<   2005年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

未-Pakistan vol.0 「 とりあえずの写真 」

a0086274_4292938.jpg
a0086274_4294029.jpg
a0086274_4294779.jpg
a0086274_4295545.jpg
a0086274_430438.jpg
a0086274_4301312.jpg
a0086274_4302279.jpg
a0086274_4305591.jpg
a0086274_431370.jpg
a0086274_4311298.jpg
a0086274_4312037.jpg





Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-11 04:28 | Pakistan (写真のみ)

Taiwan vol.7 「 揺れる台湾 」

 先日、中国本土で「 反国家分裂法 」というのが制定された。

 これは中国国内における独立を望む民族の行動、すなわち独立運動を阻止しようというもので、そのためには武力の行使も容認するとのものだ。 もちろん「 中国の一部 」と中国が主張し続ける台湾にもこれは当てはまると言える。

 国民党が台湾に敗走してきて、政権を取り、国を動かして以来相当な時間がたっており、端から見ると台湾はあたかも独立した一つの国のように見える。 しかし、事実上台湾は独立した国とはなっていない。 その経済力だけを見れば相当なものだが、そうではないのだ。

 となると、台湾は台湾を取り巻く諸外国との関係、特に中国本土、日本、アメリカに注意を払い続けなくてはならないと思われる。 



 今日の台中関係も以前と同じように複雑だ。

 軍事的緊張が少し和らいだとは言え、やはり「 油断は出来ない 」というのが本当のところだろう。 そうでなければ、成年男子に約2年の徴兵義務を課したりはしないはずだ。 以前と違うところと言えば、今では中国本土における台湾企業の進出が顕著になってきていることだろう。

 国民一人当たりのGDP(国内総生産は)中国の$1300の12倍の$14500の経済力を持ち、アメリカの特許は中国の366を遥かに超える5299。 そして、お互いへの投資額は中国の「 0 」に比べ、「 $100Billion=$1000億=約12兆円 」にのぼると言われている。

 それに加えて、中国本土における40~80%の情報通信産業系の工場の実質的経営権は台湾人のものだと言われている。 政治的・軍事的にはその経済的な結びつきが信じられないほど強くなってきているというのが、今日の台中関係のうちの特筆すべき一つだと思う。





 日本との関係はどうかと言えば、これまた経済的な結びつきは強い。

 台湾で生産されるものの多数が、というよりは日本で手にするものの多数が Made in Taiwan だ。 今でこそ、 Made in China に押され気味な Made in Taiwan だが、その製品のそのものの質の高さや技術の高さは、まだまだ中国の及ばないところと言われている。

 また、政治的には目立った問題が無いことから、両国の関係は良好と言え、国民感情も好意的だ。 しかし、最近の中国の経済的・政治的な影響力から、日本の政府も台湾をどう捉えるべきか、台湾に対してどう行動するべきなのか、、、

 慎重にならざるを得ない状況だ。





 そして、アメリカと台湾はどうなのだろうか。

 以前、アメリカは極東地域の共産化を恐れたことから、自国の軍隊を派遣して、それを防ぐのに一役買ったことがある。 それは日本の統治もそうだったし、朝鮮半島における韓国もまた然りだ。

 そして、台湾も当時の政府が民主主義を掲げた国民党だったため、後押しすることにしたのだった。 台湾海峡を守るために世界最強と呼ばれる第七艦隊まで出動させたことがあるぐらいだ。 更には経済的な支援もしたと言うから驚きだ。 



 しかし、アメリカの好意的な態度も過去のものになりつつある。

 それはアメリカの対中貿易額にも見られることだ。 経済最優先の今の世の中で、イデオロギーにとらわれていてはどこの国も長持ちはしない。 よくよく考えれば、どの国も経済的優位を保つ為に政治と軍事をうまく操っている。 そう考えたとき、今まであたかも台湾を守ってきたアメリカの態度が変わるのも理解出来る話だ。

 台湾に支出するよりは、中国との貿易における恩恵に被った方が良いと言える。 実際、そこで商売下手なアメリカが儲かっているとは思えないが、これからのアメリカの中国・台湾との関係を考えたとき、中国を取るのはごく自然のことだと思う。




 
 とある台湾人は僕に言った「 これからの台湾が心配だ 」と。

 現在では裕福で、海外にコネのある台湾人は外国へと出てってしまうとか。 それならばまだしも、もし世界が台湾よりも中国にもっと魅力を感じるようになったら、、、 台湾が失うものは多い。

 特にお金=投資だ。 今の台湾は間違いなく台湾の実質上に持っている力以上のものを持っていると思う。 外国からの投資によって賄われている企業などは、もしその投資が中国へと移っていってしまったら、それで GAME OVER だ。

 台中関係は誰か一人の言葉で、動くこともある。 そして、それが株価や台湾元の通貨価値そのもののに直結するからたまったもんじゃない。 世界中の経済に影響している台湾経済、それは同時に世界中の経済に依存しているということでもある。


 台湾のこれからを考えたとき、台湾の更なる経済力・産業力を強めなくては今日の繁栄はないだろう。


 


 台湾の街を歩くと、何処も彼処も看板だらけに見える。

 商売=経済が全てを支配しているかのようにさえ思える。

 今まで旅をした地域の中で、ここほどそれを強く感じる所は無かった。

 しかし、それなくして今日の台湾が成り立たないことを思えば、それも風情に見えるのは気のせいなのだろうか?
 





Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-07 04:23 | Taiwan

Taiwan vol.6 「 街角で気付くこと 」

 台湾の街も、今まで見た他のどの国の街とも同じように、どこか違っている。

 しかし、僕の見た台湾の街は他の街とは明らかに一線を画しているいた。



「 街に溢れるスクーターの数 」

 これは驚異的だった。

 見ていて気持ちが悪くなるほど、街はスクーターで溢れかえっていて、その様と言ったら洪水のように思えるほどだ。 東南アジアのほとんどの国で見られることなのだが、特に台北のそれは特筆すべきもののように思えた。 信号待ちをしているスクーターたちの姿は正に圧巻。

 だが、一方で駐輪場問題で困っているとか。 つい最近、スクーターの繁華街における駐輪場に関する条例が施行されたらしく、白線に区画された中に駐輪しないと罰せられるらしい。

 ちなみにスクーターのサイズは日本で言う125ccといったところか。 他の東南アジアの国では2人、3人乗りしている様子をよく見かけ、時には4人乗っている学生もいたりする。



「 コンビニの数 」

 とある街中のよくある交差点に立っていた時、僕はその異常とでも言うべき事実に気付いた。

 それは数ある商店や食堂の中でとびきり目立っていた存在だった。 それらはセブン・イレブンや、ファミリーマートに代表されるコンビニエンス・ストアーだ。

 僕の立っていたその交差点(というよりはむしろ裏路地に近い)からは驚くべきことに4店舗のセブン・イレブンが見ることが出来たのだ。 そして、その間をまるでオセロのように挟むようにしてファミリーマートや他のマイナーコンビニがあるのだ。 その様子、、、 他の国では絶対に有り得ないと自信を持って断言出来るほどだ。

 本当に考えられないほどの数のコンビニが、特に台北には氾濫している。



「 西門町界隈 」

 これも他のどこの国にも存在するような「若者の集まる街」だ。

 その様子、日本でいう渋谷あたりに相当するのだが、台湾のそれは台北にある西門町だ。 その渋谷と同じように街は人で賑わい、店は溢れている。 そして、日本やアメリカを中心とした外国企業のお店もずらりとある。 特にファーストフードやスポーツ用品メーカーは多い。

 現代における若者の風潮と言えば、最新の流行を追いかけるということに尽きるが、それはここでも同じらしい。 街を闊歩する若者は「我れ先にっ」とばかり、そうしているよに見えた。

 

「 電脳館 」

 そんな名前の建物は存在しないのだが、そのビルに入ればそう名付けてしまうのは納得のいく話だと思う。 台湾で製造されている「 電脳、すなわちコンピューター 」に関連するものは多いというのは衆知の事実だが、ここに来るまではそれは実感できなかった。

 コンピューターそのものを始め、今では台湾の特に若い世代にはかなり浸透しているMP3プレイヤー、携帯電話にデジタルカメラ、プリンターやスピーカーといったパソコン周辺機器、、、 溢れんばかりに用意してある。 それは外国で見る「中国人経営の商店」並みに品物が揃えてあるのだ。

 どちらかと言うと、秋葉原のほうがすごいのだが、日本と台湾のサイズを比べて考えてみると、、、 やはりこの規模はすごいのではないかと思われる。


 
「 ネットカフェ 」

 世界を旅する中で、僕の中ではそれ相応に必要とするインターネット。

 今でこそ、世界中で気軽に利用出来るようになり、お陰でその恩恵を被る旅行者は数知れない。 かくいう僕も人との連絡やHPを更新するのにはよく利用させてもらっている。 時には海外での格安航空券や観光名所についても調べたりもする。 現代の旅行者にとっては無くてはならない存在とでも言えるインターネット。 それを利用するのはほとんどの場合はインターネットカフェだ。 よっぽどの辺境の地でもない限り、インターネットカフェ、ならぬネットカフェを目にしないことは無い。

 が、しかし、驚くべきことに、このコンピューター部品の要塞とでも言うべき台湾では何故かこのネットカフェの存在は希薄なのだ!


 ここに来るまでは少なくとも日本のネットカフェ以上の割合で見つかるだろうとタカをくくっていたのだが、街を歩いてみて驚いた。 ネットカフェ(中国本土では網把みたいな漢字だったと思う)の看板を探すことでさえ困難だった。 台湾を一周している時でさえ、僕はその文字すら見つけることは出来なかったのだ。

 これには心底驚いたが、これにはきっと理由があるのだと思った。 とにもかくにも、台湾人がインターネットを利用していないはずがないのである。 一大コンピューター部品生産地でそんなことはないはずなのだ。 となると、何がどうなのかと言うと、きっと一家庭に一電脳を所有しているのだろう。

 何故なら、ここは一大コンピューター生産地なのだから。



「 士林夜市 」

 観光客であるならば、きっと足を運ぶであろう夜市の一つがここ士林にある夜市だ。

 台北の中でも最大規模の夜市で、たくさんの人で賑わい、その混雑は歩くのが困難になるほどだ。 とある一角に構えられた店舗の数は非常に多く、衣服や日用雑貨などが中心として売られている。 特に若者に人気のありそうな物が並んでいるといった感じだ。

 買い物好きというか、商売好きな台湾人の一面を見れたりする場でもあると思う。

 近くには、屋台というかたくさんのお店が「 一つ屋根の下 」に集まっている場所がある。 そこでは鉄板焼きやら、麺類やフレッシュジュースが飲めたりする。 そこもたくさんの人で賑わっている。 この界隈は地元の人々にとってちょっと散歩程度に夜遊びするのにちょうど良い場所なのだろう。



「 Taipei 101 」

 昔、何かの経済誌で読んだことがあった。 それは「 世界一高いビルを作るという競争が、主にアジアで白熱している 」と、書いてあったことを思い出す。

 上海にある近未来型をしたビルに、マカオにある空中散歩の出来るビル、更にはクアラランプールにあるツインタワー、、、

 一体、そんなことをして何になるのかと聞きたいのだが、きっと国家のプライドでもかかっていることなのだろう。 ちなみにどこも中国人のが住んでいるということは共通している、、、


 今日現在、世界で一番高いとされているビルは台北にあるTaipei 101だ。

 高さは500mを越え、その姿は天に向かって堂々と立っている。 変わったデザインで、ムカデのように僕には見えた。

 よくは知らないが、台湾には日本のように地震はないのだろうか? 日本と同じように、太平洋に広がるプレートの上に乗っているような気がするのだが、、、

 まるで経済力の象徴であり、それを見せびらかすかのように見えるTaipei 101だが、日本人ならそんなことはしないと思う。 「 やはり台湾人とて、中国人なのだ 」、とそう思わざるを得ない一面だ。



