだ。 僕は女子高生に逆ナンされて、踊り、ウハウハしていたのかっ!

 女子高生と踊るなんて日本では有り得ないことだろうし、ましてや手を握り、腰に手を当てるなど性犯罪を犯しているような、、、



 ( まっ、楽しかったからいいか、、、 )






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by hitoshi280477 | 2004-10-21 19:18 | Colombia

Colombia vol.4 「 Bonitas !! 」

 「 Playa Blanca = 白浜 」という名前のビーチがある。

 カリブ海に面するこの街で何故ビーチの話しになるのかというと、ここカルタヘナには綺麗なビーチは存在しないので、わざわざボートに乗って綺麗なビーチのあるところに行かなければいけないのだった、、、





 「 De donde es? 」 ( 何処からですか? )



 そう尋ねられていたのは僕だった。 見れば先ほどから気になっていた若いコロンビアーナが僕の方を見てそう言っている。 年の頃は22、23といったところか。 突然の問いかけに戸惑いながら、再び目が合うと、、、



 「 De donde es? 」

 「 Yo... soy de japon 」

 「 Habla espanol? 」

 「 Si. pero... un poco... 」



 一体何だってこのコロンビアーナは僕に声をかけてくるのだろう?

 ましてや、今は海の中、、、



 「 Como se llama? 」

 「 Me... llamo... HI TO SHI. 」

 「 I... TO... CHI??? 」

 「 No. HI TO SHI 」

 「 Ah-, HI TO CHI!! 」

 「 、、、、、 」

 「 Que parte de japon es ? 」

 「 YO KO HA MA 」

 「 Como se dice 'Hola' en japones? y Como se dice 'Ciao'??? ... ??? ... ??? 」



 やはり始まってしまった「 これ日本語でなんて言うの? 」攻撃。

 外国で声をかけられると大概これだ、、、

 しかし、不思議と( 別に何も不思議ではないのだが )気分は良かった。



 「 Yo hablo espanol... pero... muy un poco. Espanol y japones muy diferente... por eso... muy dificil... para mi. Inglish OK. Yo hablo inglish y japones... mi trabajo... antes... intere... prete... ... 」


 大して喋れないくせにこういう時は自分でも驚くほど口が滑らかだ。 僕のつたないというよりはっきり言って下手なスペイン語を彼女は「 ふんふん、、、 」といった感じで相槌を打ちながら、熱心に聞いてくれている。

 「 コロンビアではね、、、 」と、旅友から聞いていた。 ここの人々は親切で、親しみがあって、、、 さらに世界中では珍しく地元の女子から日本男児にも声がかかるらしいのだ!!

 そして今僕は現にこうして若いコロンビアーナに声をかけられているのだ。 しかも、海の中で! こんな美女に! 心が踊っているのが自分でもわかる。 こんなのは実に久しぶりである、、、



しばらくすると、彼女は他の三人の友達を紹介してくれた。

そして、「 なんたら、かんたら なんたら、かんたら なんたら、かんたら なんたら、かんたら 、、、 」





「 踊りに行かない? 」

僕らの乗っていたスピードボートが船着き場についた頃、そう聞かれた。



 ( くっ、踊りか、、、 ) 僕は困惑した。

 何を隠そう、僕は生まれてこのかた、ディスコになんか行ったこともないし、踊りともはっきり言って無縁の世界で生きていたのだ。

 僕に選択肢はなかった。

 そして、その天使のささやきのようなとても有り難いお誘いを、、、 丁重にお断りしてしまった。



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 「 いや、もう疲れたから、、、 」

 ( えっ!? ) 自分でも驚いたその返事!

