Indonesia vol.3 「 バリ人の信仰 」

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 今から千数百年前、インドより徐々に広がったヒンドゥー教は、遥か遠く離れたこのバリ島で、独自の風習を付け加えた形で「 バリ・ヒンドゥー 」として人々の生活に深く関わっている。 もともと、「 アニミズム(精霊崇拝) 」が古代バリ島民の間にあったこともあって、世俗習慣から産まれたヒンドゥー教も広まったのだろう。 もちろん、バリ島にヒンドゥー教が進出してくるには、移民や貿易などというちゃんとした過程を踏まえての話だ。





 それにしても、バリ島民の信仰はかなり独特だ。 話に聞くと、宇宙創造神話や、ナワ・サンガと呼ばれる独特の方位感、誕生・結婚・葬儀などにおける宗教儀礼、神々や祖先に対するオダランと呼ばれる祭りと儀式、悪霊に取り憑かれないように数えきれない程のお供え物、、、 そのどれをとっても、独創的と思う。

 例えば、バリ島民にとって、山は「 神々の住む神聖な場所 」ということになっている。 そこから流れ出す水は、大地に豊饒をもたらすとされ、高い場所=山の上や、川の上流は聖域とされている。 一方、海は「 魔物の住む場所 」とされ、低い場所は不浄の地と考えられている。 その為、以前はバリ人は魚をあんまり食さなかったという。





 結婚に関しては、バリ社会では早く結婚し、子供を設け、家系を繁栄させることが求められるという。 まあ、それは村社会ではよく聞く話で、もちろんいろいろと決まり事も多いらしい。

 結婚の儀に際しては、それを取り仕切る「 バリアン(呪術師) 」を中心に行われる。 それは、いつかネパールで参加した結婚式に似て非なるものがあったのは、やはりヒンドゥーによるところが多いのだろう。

 それにしても、花嫁・花婿の晴れの日の衣装ときたら、、、

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 赤ちゃんについてもいろいろと決まり事が有り、何でも生後42日間はハイハイをしてはいけないそうだ。 というのも、四つ足で歩くのは獣と同じと考えられているからだ。 そして、赤ん坊は悪霊である豚から身を守る為に、赤タマネギのお守りを持つそうだ。





「 オダラン 」 

a0086274_943999.jpg バリでは神々や祖先に対してのお祭り・儀式が多い。 バリ島自体には、大小合わせて数えきれない程の寺院が存在している。 というのも、村単位や、地域単位だけでなく、各家庭にも寺院が設けられているので、その数は本当に数えきれない程多い。 そして、バリ人は日常生活の中でも、きちんとそれらに対してお供え物を欠かせない。 しかし、特別な日には更にお供え物や行事が増えるのだった。



 宿にいると、宿の主人が「 今日は特別な日だから、ちょっと遠くのお寺にお参りに行くけど、行きたいか? 」と聞いてくる。 そんなチャンスは滅多にないのだから、もちろん僕は連れて行ってもらうことにした。

 車に乗ること、約1時間半。 気が付けば、ここバリ島の最南端に位置する寺院「 ウル・ワトゥ寺院  」に着いていた。 道中、聞いた話によると、「 満月・新月 」の日には少し遠出して、大きなお寺に行くのだそうだ。 確かに、寺院にはたくさんの参拝客が来ていた。 皆、寺院参拝には欠かせない正装を着ている。 正装を貸してもらった僕以外は、皆ばっちりとキマッっていたように思えた、、、

 仏教徒である僕が、ヒンドゥ寺院に入って良いものか尋ねると、主人は「 別に問題ない 」と言っていた。 他宗教に寛大なのか、ここがバリだからなのかはわからないが、僕は他の地元の人々に混ざりつつ儀式に参加することになった。





a0086274_945876.jpg 適当なお供え物のやり取りと、小さくちぎった花びらを人差し指で挟んで、それを頭上に上げて三度お祈りをし、聖水を振りかけてもらったり、飲んだりする。 僕の動きはきっとかなりギゴチなかったであろう。 他の参拝者の気分を害さないか、心配でならなかった。

 思ったよりも、「 簡単で、すっきりと終わってしまった 」というのが、本音だ。 わざわざ車で一時間半もかけてここまで来た割りには、参拝自体は15分くらいで終わってしまった。 まあ、他宗教のことなのだから、何も言うことは無いし、何も言うべきではないと思う。





 数日後、今度は家で「 オダラン 」があるから、それまではここに滞在したほうが良いと言われた。 今度のは家のお寺様の儀式で、半年に一回のペースでやるそうだ。 確かに気が付けば、家の女性陣がもくもくとその準備をしていた。

 



a0086274_962362.jpg バリでは、各家庭でお供え物「 チャナン 」を作るのがどうやら当たり前のようだ。 必要な物は、椰子の葉に、竹を細く切ったもの、それにたくさんの花だ。 もちろん、時間と技量が必要とされるが、、、