「 宝くじなの? 」

 最初の頃はそれに気が付かなかった。 というのも、今まで訪れた国の中でそんなことをしている国はどこにもなかったからだ。

 買い物を終え、レシートを受け取ると、その裏に何やらプリントされている。 きっと広告なのだろうと、しばらくのうちは思っていた。 少ないスペースでも有効利用しよう、もしくは広告主にレシートの費用を出させようとというものかと思っていた、、、

 が、しかし、それはなんと「 宝くじ 」だったのだ。


 よく見ると、名前やら住所やらを書き込めるところがある。 話によると、2ヶ月に一度抽選があるとのこと。 驚きだ。 「 台湾人はそんなことをしているのか? そんなにお金儲けが好きなのか?? 」と、正直思ったが、そこにはそれ以上の理由があった。

 というのも、この制度が始まる前にはレシートをちゃんと出すお店は数少なく、そのせいでいくらの売り上げがあるかよく把握出来なかったそうだ。 売り上げが把握出来ない=税金が幾らになるかわからない=税収が幾らになるかわからない、、、 ということからレシートをちゃんと発行させるようにしたとか何とか。

 とんでもない話である。

 言ってしまえば、脱税だ。 これでは軒並み脱税の容疑がかかってしまう。 という理由から、ちゃんとレシートを発行し、お店にもレシートの控えをキープさせるようになったとか。

 しかし、誰しもがこの宝くじをちゃんと手元に残しているかと言えば、そうでもないようだ。 何せ、のみのも一つ買ってもこの宝くじは付いてくるのだ。 毎回集めていたら、大変なことになってしまう。 場所によっては、その宝くじを集めて慈善事業に生かそうとしている所もある。



「 日本との関わり 」

 街でよく見る看板の中に語学学校がある。 主に、英語と日本語だ。

 普通なら英語が先に来ると考えがちだが、それは日本人である僕にはないことで、そして台湾のロケーションを考えたら、英語と同じように、もしくはそれ以上に日本語が必要になってくるのだろう。


 「 台湾の人は親日的だ 」と、ここに来る以前から聞いていたし、実際今までに僕の出会った台湾人の誰もが親切で、礼儀正しかった。 特に「 日本人に対しては、、、 」と人は言う、何故なら以前の日本の台湾統治がうまくいって、「 今日の台湾の経済発展の源となる部分はその時代に造られた 」という説がある。

 「 だから、台湾人はそのことに感謝していて、日本の経済大発展を尊敬している、、、 」という誠に勝手な説がある。 その説の真意はどうなのか知らないが、今日の台湾人が日本を好意の目で見ているのはどうやら本当のようだ。

 そして、今でも特にビジネスの面と、POPカルチャーの面から、日本との関わりは強いようだ。

 コーヒーショップで日本語を自習する若い娘や、街に流れる日本の曲がそう思わせ、街に氾濫する「 にほんのもの 」がそう言っている。



「 今日の台湾人 」

 僕の今まで出会った台湾人は皆親切で、礼儀正しく、フレンドリーだった。

 そして、台湾に少し興味を持ち始め、その経済力や台中、台日、台米関係を少し学んでからは僕の中で台湾への興味は一層湧いた。

 「 この目で今の台湾を見てみたい 」、それが今回、台湾へと来る一番の動機だったのだ。


 今で言う「台湾人」とは結局のところ漢民族になるわけで、人口のほとんどを漢民族が占めている。 しかしこちらの漢民族は本土の漢民族とは違うという印象を強く受けた。 本土の漢民族はどちらかというと動物のようにさえ思える時があった。

 それに比べこちらの漢民族はもっと思慮深い何かがあるような気がした。 店番をしながらカウンター内で唾を「 ペッ ペッ 」と吐きまくる小姐と、スターバックスでmp3を聞きながら日本語を自習する小姐を見ると、どうしてもそう思ってしまう。 それに、こちらは西洋文明に溢れている。 経済の面でも、勉学の面でも、POPカルチャーの面でも、だ。

 これが民主主義と共産主義の違いなのか? とそう思わざるにはいられない。


 街を往来する若者を見ると、日本の若者と何ら変わりはないかのように思える。

 充分な教育を受け、その経済的繁栄の恩恵に被っているのは彼らの着ている洋服からでさえ察することが出来る。 しかし、その経済的繁栄に溺れることなく、もしくは溺れたままでも「 もっと先の何かを 」と、模索しているようにも見えるのは気のせいだろうか?

 それは近代の台湾の歴史そのもののように、常に移り変わって行くことなのだろうか?






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-06 04:21 | Taiwan

Taiwan vol.5 「 茶芸館 」

 「 茶を愉しむ 」 古代中国では一部の許された者しかそれを飲むことはおろか、求める(=買い求める)ことすら出来なかったという、、、

 

 しかしながら、現代においては一般庶民でも気軽に茶を愉しむことができる。

 特に中国おいては何処の誰でも、誰が何処でも茶をいつでも飲んでいるというのが今日の人と茶の関わり合いだ。 中国では食事や休憩の際だけではなく、ホテルや待合室はもちろんのこと、列車で移動中でもその内部でお湯を分けてもらえることから乗客はみな湯飲みになるものと茶葉を常に持ち込んでいる。

 同じ中国文化を共有する台湾でも同じように茶は庶民の間にも浸透している。 そして、そこでは中国を旅行していた時に見たのとは違う形で「 茶を愉しむ 」庶民の姿があった。 そして、そこには日本の茶道のように茶芸というものがあるらしい。

 



 台湾でお茶を飲むとなると「 茶芸館 」ということになる、、、 というのは台湾に来てから知ったことだ。 細かい作法やなんかは茶芸館によって異なるということだが、そういうことはその茶芸館に任せることにして、何はともあれその茶芸館とやらに行ってみることにした、、、 

 



 街にはいくつかの茶芸館が存在しているが、それは今ではコーヒーショップのように無数にあるわけではなく、大きなデパートの中や、とある路地裏や、とある郊外にあったりする。 何よりも茶を茶芸館にて飲めれば良いということで、街中の路地裏にある徳也茶喫というところに行くことにした。

