Mali vol.2 「 皆家族主義 」

a0086274_18554169.jpg 「 so ... what is your plan now? 」

 そう聞いてきた彼は「 Amadu 」という一緒に国境を越えてきた若い男の子だった。 彼は英語が喋れるので、道中何かあっては彼に尋ねたりしていた。 実際、彼がいたお陰で物事は比較的スムーズに進んでいたのだった。 今更ながら、やはり言葉が通じるというのは重要なことだと思った。

 「 Kaye カイェ 」という街の外れに到着した乗り合いバスの乗客は、たくさんの人に囲まれていた。 そのほとんどがタクシー運転手の類いだ。 見るからに誰もが荒々しく、目が血走っている様子が伺えた。 僕のことを気にかけてくれていた Amadu は、自ら交渉をしてくれていたが、彼と運転手たちとの交渉も難航し、彼のウンザリしている様子がハッキリと分かった。



 とりあえずアテにしていた宿まではタクシーで行こうと思っていた。 何せ持っているガイドブックには地図がないし、拙い仏語を駆使して、重い荷物に、疲れた体を引きずって行く程無謀なことはない。 まぁ、例えタクシー運賃をボラれたとしても、それは別に気にしないようにしていたが。

 しかし、 Amadu を見ると、どうやら彼がそれら面倒なことを僕の為にやってくれているようだった。 そして、交渉が終わると、彼と同じタクシーに乗るように言われ、そのまま あれよあれよ という間に彼の家に着いた。



 見るからに立派な家だった。 というのも、辺りを見渡せば、ほとんどの家がいわゆるアフリカの田舎のイメージそのものの藁葺き屋根かトタンの屋根に、みすぼらしい土壁だったりするのに、この家はまだ真新しく、それに壁は全面タイル張りで、しかも三階建てなのだ。

 そもそも、 Amadu はまともな英語を喋るので、きっとそれなりの家柄の出なのだろうとは思っていたのだ。 そうでなければ、この仏語圏で、この年齢の若者がこれほど英語を理解することはあまりない筈なのだ。





 実際は、その「 自分の家 」と称していた家は、彼のお父さんの兄弟のような一番の親友の息子の家なのだそうだ。 最初は特に説明もしてくれなかったが、そこで出会った周りの人間環境から察するにそういうことのようだ。

 その家にはたくさんの人が住んでいた。 誰が誰なのかよく分からないし、別に一人一人を自己紹介してくれるわけでもなく、またその一人一人も軽い微笑みを浮かべて挨拶するくらいだった。 もちろん皆感じは良かった。 突然のこの訪問者に対して、それなりに気を遣ってくれていたし。



a0086274_18561473.jpg
 夕食の時間になった。

 正直、一体何が出て来るのか心配していた。 リビングのような所で、10人くらいでテレビを観ながら待っていたわけだが、そこに突然現れた夕食は大きな銀色の平たい皿に超大盛りの焼きそばと少しの肉が乗っているものだった。



 何をこれから食べるのかが判明して、少しは落ち着いたものの、それをどうやって食べるのかにはまだ疑問が残っていた。 他の皆はもちろん手で食べるのだが、、、 僕はお客さんということで、フォークが渡された。 それでも、なるだけ他の皆と同じように食べるのが礼儀と考え、フォークと手を使って食べるようにしたが、やはり直接手で油まみれの焼きそばを食べるのに慣れていないし、手が何だか気持ち悪いので、結局ほとんどフォークで食べてしまった。

 手で食べる習慣というのは、世界中でそれなりの数の地域で今も行われている。 彼らにとっては、その方が食べ易いからだ。 ただ、結局、食べる前にも食べた後にも手を洗わなくてはいけないので、僕が思うには面倒なだけだ。 それが嫌なのだ。 どちらかというと、フォークや箸という媒体を通して食べる僕の方が手を洗っていないのだが、、、



a0086274_18562743.jpg ここで面白かったのは、洗面所などの水場以外で手を洗う為に開発されたものがある。 それは、大きなタライのような物の上に蓋が乗っていて、その蓋には備え付けのヤカンを載せる部分と手を洗った後の水が下に落ちるように幾つもの穴が開いているのだ。 今までこんな物は見たことがない。 というか、そうまでしてここの人々は手で食べるのが普通のようだ。