 その後の僕の後悔は、人の知るところではない、、、






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by hitoshi280477 | 2004-10-16 18:54 | Colombia

Colombia vol.3 「 城塞都市-カルタヘナ 」

 Cartagena カルタヘナ。

 カリブ海に面するこの街には、スペインが南米全土から得た貴重な富を集積し、本国へ送り出すために築かれた港があり、度重なる外国の海賊からの襲撃に負けないように幾度も補強や増築が繰り返された当時の要塞と城壁が、、、 今も残る。

 そんな時代を経て、今のカルタヘナは観光地として旅行者を惹き付ける。

 旧市街には安宿が、新市街には高級ホテルに高層ビルが立ち並んでいる。



 泊まった旧市街はとりわけ 旅行者向け という感じではなく、それよりは地元の人々が生活している所にいるような感じがした。 もっともホテルに泊まっているのだから、旅行者向けの、、、 などと今さら言う必要はないのだが、なんとくそんな感じのする所だった。

 そして、何故かこの街では密度を感じられずにはいられなかった。 あの整然としたボゴタの街並みとは全く違うし、カリブ海に面していることから湿度が高いというのもあるけれど、ある種の圧迫感を感じていた。

 それは恐らく、この街の人の多さのせいなのかもしれない。  ここでは有色人種の数が圧倒的に多かった。 街を歩けば、その比率が簡単に見て取れる。 もっとも、コロンビアはいろんな人種が混じっていると言われているから不思議なことは何もないのだが、何故かそう感じぜずにはいられなかった。



 夜になっても街のあちこちで人の気配がする。 公園や、屋台やレストラン、何はなくとも通りで佇む人たち、、、 今まで通って来た街でもそうだったが、こういう日中暑いところでは夜でも人は絶えない。 むしろ、宵の涼しさを求めて人は街を彷徨う。 とはいえ、蒸し暑さが完全になくなるわけではないので、日中の蒸し暑さを忘れさせてくれるというまでではなかった。 





 日差しのキツい中、城壁を見に行くことにした。 ギラギラと照りつける太陽に恨めしさを感じながらも、ここに来て、この街の歴史の片鱗とでも言うべきその城壁を見ないわけにはいかなかった。 


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 カリブ海と街を断絶するその城壁は稜堡(りょうほ)を備えている。 稜堡とは、正面にしか撃てない砲台の死角を補うように設けられた半円もしくは多角形の小さな小部屋で、数m間隔で置かれていて、自由な角度で大砲を撃てるようになっている。 城壁にはまた見張り塔や、貯水池、地下通路などが設けられている。





 城壁の上に座ってカリブ海を望む。

 水平線の上に雲が見えるだけだったけど、その頃ここにいた人たちには何が見えていたんだろう?

 僕が見ていたのと同じように水平線の上に浮かぶ雲を眺めていたんだろうけど、きっと違う風に見えていたに違いない、、、 とそう思う。

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by hitoshi280477 | 2004-10-15 18:51 | Colombia

Colombia vol.2 「 カフェのある文化 」

 人にはそれぞれほっと一息のつける瞬間ときがあると思う。

 煙草で一服したり、ちょっと飲んだり、昼寝をしたり、と。

 仕事の合間に、忙しない日常に、憂鬱なときに、人は一息つく。


 そうすることで物事をもっと多面的に考えられるようになったり、自分らしさを取り戻したり、生きている実感が湧いたりするんだと思う。

 そして、僕のそれはコーヒーなわけ。


 コーヒーなんて苦いもの、子供のときには飲めないどころか、飲みたいなんて思ったことはなかった。

 父親がそれを好んで飲んでることが不可解でならなかった。

 「 あんな真っ黒で苦い飲み物なんて、、、 」と、思っていた。


 でも、いつからだろう僕がそれを飲むようになったのは、、、

 いつからだろう、それを飲んでいる時にほっと一息つけるようになったのは、、、 

 それは旅先でも変わらないのだ、、、



a0086274_103896.jpg ここボゴタにはカフェが良く目につく。 実際、コーヒー豆で有名なコロンビア、カフェが多いのは当たり前だけどその数が多いのだ。 繁華街に、街角に、裏通りに、カフェが存在するのだ。

 それがこの街の雑踏の中にごく自然に溶け込んでいる。

 むしろ、そのカフェもこの街並や雰囲気を構成する重要な部分を占めていると言ったほうが良いのかもしれない。 この街ボゴタがどこかヨーロッパの街角を思わせるフシがあるのはきっとそのせいだろう。