 中国茶の歴史は古く、紀元前にさかのぼる。 次第に茶の葉を発酵させ、煎じて飲む習慣が定着した。 古の文人たちは心をさわやかに、思考を明晰にする養生の妙薬として茶を珍重したという、、、 コレステロールの排泄など、さまざまな効用をもつ中国茶。 日本でも中国茶が注目されて久しいが、ぜひ本場の茶芸館で茶を堪能してみたい。



 台湾には、日本の茶道にも似た茶芸というものがある。 古くから茶を飲んでいた中国では、茶を美味しく飲むための創意工夫がなされ、やがてそれがある種のルールとなり、台湾に伝わり、現在の台湾茶芸となった。

 台湾茶芸では、細かい作法は茶芸館ごとに異なるが、基本的に茶を入れる手順はほぼ同様のようだ。 茶芸のポイントは、正しい手順で茶が入れられているということ。 茶を入れる動作に気品が感じられるということ。 そして、何よりその茶が美味しいこと。

 個人的には、茶芸に親しみ、台湾の茶をより深く味わえれば、、、と、思う。





「 茶器 」

 水壺 =やかん
 茶海 =味を均等にするための器
 茶船 =湯の受け皿
 茶壺 =急須
 茶杯 =湯呑み


「 手順 」

 1) 茶壺、茶海、茶杯を湯で温める。
 2) 茶葉を茶壺に入れる。
 3) 茶壺に湯を注ぐ。
 4) 茶壺に蓋をして、湯を茶壺全体にかける。
 5) 茶壺の中の茶を茶海に入れる。
 6) 茶海の茶を茶杯に注ぐ。
 7) 茶を飲み、茶杯の香りを愉しむ。


「 茶点 」

 お茶菓子のことなのだが、これがやはり日本のお茶菓子、和菓子にもよく似ているものもある。 中には軽く揚げたものや、あんの入ったものもある。 一口大のお茶菓子たちは食べるのがもったいなくなるように、可愛らしい。


「 茶葉 」

 台湾では茶葉の栽培が盛んで、中でも梨山や阿里山などの海抜1000mを越える土地で育つ茶葉は1日中霧を吸い込んで、香りが強く育つ高級品などもある。 それらは茶葉の色の違いにより分類される。

 同じ茶葉でも発酵を控えれば緑茶に、発酵が進めば赤茶に分類される。 発酵が弱いほど甘く、さわやかな味わいになり、病気の予防などに効果がある。 発酵が進んだお茶はコレステロールを下げるなどの効果が期待できる、、、 といのことだ。




 それはさて置き、、、 茶芸館はこじんまりしている外観で、その内部も少し暗めの照明や、落ち着きのある色で構成された館内の内装。 正直、爽やかな印象というのはなく、客が落ち着けるように気を配った感じのする茶芸館だった。

 少し前からここで働きだしたという日本人女性店員に軽い説明と質問のやりとりをした後、2種類のお茶と2種類の茶点を頼むことにした。 僕はお茶が飲めればそれで良かったので、その時居合わせた人に好きなものを頼んでもらうことにした。



 説明された手順どおりに茶の準備を進める。 何故かそれだけで心が躍るような愉しさが、既にそこにはある。 いつもの入れ方とは違い、いろいろとある注意点を守りながら茶を入れていくわけなのだが、、、 何だか、至極面白いのだ。 意味もなく形式ばる必要はどこにもなく、ただ茶を美味しく入れるための準備段階なのに、、、 

 いつもの茶を違うところはもちろんいろいろとあるのだが、決定的に違うのはその「 香り 」だと思う。

 茶を入れる手順の上でも一度「 茶海 」と呼ばれるコーヒーカップ大のものに一度茶を入れるわけなのだが(結果、茶の味が均等になる)、それを実際に飲む茶杯に移し変えたときに発せられる「 香り 」と言ったら、、、 何だか上流階級の茶の席に居合わせたような錯覚に陥った。

 それは大袈裟かもしれないが、日本で飲んでいるような茶は口にするまでそんな「 香り 」なんてものを感じることはないのが常だ。 僕にとってそれはとても衝撃的だった。



 「 茶を愉しむ 」

 いつかの時代、それは庶民には到底できる事ではなかったと聞いたことがある。 権力のあるの者だけが、そういう階級にいる者だけが、それを手にすることを許される者のみの嗜好品だったと聞く。

 そんな話を思い出しながら口にする茶の味は、、、 あんまり覚えてない。

 それよりも覚えているのは、その場の全体の雰囲気だ。 茶を口に含んで味わい、茶点を口にして、、、 そして、その場の雰囲気を愉しむ。 味や、香りや、その場の雰囲気が心に安らぎを与えてくれもするし、、、 愉しませてくれるのだ。



 こういうことを表現するのは難しいのだが、今回の茶芸館での経験は「 茶を愉しむ 」というよりも、「 茶が愉しませてくれる 」という感じになったのが正直な感想。

 正直、今ではコーヒーショップのほうが圧倒的に目立つ台湾の街。 いずれはその形が変わっていってしまうかもしれない台湾独特の茶芸。

 「 いつまでも愉しむことが出来れば、、、 」と思う。





 茶葉一人分 100~150元くらい=350~500円くらい

 茶点一人前 100~150元くらい=350~500円くらい






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-05 04:09 | Taiwan

Taiwan vol.4 「 台湾一周の旅 後編 」

 台湾南部に位置する街、「 高雄 」はこの辺りで一番大きい街だ。

 港がある街として、知られ、栄えてはいるが街中からはその様子を伺い知ることは出来ない。

 街は商業ビルで溢れている。 



 鉄道駅からずっと一直線に走る大通り沿いにたくさんのお店が並んでいる。 特にバスで少し走ったところには太平洋宗郷(旧そごう)や三越など有名デパートが並んでいる。 その近くには吉野家やスターバックスコーヒーなどもあったりする。