 お供え物が作られていく過程は、見ていて実に興味深い。 というのも、幅3~4cmほどの椰子の葉を、巧いこと何度も折り返して、細く切った竹で串刺しにして小さな箱を作り上げていく。 そして、その中にきちんと分けられた色とりどりの花が入れられていくのだ。 お供え物と呼ぶには、実に可愛い物である。

 普段の日も、この「 チャナン 」は家の敷地の至る所に供えられる。 村を歩けば、どこの民家の玄関前にも置いてあるのがわかる。 しかし、誰も掃除はしないのか、人は手を触れてはいけないのか、犬や鶏に荒らされてしまうのがオチだったりもする、、、





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 そして、オダラン当日の朝。 僕が目覚めた頃には、もう儀式は始まっていた。 家の敷地の真ん中にある寺院では、祭壇や、門、石像までも装飾されていてた。 寺院の中には、家族の皆がもう何やら始めていて、バリアン(=呪術師)の指示に従って動いていた。

 僕が、ちゃんとした正装をしている限り、誰も僕のことは気にしなかった。 ただ、それを眺めて、写真を撮り、儀式には参加しないのに。 一言、「 やるか? 」と言われたが、別に心からそう思ってもいないこと為に、参加はしなかった。

 普段はひょうきんな主人も、掴みどころの無い家族の面々も、さっきまでジタバタしていた男の子たちも、この時ばかりはきちんとバリアンの指示のもと、きちんとした態度で儀式に参加していた。

 しかし、今回もまた、僕の思っていたよりも早く儀式は終わってしまった。 皆、祭壇の脇で昼寝をしていたりする。 「 まだ後であるんだよっ 」とは言っていたが、何だかそこまで厳粛なものではなさそうだった。

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 ブサキ寺院

 バリの人々に「 マザーテンプル 」と呼ばれるバリ・ヒンドゥーの総本山である「 ブサキ寺院 」というのが聖峰アグン山の南にある。 実際はブサキ寺院というものは存在せず、大小30に及ぶ独立した寺院の集まりだ。

 地元の人にとって重要な場所であることは間違いないが、それと同じ様にバリ島に来る観光客にも外せない場所でもある。 僕はウブドでバイクを借りて、そこまで行くことにした。 ウブドからは、途中道を間違えつつも、約1時間半ほどで到着した。




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 背後に堂々とそびえ立つバリの聖峰アグン山の前に、ヒンドゥ寺院独特の幾層にも重なっているお寺のシルエットが良く見えた。 午後になると、アグン山には雲がかかっていまうことが多いと聞いていたので、午前中にその姿を無事に拝めることが出来て良かった。

 早速、面倒な輩が声をかけてくるのには参った。 いかにも不良みたいな怪しい風体をした若造が、なんだかんだと難癖を付けてくる。 僕もさすがに地元の文化を尊重したかったから、始めのうちは彼の言っていることを聞いていたが、すぐにそれがただの嘘であり、彼が僕から仕事=お金をもらいたかったのは明らかになった。

 というのも、彼は「 寺院の中に入るな。 個人では入れない。 グループツアーに参加するか、個人でガイドを雇わないと入れない。 これを尊重してくれ 」という。 僕は、そこに立つ看板にも同じようなことが書かれていたので、彼の言った言葉を鵜呑みにしそうになった。



 が、しかし。 「 グループなら入れる? 個人では入れない? ガイドを雇え? 」 正直、僕は「 何だそりゃ? 」と思った。 至極勝手な言い分だと思わざるにはいられなかった。 もし本当にそうだとしたら、ここは一体どんな聖地なのだろう? よくよく考えてみると、そんなことは無いと思った。 というのも、彼は「 寺院の中に入るな 」と言った。 そして、看板には「 参拝が目的でない者は、寺院の中に入らない様に、、、 」と書いてあるではないかっ! カラクリは解けた。 何故なら、ここブサキ寺院は、大小無数の寺院から成り立っていて、その寺院は小道を挟んで存在している。 すなわち、寺院に入らずに、その脇道を歩いて行けば良いだけの話なのだ。 皆、そうしているのだから、、、

 何たることだ。 地元の文化を尊重しようとする観光客の気持ちを逆手にとって、そんな嘘をつくとは、、、 しかも、彼が崇拝しているであろう神を祀る目の前でっ!! 全くひどい話だ。





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 知らなかったが、至る所に立ち並ぶ塔の屋根の数は、11層なら「 シヴァ神 」を、9層なら「 ヴィシュヌ神 」、7層なら「 ブラフマ神 」が守護神となっている。 

 その屋根付きの塔はどこか日本のお寺を思わせるところがあり、またその塔のシルエットは青い空に良く映えていた。







 バリ人の信仰はかなり独特なものだった。 そして、人々の信仰は今も厚く、日々の生活の中で実践していることが多かった。

 外部の者が見れば、その儀式や行いの中に矛盾や非科学的なものを見いだすかもしれない。 しかし、バリの人々にはそれは全く関係ない。

 今日で、これだけ実践されているのならば、今後も続いて行くのだろう。 そうして、今の時代から、次の時代へと時を越えて行くものだろうと僕は思った。






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by hitoshi280477 | 2005-06-15 09:20 | Indonesia
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