 カフェにはたくさんの種類のコーヒーとデザートがショウケースに美味しそうに並べてある。 もちろん全てスペイン語表記なわけだが、コーヒーの種類を解読するのはそこまで難しいことではなく、デザートも目に見える場合がほとんどなので、欲しい物を指差せばそれで注文出来る。

 客層はと言えば、ビジネスマンが同僚とちょっと休憩に来ていたり、学生が友達とわいわいやっていたり、年配の方が午後の一時を過ごしに来ていたり、、、 つまり誰もが気軽にカフェを利用しているようなのだ。 僕はそれを横目でちらりと見ては、コーヒーを一口、また一口とやっていた。 



 そこは僕にほっと一息する場所を提供してくれるところだ。

 それは日本でも、遠く日本を離れた旅先でも、やっぱり同じだ。

 ずずっと一口やれば、口の中にいつものあの苦みの効いた味が広がり、すぐそばには僕にはまったく無関係の話を楽しそうにしている人たちがいて、あたかも自分がそこに存在するようなしないような感じがし、時間を無駄に過ごしているような錯覚さえする。 なのに、誰しもが同じ目的で訪れる。

 カフェでの一時を過ごす為に。

 そんなカフェのある文化が好きだ。



a0086274_10382367.jpg ボゴタで僕の行ったカフェは列車の車両をまるまる一台使ったものだ。

 特に大通りに面しているわけでもない、路地裏にある駐車場にその「 列車カフェ 」はあった。

 外観はちょっと可愛い感じがして、内部は食堂車を思わせる渋い造りになっていた。

 狭い店内には小さなテーブルと小さな椅子が並べてある。

 車窓から入る午後の光がより一層雰囲気を加えていた。






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by hitoshi280477 | 2004-10-12 18:49 | Colombia

Colombia vol.1 「 首都 ボゴダ 」

a0086274_955108.jpgゲリラ。 麻薬。 コーヒー豆。 世界三大美女のいる国。

 それが僕の知っているコロンビアの情報だった。 もっとも、恵美さん( 中米編「旅先で再会」編参照 )に貰ったガイドブックがあったため、それ以上の情報はあったと言えば、それは事実だ。 ただ単に僕の怠惰な部分がここに来る前にそれを読もうとしなかっただけの話だ。

 もう一つ聞いていたことと言えば、「 人々が親切 」だということ。



 パナマからの飛行機を降りると、そこはもう南米だった。 正直、同じスペイン語圏なのだから、違う国に来たという実感があまり湧かなかったのは中米のそれと同じだった。 人々の顔つきに弱冠の違いがあるものの、そこまでではなかった。

 コロンビアに空路で入国する場合は「 onward ticket 」、つまり出国のチケットが必要だと散々言われていたにも関わらず、パナマの空港でチェックインする際に他の旅行者は所持金+クレジットカードの有無を聞かれただけで、僕に関しては係の者に日本語を教えている間に搭乗手続きは終わっていた。 ボゴタでの入国審査の時も特に何を聞かれるわけでもなく、他の何処とも変わること無く入国のスタンプを貰った。

 思いのほか簡単に「 南米大陸上陸 」となった。





a0086274_957311.jpg 宿までの道のりを行くタクシーの窓から見えたボゴタの街は僕の想像以上に都会だった。 聞けばここは700万人都市なのだ。 その数字から考えれば、街が人や物で溢れているのは不思議でないことだ。 

 「 ARAGON 」という宿が良いと聞いていた。 最近の日本人旅行者がひいきにしている宿らしい。 到着するとその外観からして僕は気に入った。 俗に言う洋館という感じのするその宿は少し年季の入った建物で、廊下は薄暗く、部屋の床は軋んでいた。 けれど、僕はその薄暗い廊下や、床の軋む音に加えて薄らと日の光が入る部屋とキッチンや、これまた年季の入った革張りのソファーが置いてある居間の雰囲気が至極気に入った。