 この時期、どうやら雨期らしく雨がたくさん降った。 また台湾自体、沖縄よりも南に位置していて、更にこの高雄は台湾の南にあるためものすごく蒸し暑い。 数字を見てみると、気温34度に湿度80%ぐらいの毎日だった。

 うだるように蒸し暑いこの高雄で、僕は外に出歩く気にもならなくなってしまった、、、



 宿にはテレビが付いていた。 100チャンネルにも及ぶ番組は暇を潰すにはうってつけだった。 内容は他の何処とも変わらず、真っ昼間っからしょうもないドラマや特番、トーク番組などが主なのだが、面白いことを二つ発見した。



 一つは日本の番組だ。 NHKといつくかの民放を4チャンネルぐらいで見れるのだが、NHKはともかくとして、大概民放のはちょっと昔のドラマの再放送だ。 きっと放映権が安いのだろう。 

 もちろん中国語の字幕付きになっているので、きっとこちらの若い世代にも人気のあることだろう。 しかし、面白い点と言えばこのドラマチャンネル、一日に何度も同じ内容の番組を流すのだ。 朝から晩までいくつかの番組を繰り返し放送しているというのは、日本では考えられないことだ。 しかし、こちらでは、恐らくこの日本番組のチャンネルに限っては、それがまかり通るらしい。 



 もう一つは、投資セミナーとでも呼ぶべきチャンネルの存在だ。

 テレビ画面上には幾つもの数字が並び、流れている。 「台湾版Bloomberg」みたいな感じだ。 それが幾つも存在し、投資アドバイザー、もしくは証券アナリストのような人物が表にまとめたデータを駆使して説明している。

 その様子、まるで競馬場にいる場外馬券場に予想屋や、テレビショッピングの販売員のようだ。

 中国語なので、何が何だかよく分からないが、「お金は人を変える」というのは彼らの目の血走りようから納得した。 そして、この番組、朝から夜中まで延々と放送しているのだ、、、 

 



 街を歩いていてすごく目を引くものがあった。 それは学習塾の存在だ。

 台湾のそれも日本や韓国のそれと変わらず、学習熱は高い。 やはり中国の科挙の文化の名残なのか、有名校へ進学したい人が多いようだ。 そのために、この業界も競争が激しいようだったのは、高雄の駅前通りに軒並み存在する学習塾の多さから容易に察することが出来た。

 塾の入り口には「誰々が何処そこの学校の入学試験に合格っ!!」とか書いてある張り紙(宣伝用)が張りまくってある。 中の様子がわからないほど張りまくっている。 もっとも、世界で活躍する台湾のことを考えたら、少数精鋭になるためにこういった分野でも競争が激しいのはごく自然な気もしないでもない。





 高雄から次の目的地となる「 花蓮 」までは列車を使う事にした。

 もともと列車の旅が好きな僕は、ここまで安上がりなバスを使ってきたこともあって、「 自強号 」という急行列車に乗って行く事にした。 6時間弱の距離で、料金にして710元(約2800円)だ。

 この路線、もしバスで行ったならまず台東まで5時間かけて行き、そこでバスを乗り換えて、今度は4時間かかるという、、、 料金は600~650元程度と思われるが、9時間も乗っては意味なく疲れてしまうので、列車で行く事を選んだのだった。



 列車の移動は快適だった。

 バスのように左右の揺れも、急発進・急停車もない。 しかし、今度はテレビは無く、あるのは車内販売のカートだった。 そして、トイレなのどの設備もしっかりしていることから、まるで日本の列車の中のようだった。 ただ、やはり冷房が効き過ぎで困ったが。

 バスの時とは目線が遥か低いことに気が付いたのは、田んぼに植えられている稲穂を見たときだった。 バスはやはり乗っている位置が高いので、どうしても見下ろす感じにしかならない。 長所を言えば、その高さの分、遠くまで良く見渡せるということだが。

 そして、どうやらバスよりも車線ならぬ、路線は幅が狭いので近くを通り過ぎるものが良く見えた。 街中の圧倒的な看板の数に疲れていた僕の目は、その薄い緑の稲穂を見ることによって癒されるかのように感じた。





 「 花蓮 」には夜の9時前に到着した。 駅を出ると、だだっ広いロータリーがあった。 ちらほらとタクシーの呼びかけや、宿の勧誘があったが、僕はアテにしていた宿まで歩く事にしていたのだ。

 てくてくと歩いて行くと、あるおばさんが僕に声をかけてくる。 向こうは一目でこちらを日本人と見破ったようで、「 ホテル? ホテル? 」と声をかけてくる。 とりあえず愛想笑いをしておいて、まずは腹ごしらいをするために僕はそそくさと食堂に入ってしまった。

 しかし、食事を終えて出てきた所を先ほどのおばさんに見つかった。

 そして、おばさんは再び、「 ホテル? ホテル? 」と聞いてきて、更に「 600元、600元 」と中国語で言ってきた。 僕はそれを耳で聞きながらも、先を急ぐそぶりをしていると、おばちゃんは「 500元、500元 」と言い、「 やっすいね~、、、 やっすいね~ 」と日本語で言っていた。

 何故そこだけ日本語なのかよくわからない。



 耳に入ってはいるが、僕は本当に先を急いでいたためにあまり相手にしないでいた。 そして、僕とおばさんの距離が開きだした頃、、、 「 400元 」、そうポツリと喋るおばさんの声が聞こえた。

 僕はそれを聞いて、やっとおばさんの話に耳を傾けたのだった。



 おばさんは少し「 やられたっ 」というような表情をしていたが、すぐに「 400元、やっすいね~ 」と言って歩み寄ってきた。 そして、僕は値段を再度確かめ、部屋を見せてもらい、そのおばさんのホテルならぬ宿に泊まることにしたのだった。

 設備の面から見れば、正直400元でも高いくらいなのだが、夜10時近くになって、まだ見ぬホテルを探しまわるよりはとっとと寝て、明日に備えるほうが賢明だと判断したからだ。

 この辺は以前の旅の仕方には無かった部分で、ある意味「 成長したな 」と、我ながら思う。 以前は数十円、数百円のためにがむしゃらになり過ぎて、翌日疲れて何もしない、、、 ということが多々あったのに、、、