 思っていたよりは少ない食事だったが、実は食後のデザートがあって、しかも一人で大きなフルーツ缶を一つ食べる程の量だった、、、



 寝る頃になって用意された部屋に行くと、ベッドとシーツが用意されていた。 別段、特別な物は用意されてはいなかったが、これでも充分過ぎる程有り難かった。 ただ、綺麗な部屋の割には、窓に窓が無いのと、電気がない。 そして、この家はセネガル川の傍にあるので、夜の蚊の襲来に備えて、長ズボンに靴下を履いて寝ることにした。

 きっと僕のその姿は可笑しく思えたかもしれないが、しかしこうでもしないと夜中の蚊の攻撃から自分の身を守れないのだ。 僕にしてみれば、彼らがシーツにくるまって寝る姿の方が可笑しく思える。 実際、そのシーツにくるまって寝る彼らの姿は奇妙に見える。 まるで、ミイラだ、、、




a0086274_1856582.jpg
 翌朝、同じ様な感じで朝ご飯になった。 ここの人々はコーヒーをまるでミルクコーヒーのように飲むので、僕がブラックで飲むことがさも信じられない様な面持ちで見ていた。

 朝食後、少し辺りを散歩しに出た。 セネガル川のほとりでは洗濯をする人々や、その川から運搬されてきた物資を運ぶ人々で賑わっていた。 向こう岸へと渡るかどうか尋ねられたが、今日のこれから先の移動のこともあったので、とりあえず行かないことにした。

 そして、出発する時が来た。 元々、別に知り合いでもないので、そんなに盛大な送り出しなどなく、それぞれと簡単な挨拶を交わすと、僕は Amadu と一緒にその家を出た。





 後で Amadu にいろいろと尋ねた結果知ったが、いつもこんな感じなのだそうだ。 いつ誰が来ても、こんな感じで淡々としているとのこと。 というのも、彼らの感覚では、皆が兄弟であり、家族であるのだからだそうだ。

 実際、イスラム教徒である彼らの場合には、一夫多妻制であり、ここでは法律で4人まで妻をめとることが出来るとのこと。 もちろん経済的にそれが可能かどうかという話はなのだが。 なので、異母兄弟というのは当たり前のようで、兄弟や家族が多いのも当たり前のようだ。 それに、イスラムの人々は何故か人と人の関係がとても近い。 というわけで、いつ誰が来ても、もちろん喜ばしいことでもあるが、別に特別な何かは無い様なのなのだ。 僕があの家で出会った人たちも、何処の誰だかは分からないが、彼らの家族だということは間違いないのだ。

 そして、 Amadu が言うには、本当にただの友達でも、もしその街に行くならば、その人の家に挨拶をしに尋ねるのが当然であり、またその友達は引き止めるが当然のようである。 これから、バマコを経由して、隣の国であるブルキナ・ファソへと向う彼ではあるが、今回バマコに寄る事はないそうだ。

 というのも、もし彼がバマコに来ているのを友達である誰かが知ったら、彼をきっと引き止めるだろうし、そしたら他の友達の所にも行かないわけにはいかなくなり、結果、かなりの時間を食ってしまうからだそうだ。 もし、彼にその友達の家に意図的に行かなかったことが判明すると、その友情に亀裂が入るのだそうだ、、、 良い習慣ではあるが、それはそれでなかなか大変なようだ。



 というわけで、僕は一日彼らの家族になったようだった。 






Copyright (C)  HITOSHI KITAMURA All Rights Reserved.

[PR]
by hitoshi280477 | 2006-02-02 16:34 | Mali
<< Mali vol.3 「 窓付... Mali vol.1 「 マリ... >>