a0086274_9583567.jpg 更に、ここには年季の入った住人や管理人がいた。 オールバックにスーツをびしっと決めたその爺さんたちはかなり渋く、この宿により一層の雰囲気を加えていた。 管理人の爺さんなんかは、僕が早起きなこともあって良く顔を会わせたのだが、すごく優しいのである。 僕がコーヒーのお湯を湧かす時に、ゆで卵を茹でようとする時に、「 こっちの鍋のほうがいいんじゃないか? 」とか、「 お湯はもう沸いているんじゃないか? 」などといろいろと気にかけてくれるのである。 その様子を見れば親切心でそう言ってくれているのが僕にはわかった。 






a0086274_9595644.jpg ボゴタは標高が2500m程ある為、比較的過ごしやすかった。 朝晩それなりに冷えるものの、総じて蒸し暑かった中米のことを考えると、それは有り難かった。 ゆっくり出来るのである。 蒸し暑いと何故かゆっくりとすることが出来ないのである。 暑いのは嫌いではないのだが、蒸し暑いのは好きではない。

 自称「 かなりの寒がり 」のくせにゆっくりしたいときは寒いほうが好きなのだ。 

 街を散策してみると、その街の雰囲気も気に入った。 背の高いビルが多いのだが、その合間をぬって見え隠れする一部レンガが剥き出しになっている建物や、民家、広場に教会などが街の風景を構成している。 実に好ましい構成なのだ。


a0086274_102227.jpg そして、街にはたくさんのお店が軒を連ねている。 お店には物が溢れ、それを売る人と買う人で賑わいを見せていた。 更に、ここにある建物や商店は内外ともにかなりセンス良く造られているのには驚いた。 中米にはそんな都会派でおしゃれな建物など存在しなかった。 どうやらここはちょっと違うらしい。



 その雰囲気、、、 僕はここにもうちょっと居ても良い気がしていた。






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by hitoshi280477 | 2004-10-11 18:45 | Colombia

Panama vol.3 「 南米行きは片道でっ! 」

 「 南米へは片道で行こう、、、 」と、そう心に決めていた。

 そもそも、何故そんな事柄に対して一大決心をしなくてはならないかというと、、、

 空路入国の原則としては、往復の航空券が必要になるからなのだ。



 それは、国から国、大陸から大陸へと渡る時の基本的なことで、大概何処の国に行っても同じ条件だ。

 特に、空路入国の場合なのだが、時として陸路で入国しても、出国のチケットの所持+提示を求められることがある。 自身、フランスからイギリスへドーバー海峡を渡って入国する時に、イギリス側でもめた、、、 出国のチケットがない=出国の意思がないと思われて。







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by hitoshi280477 | 2004-10-09 17:52 | Panama

Panama vol.2 「 夢のサンブラス諸島 」

 「 当機はまもなく、、、 」 などというアナウンスもなく、僕を含む乗客10人程の小さなプロペラ機はこれまた小さな滑走路に着陸した。 がたがたなその滑走路は全長およそ300m。 以前、TVで観たどっかのアイドルグループがこのプロペラ機とこの滑走路で競争したら勝てるかもしれないくらいの長さだ。

 そこに「 Rio Shidra Aeropuerto 」と書かれた木製の看板がかかっている小さな掘っ立て小屋がある。 空港と書いてあるのだからそうなのだろう。

 そして、歩いて五秒で船着き場に着く。 というか、その掘っ建て小屋からの唯一の道そのものが船着き場になっている。 世の中、「 ところ変われば 」だ。


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 僕はパナマ・シティの宿で他の旅行者から勧められた「 Robinson Island 」に行くことにしていた。 空港兼船着き場からボートで行くこと30分弱。 椰子の木をてんこ盛りにした感じの小さな島がその島だった。

 歩けば一周10分程のその小さな島はどうやらRobinsonという名の人のらしい。

 この島には旅行者しかおらず、地元の島民たちは他の島に住んでいるとのこと。 寝る所は椰子の葉と木々で作った小屋にハンモックで寝るということで島のムード全開だ。 トイレはというともちろん自然の中ですることになるのだが、木で作られた小さな桟橋の上に囲いがあってそこで用を足すことになる。 透き通るほど綺麗な海の中にするのは気が引けるのだが、島なのでしょうがない。 それどころか、そこでは完璧なエコシステムが採用されていて、桟橋トイレの真下には小さな魚たちが群れを成して「 今か、今か 」と待っているのである。 そして、その小魚たちが大きくなった頃、人間様が頂くという自然の流れがここでは今日でも目の当たりに出来る、、、