 ここ花蓮は少数民族、特にアリ族が多い事で知られているが、今回の僕の目的はここからバスで少し行ったところにある「 太魯閣 」という渓谷の景勝地だ。 台湾人の観光客でもここを訪れる人は多いとの事。 なので、そのバスで早速そこに行ってみることにしたのだった、、、

 バスが走り出して小一時間経った頃、渓谷の入り口に差しかかった。 バスの窓越しに見る限りにはかなり綺麗なところに思えた。

 その渓谷、歩ける場所はどうやら限られているようで、おまけにそこへのアクセスもかなり限られているのだった。 僕の乗っているバスは普通の路線バスなのでちょうど良いところで止まってくれはしないので、ある程度目安を立てておいた所で降ろしてもらう事にした。



 「 こんな所で降りるのか? 」という運転手と乗客をよそに僕は僕なりの「 景勝地ツアー 」に出たのだった。 彼らがそう思うのも無理ない、そこには舗装されてはいるが人が歩くようには設計されていない渓谷をいくただの狭い道路があるのみで、外は土砂降りの雨だったのだから。 そして、僕の目指すはその辺りで唯一歩行者用に作られている部分だった。

 雨の中を歩くというのはあまり気持ちの良いものではないと思っていたが、それはそれなりに楽しかった。 山間の細い部分を歩くわけで、そこには薄暗いながらも日の光があった。 降りしきる雨の中、空を見上げれば、背景の山の緑と重なって、その雫の一滴一滴が見えるようで、それはいつか見た「 水墨画 」を思い出させるような光景でもあった。



 こうして小一時間ばかりの「 景勝地ツアー 」は無事に終わった。 が、しかし、問題は残った。

 まずはずぶ濡れになったこと。 使っていた折りたたみ傘は思っていたよりも小さかったらしく、背負っていたリュックの半分は中まで濡れてしまっていて、財布やらガイドブックやらもやられてしまっていた。 もちろん履いていた靴も、靴下もずぶ濡れだ。 体が冷える、、、

 そして、もう一つのあった問題は、「 次の花蓮までのバスまでは一時間ある 」ということだった。 もともと山間の道を行く路線とあって本数が少ないのは知っていたが、それにしても二時間に一本とは、、、

 僕は雨の降りしきる中、閉まっている商店の軒先で冷える体をかばいながら一時間待つしかなかった。 雨脚は弱まることなく、いつまでも降り注いでいた、、、





 花蓮行きの路線バスが駅前のターミナルに着いたのは幸運だった。 僕は駆け足で切符売り場まで行き、時刻表を見上げてみると、なんとすぐに台北行きの自強号がある。

 台湾で、日本人であることの最大の利点は「 漢字がすぐに読み取れる 」ということに尽きる。 もしこれが欧米の人で、同じ状況下にいたとしたら、きっとその人はこの便を逃してしまっていたことだろう。

 もう一つ、台湾で、日本人であることの利点は、、、 「 文字が書ける 」ということだ。 語学としては難易度の高い中国語だが、似たような文字を使う日本人にとって台湾の旅行は比較的楽だ。

 しかし、一番の問題は、発音だ。 日本語にはない声調というのが中国語にはあるからだ。 と、いうわけで僕は手の平に「 台北 自強号 」とだけ書いて、切符売りの係に見せるだけで難なく台北行きの切符を買うことが出来た。

 台北までは約2時間半、料金は445元(約1500円)で出発は5分後だった。





 結局、5日間かかった。

 宿代が4泊で約6500円、移動費が約7000円くらいだった。 それに食事代が一日1500円といったところか。

 本当はもっとたくさん寄りたい所があった。 富士山と同じくらいの高さの山々を見に行ってみたかったし、温泉にも浸かってみたかった。 離れ小島や、少数民族の住む村にも行ってみたかった。

 時間が十分でないことや、連日の雨にうんざりして行くのを止めてしまったところが多い。 しかし、それでも台北だけ訪れて、一カ所に留まっているよりは断然良かったと思う。 台湾の台湾らしい部分が見れたかどうか定かではないが、一周ぐるっと回ることで、「 一カ所に留まっていては見えないであろう何かが見れた 」と、そう思うからだ。




 列車は定刻通りに台北駅に到着。

 かくして僕の「 台湾一周の旅 」は無事に終わった。

 あ”~、楽しかった。






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-04 04:28 | Taiwan

Taiwan vol.3 「 台湾一周の旅 前編 」

 「 何故ならそこに山があるからさ、、、 」と何処かの登山家は言ったそうだ。

 ならば旅人である僕も、「 何故なら一周出来るからさ、、、 」という理由で台湾を一周してみることにした。 もちろん公共の交通機関を使って、だ。  



 僕はまず始めにその準備として現金を少しばかり用立てしなくてはならなかったので、台北から少し南にある国際空港へと向かった。

 というのも、どうしてもT/C、いわゆるトラベラーズチェックなる旅行用の小切手を使いたかったのだった。 移動日が土曜日であることがわかっていたので、前日の金曜日に両替をするべく銀行に赴いたものの、、、 その旅のIDとでもいうべきパスポートを持参するのを忘れたために両替が出来なかったからなのだ。

 それが、一年中、24時間開いている空港なら出来るだろうと読んで、台北のバスターミナルから迷わず国際空港を目指したのだった、、、 とんだ「 出だし 」だ。



 国際空港からは、僕の目指す「 台中 」へのバスが出ている事は、先日ここに到着したときに気付いていた。 もっともその時は夜中の12時近かったので、とりあえず台北の街中に留まる事にしたのだ。 しかし、その甲斐あって、今回の「両替大作戦」は無事に完了した。

 空港から台中まではバスで時間にして、約2時間。 料金が250元(約850円)となっている。





 バスは至って快適だった。 しかも、横三列の座席になっているので、どちらに座ってもゆっくりと出来る。

 きっと日本なら採算性を考えて、横四列の座席を用意した大型観光バス型のバスになるであろうが、ここ台湾ではバス会社の数の多さから察するに、便数をどれだけ多く出しているのかが大事なのだろうと思った。