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 この島での時間は他のどの島のものよりもゆっくりだった。 





 透き通る程綺麗な海を眺めては、真っ青な大空を見上げては、遥か遠く水平線に浮かぶ椰子の木満載の島々を望んでは、、、 ゆっくりするのである。 無論、島に閉じ込められている状況なのでそれしかすることが無いというのもある。


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 村は他の島にあるので、そこまでは毎回15分程、ボートでの小旅行となる。 島を離れて海に飛び出せば、視界の限りに点在する島々が見える。 まるで作り物のようにさえ見えるその景観は美しすぎて、言葉にするのは難しい。 遠くには夏休みを連想させる入道雲がもこもことしていた、、、 一度だけイルカの群れがボートの横を泳いでいったこともあった。 ここはそんなところなのだ。





a0086274_21365357.jpg 村のある島は人と椰子の葉でできた家でごった返していた。 その密度といったら、、、 島そのものが村という程だ。 プライバシーなどという言葉はここには存在しないかのように家は林立している。


 村の中心には学校があって、子供たちが野球やバスケットボールなどをしていた。 どの子も他の子供たちと同じく元気いっぱいだ。 むしろもっと元気なのかもしれない。 そこいらじゅうを駆け回っていたり、みんなでぎゃあぎゃあ言ってる。 いつかどこかで見たことのある光景を遠く離れたところで目にする時は、僕にとってなんだかほっとする瞬間だ。 


a0086274_2137121.jpg この村には小さな商店があるので、僕ら旅行者の世話をしてくれる兄ちゃんは毎朝ここに買出しに来る。 水や食べ物を始め、トイレットペーパーやタバコなど、一通り何でも揃うようだ。 パウンドケーキなんかも売っていて、しかもこれがかなりいけるのだ。 ちなみに、一切れ25セント( 30円くらい パナマではUS$のみ通用する、これは島でも同じだった )。 


a0086274_2143585.jpg ここサンブラス諸島にはクナ族の人々が住んでいる。

 ここの女性はきらびやかな服を今日でも身につけていることで有名だ。 赤が主体で袖にフリフリの付いたシャツに、これまた派手なスカートに腰巻きを付けている。 ふくらはぎや腕には小さなビーズで出来た飾りを巻き付け、頭には赤いほっかむりをかぶり、人によっては鼻筋に黒い一本の線をいれ、鼻の中に金色の輪っかを付けていたりもする。 以外に若い娘さんたちでもその民族衣装ならぬ服を着ている。

 お腹と背中には『 モラ 』と呼ばれる何枚かの布をくり抜いて、縫い合わせたものを付けている。 これがまた可愛くて、興味深いのだ。 その手の込んでいることはもちろんなのだが、デザインがまた変わっていて、伝統的な幾何学模様や架空の動物をモチーフにしたものなんかがある。 とてもユニークであり、見栄えがするものだ。 きっとここの女性たちのおしゃれに一役買っているのだろう。


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 実際、それに惹かれた僕はとある民家で何枚か購入してしまった。 最近は手抜きモラが結構出回っているとのことだが、自分の目でそれを縫った人と物自体を見たので、自信を持って購入することにした。 それにひきかえ、何故か男の人たちは至って普通の服だ。 若い男の子たちなんかはサッカーやバスケットのユニフォームなんかを着くずしてかっこつけてるみたいだった。 





a0086274_21382336.jpg このクナ族の女性たち、見た目がかなりエキゾチックなために旅行者の写真の標的になるわけなのだが、そこにはしっかりビジネスが確立されていて、写真一枚もしくは一回につき$1とかが相場なのようだ。

 僕は村で見かけた女性を遠目から何枚か撮ったが、やはりちゃんとした写真を撮りたかった。

 実は僕はモラを購入した家でみかけた女性に目を付けていた。 しかも、何処でどう撮るかまで計画していた。 しかしながら、写真を撮るときになって、いざその女性を探すとこれが見つからなかった。 嫌な予感がしつつも、その日の午前中は諦めることにして島に戻ることにした。