 道中車内ではアジアではありがちな海賊版と思われる映画の上映が始まった。 この映画の上映も一般客には事のほか喜ばれるであろうが、ついこれに油断していると移動中の楽しみであるはずの「景色」を見忘れがちとなる。 映画は何処でも見れるのに、この奸計にハマる旅行者は多いのである。

 というのは、それが何よりも無料タダだからという個人旅行者ならではの悲しい性があるからなのだ、、、 そして、よくありがちなことに、冷房は寒いぐらいに良く効いている。





 台中の街では予定通りに日中の数時間だけを観光に当てた。 ガイドブックを頼りに、街中の観光名所を巡ってみた。 しかし、、、 そのどれもが、とても魅力的には見えなかった。

 孔子廟に、金色の巨大大仏など、きっと他の観光客でもそれらをあまり魅力的には感じないだろう、と思った。 それよりはむしろ、地元客で賑わっていた食堂での牛肉麺やデパート内の空調の効いた所で休憩をしつつの人間観察のほうが面白く感じられ、ガイドブックと睨めっこをしながら、汗だくでつまらない観光をしてたと思うと馬鹿らしくなってきた、、、

 すぐ次なる目的地、「 台南 」へと予定通り向かうことにした。



 台南へと向かうバスは台中の鉄道駅の前のターミナルから出ていた。 しかし、ここは駅の真っ正面であり、多数のバス会社が揃ってオフィスを構えている所なので、その駅前の混雑と言ったら、、、

 さらに驚いたのは、その交通渋滞、というかパニック状態、はバスターミナル内でもひどかった。

 バスのチケットはスムーズに買えるのだが、バスには座席数以上の人間を入れないということになっているらしい。 そのため、その溢れた人たちが次の便が来るまでその場で待機するのでターミナル内は大混雑だ。

 オープンチケットになっているこのチケット、一見良く出来ているように思われがちだが、この状況下に「それはなしだろう」と思わざるにはいられないのだった、、、

 台南までは2時間ちょっとの距離で、料金は250元(約850円)。





 夜8時近く、「 台南 」のバスターミナルに到着した。 雨が降っていたのと、周りが暗かったために少し右往左往するが、歩き出すと方向感覚が掴めてきた。 長く一人旅をしていると、そういうことにだけは長けてくるもんだ。

 無性にお腹が減っていたので、とりあえず食事をすることにした。 目指したのは、、、 デパ地下にあるフードコートだ。 外では雨が降っていて、目指す宿までは遠く、お腹が減っていたとあっては物事を簡単に済ますしかないと思ったからだ。

 フードコートは思いのほか、たくさんの地元の人々で賑わっていた。 値段はもちろん高めのはずなのだが、一度にいろんな料理を見比べることが出来ると思って入っただけの僕は、その地元客の多さに何故か少し「 ほっ 」とした。

 とりあえず一番見栄えの良かった鉄板焼きを頼み、すごい早さでそれを平らげると、余韻に浸るまでもなく、そこを出た。 今晩の宿の心配をしなくてはならないからだ。 こういう時、持ち物全てが一つのバックパックに入っているのが心強かった。

 外に出ると、やはり雨はまだ降っていた。 目指していた宿は街の中心地であるここから、約3km。 徒歩にして約45分といったところか。 ここが個人旅行者のつらいとこだ。 宿は自分で手配、移動は徒歩が基本なのだから、、、

 しかし、しばらく歩くとホテルが何軒か点在していることに気付いた。 雨の降りしきる中を3kmも歩くのはあまり賢明でないと思っていたので、ホテルの前に置いてあった料金を書いた看板を確認すると、ついフロントまで行ってしまい、つい「 部屋を見せてくれ 」と言い、ついチェックインしてしまったのだった。

 予定では300元で済ますはずの今晩の宿も、結局600元(約2100円)で落ち着いてしまった。 値切り交渉を試みるも、交渉前からお金の事はどうでもよくなっていた。 まあ、翌日の午前中だけの観光と、移動のことを考えたらそれもしょうがない。 それに、今日一日で台北から来たのだから、、、





 翌朝、面倒なのでコンビニで買ったサンドイッチの不味さに驚きながら、ホテルを出る準備をした。 今日中には次なる目的地、「 高雄 」に行く予定なのだから。

 ここでは「 関帝廟 」とその他の廟やらなんやらに行くことにしていた。

 関帝廟とは、中国の三国時代に活躍した武将 関羽雲長を奉ってある所だ。 中国本土はもちろん、ここ台湾や日本にも存在する。 家の中に関羽を奉っている人も多い。 というのも、関羽はなんでも商業の神様ということに、現代ではなっているからだ。

 しかし、関羽はそもそも忠義に厚い武将としてその当時から人々に崇められている。 なのに、今では商業の神様にそれこそ祭り上げられている、、、 中国文化の不可解な部分だ。 誰かに縋り付いてでも、富を得ようという心の現れにしか僕には思えなかった。 真意は何処にあるのだろうか?

 高雄までは約一時間、120元(約400円)だった。






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-03 04:06 | Taiwan

Taiwan vol.2 「 Power of Taiwan 」

 以下の数字は世界市場での順位、%は世界市場でのシェアを示している。

#1 Producer of Notebook PC
72% $22 Billion

#1 Producer of Wireless LAN Equipment
83% $1.3 Billion

#1 Producer of PDAs
79% $1.8 Billion
 
#1 Producer of LCD Moniters
68% $14 Billion

#1 Producer of Cable Modems 
66% $480 Million
 
#1 Producer of Chip Foundry Service
70% $8.9 Billion

#1 Producer of Semiconductor 
36% $3.4 Billion

#2 Producer of Digital Still Camera
34% $2 Billion

#2 Producer of TFT-LCD
35% $7.6 Billion

  1Billion = 10億  →  $1 Billion = 約10.5億円  $1@105円
  LCD = Liquid Crystal Display = 液晶モニター
  Semiconductor = 半導体

 ( 以上、Business Week Asian Edition - May 16, 2005 より抜粋 )





 実に驚くべき数字だ。

 むしろ恐ろしいほど驚異的な数字だ。

 世間で一般的に言われているのは、大国になるには一億人以上の人口に、地の利がもたらす天然資源の恵みに、、、 などとあるわけだが、台湾の今の状況下でのこの数字はすごい。 ここまでのし上がれば立派な経済大国だ。



 国として認められていないのに?

 という疑問が浮かんでしまうのは、小さい頃から教科書通りに物事を考えてくることしか頭になかった我々には考えずにはいられないことだ。 しかし、その数字=現実を見てしまえば、納得しないものはいないだろう。 国でなくても、世の中まかり通ることがある。 それはお金だ。

 事実、台湾には相当額のお金が投資という名の下で出入りしている。 それがこの世の中の大多数の部分では何よりも大事なのだから。





 上に記した数字はコンピューター業界に関するものばかりだが、今の世の中でコンピューター関係の産業ほどお金になることはない。 ある時は爆発的にお金が儲かったりもする。

 しかし、これに加え Made in Taiwan は世界のいろいろな所へ姿・形を変えて浸透しているのは間違いがない。 というのは、台湾には、今現在でこそ少し違うが、世界規模の有名ブランドはないのだ。 例えば日本のSONY、松下、トヨタ、ホンダ、CANONなどなど世界中で見られるブランドはないと言える。 しかし、それら一流ブランドの商品を支えている部品を製造している所といったら、、、 それは台湾だったりするのだ。

 手元にあるCDプレーヤーやら、メモリーカード、電子辞書にラジオなんかの製造場所を見てみれば、それは台湾だったりもするのだ。



 台湾での製造ラインで働く労働者の賃金は週約$120(約12500円)ぐらいと言われている。 その安価な労働賃金を背景に、ここまで経済を成長させたのには目を見張るものがある。

 今で言えば、その一週間の労働賃金は中国の労働賃金の二週間~一ヶ月くらいに当たるわけだが、それでもその労働者そのものの質や製品のレベルと品質を考えれば、やはり Made in Taiwan でなくてはならない部分が多いとのことだ。 





 「 Do whatever it takes 」という言葉がある。

 「 何が何でもやる 」という意味なのだが、それは台湾人にはぴったり当てはまると世界は言う。 そうある台湾人はそれを誇りに思っていると聞く。 そうでなければ、台湾のサイズを考えたときに、この驚くべき経済的数字たちは出てこないのだ。

 世界を相手にする台湾の心髄はきっとそこにあるのだろう、と思う。






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-02 04:05 | Taiwan

Taiwan vol.1 「 台湾を定義する 」

 そもそも台湾という存在は何なのか? 台湾を訪れるにあたって定義する必要が、僕にはあった。



 日本からみると沖縄の南約120Kmに位置している。 九州よりも少し小さめの大きさだが、最高峰である玉山は3952mと富士山よりも高い。16世紀頃に中国本土から漢民族が入島してくるまでは、東南アジアから移り住んできた人々が住んでいた。

 後の日本の統治時代を経て、祖国復帰(光復と言う)した後に政権を掴んだ国民党が台湾を支配下に置き、更なる漢民族の入島が続いた。 これ以前に台湾に移り住んでいた人々を本省人と呼び、この時台湾に移り住んできた人々を外省人と呼ぶ。 そして、その本省人と外省人の間で起きた事件(2.28事件)で国民党が本省人を武力で鎮圧したことが双方の人間たちの間に今も禍根を残している。

 1947年、国民党が中国本土で共産党との内戦に破れると、国民党は敗走し、遷都という形で台湾へと逃れてきた。 そしてそれはその当時の台湾人と原住民を支配するものとなっていった。

 1950年に勃発した朝鮮戦争へ中国共産党が派兵したお陰で台湾はすぐに解放=共産化されるのを免れた。 その後、極東アジア地域の共産化を恐れたアメリカの政策により台湾は、台湾海峡の中立化や、台湾本土への軍事・経済援助を受けるようになった。 その規模、年$1億というものだった。 そして、それらが今日の台湾を造り上げた主な要素となっている。



 現在の台湾は人口約2248万人を数え、国民一人当たりの経済力を示すGDP/CAPITAは$13,000~14,000となり、外貨準備高でも日本、中国に次いで第三位で約$2600億を保有していると言われている。 その経済力、今でこそ Made in Japan に次いで、 Made in China が顕著になってきているが、やはり Made in Taiwan なくして世界経済は廻らないと言われているほどなのだ。

 しかしながら台湾は中国との関係から、 政治的な国際社会では孤立無縁の状態だ。

 中国が常任理事国として加盟した国連は、中国側の主張する「 台湾は中国の領土の一部であるため、国連への加盟は認めない 」ということから台湾は国連を中心とした国際社会では国として認められていない。 現在、台湾を国として認めている国家はアフリカや中南米の小国ばかりの27カ国ほど、というのが現状だ。

 「世界の工場」として機能しだした中国に遠慮してか、欧米諸国も台湾と中国に関する問題には積極的に触れようとはしない。 同じのアジアの国々もそうだ。 アジアの小国たちは中国に遠慮+配慮しなくてはならないからだ、、、 しかしながら、台湾はその経済力を背景に、「 実務外交 」を行使している。

 「  不統不独  」 すなわち現状維持が今の台湾人の台中関係に関する願いだ。 

 



 教科書通りに考えれば、今の世の中で国として認められていない国があるというのは理解しかねるところだが、事実上台湾はそうなのだ。 そして、そんな状況下にも関わらず世界経済を牽引していく力の源は何処にあるのだろうか? これまでの台湾の生い立ちを振り返ってみると、中国と日本の影響が強いことは明白だが、それらを踏まえて産み出された台湾の文化とは如何なるものなのか?

 興味そそられずにはいられないのだ。





 僕は僕なりに台湾を定義するために、台湾へと向かった。






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2005-05-01 04:01 | Taiwan