 が、島に戻ったとたんに風は強くなるし、雨は降ってくるし、おまけに雷まで鳴りだしてしまった、、、 僕の予感は的中した。 島の天気は変わり易いのだ。 チャンスを逃すとこういうことになるのはわかっていただけに後悔の念が絶えなかった。 

 しかし、午後三時を過ぎた頃になると、なんとさっきまでの嵐のようだった天気は一転して日も射し始めたのだった! これはチャンスと思い、旅行者総勢11人で再び村へと戻ったのだった。



 村に着くなり、僕はその女性を探し出し、早速モデルになってもらうことにした。

 その女性はいやがる様子もなく、わざわざ化粧までして出て来てくれた。 周りで若い女の子たちが冷やかす( 結婚しろとか言われた お母さんはそこにいた他の十代の娘たちの中から好きに選んで良いと勝手なことを言っていた、、、 )中での撮影となったのだが、僕は集中して写真を撮らせてもらった。

 椰子の葉でできた家の壁を背景にしたことと、日が傾いて来たことも手伝ってかなり雰囲気が出て、民族衣装を着てどこか誇らしげに立つ彼女の姿をうまく写真に収めることが出来たと思う。 


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 サンブラス諸島、そこはどこか特別なところだったように思える。



 透き通るほど綺麗な海、

 水平線の果てまで続く島々、

 真っ青な大空、、、


 朝には美しい朝焼けが、

 昼には照りつける太陽が、

 そして、夜には満点の星空と流れ星が、、、



 「 いつまでも変わって欲しくない 」 そう願うばかりだ。





 きっとここに住む人たちや、ここを訪れる人たちが島に、海に、空に、星に、自然に、人間同士お互いに敬意を払い続けることが出来たら、これからもこのサンブラス諸島の素晴らしさは変わらないのだろうと思う。 そうあって欲しいものだ。






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by hitoshi280477 | 2004-10-08 17:51 | Panama

Panama vol.1 「 パナマ運河とご対面 」

 パナマ運河。

 太平洋と大西洋を結ぶこの運河の長さは約80Kmあり、それでもアメリカ大陸とパナマ地峡のもっとも狭い部分に切り開かれた。

 1914年に開通して以来、88万隻以上の船舶が通過したとのこと。



 中央部にあるガトゥン湖の海抜26mまで全部で6の閘門を使って押し上げたり、下げたりして船を移動させるのだ。

 閘門を一回作動させるのに必要な淡水は約2億リットルだというから驚きだ。

 その数字が大き過ぎて現実味が湧かない程だ。

 ちなみに、パナマ運河の通行料は1トンに対して1ドル39セント、平均しておよそ54,000ドル(約600万円)だそうだ。


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 僕の訪れた「 Milaflores Locks ミラフローレス 」はパナマシティから気軽に訪れることの出来る閘門(こうもん)だ。

 施設内では写真やビデオを始め、デッキで閘門を通過する船の様子が見ることが出来る( ラッキーだったら )。 船が通過するのに約一時間程かかるとのこと。 ビデオが英語で上映されたときを逃してしまったたった僕一人の為にもう一度ビデオを流してくれた。 そのビデオは建設当時の様子や、パナマ運河のこれからの展望などをまとめたもので15分程でパナマ運河の歴史を紹介してくれた。

 もっともその凄さは一目見れば、、、 まさに一目瞭然なのだ。


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 人間の成せることは本当に凄いと思う。

 古代からもちろんそれは続いているのだが、近代に入ってもこれからの世界を造り上げていくのはやはり人間なのだ。

 このパナマ運河を見ると人間の更なる可能性を信じさせてくれる。



 しかし、それだけ凄いモノにはやはり裏話がある。

 大西洋と太平洋を結ぶというそのあまりにも特別な地理的条件から、政治と軍事と経済における自国の希望と大国の思惑に左右されてきた時代も、、、 






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by hitoshi280477 | 2004-10-07 17:49 | Panama